第5話 頑張るからね

「それにしても、すごい森ですねー」


 両親の説得に成功し、またミュータスの森に戻ってきた。


 大人しく待っていたオーちゃんは、私を見るなり飛びかかり、体をすりすりし、顔を舐めてきた。

 ハンカチで拭いたんだけど、うん、少し、いや、かなり、顔が臭い。だけどこれは愛情の証、我慢我慢。


 そして、ヴァルトさん、オーちゃん、カー先生を抱っこした私、の順で森の奥を目指していた。


 森の中は草木で生い茂り、雑草や花は伸びっぱなしで、道は整えられていない。

 ヴァルトさんの案内と、オーちゃんとたてがみや尻尾の蛇たちが草花を退かしてくれなければ、今頃、私は傷だらけで野垂れ死んでいただろう。


「人の手があまり入っていない。だからこそ幻獣たちには住みやすいんだ」


「ほへー。でも、こんなに生い茂っているんだから、わざわざ家を魔法で隠す事ないのに。本当に変人なんですね、ヴァルトさん」


 ヴァルトさんは、ピタッと止まり振り向いた。


「ずっと思っていたが、お前は俺のことが相当気に入らないようだな」


「はい」


「両親を説得してやっただろう」


「ええ、ビジネスパートナーとしてね」


「一一、かんさわる奴だな、お前は」


「それなら、私もずっと気になっていたんですがね」


「何だ」


「ヴァルトさんって、口が悪いですよね、顔は良いのに」


「悪かったな、こういう性格で」


「ヴァルトさんって、寝癖は直さないんですね、服装はビシッとしているのに」


「何っ、それを早く言え!」


 ヴァルトさんは、ささっと手櫛で髪を直した。


「ヴァルトさんって」


「まだあるのか!」


「はい、一日じゃ足りない程に」


「はぁ……」


「じゃあ、最後に一つだけ」


「何だ」


「ヴァルトさんって、見た目良しで、服装も決まっていて、魔法もすごそうなのに、何でぼっちなんですか?」


 ピクリと、ヴァルトさんの眉が動いた。


「というか、ぼっちとは何だ。どこの国の言葉だ」


「あれです。一人ぼっちの略です」


「……俺がぼっちな理由か」


 早速ぼっちを使いこなすヴァルトさん。


「……誰も俺についてこれなかったからだろう」


「自慢ですか」


「事実だ」


 少し寂しそうに笑うと、ヴァルトさんはまた歩き出した。


「ふーん。やっぱり変わっているねーヴァルトさんは、ねー、オーちゃん」


 前を歩くオーちゃんの背中を撫でた。そして、気づく。


「ん? オーちゃん、おすわりっ」


 オーちゃんは腰を下ろしてくれた。もう言葉だけで通じ合えるようだ。


「どうした」


 ヴァルトさんもオーちゃんに近づいた。


「この子、首輪をしています」


「ああ、そうだな」


 オーちゃんのうなじら辺を掻き分けると、赤い首輪が見えた。


「誰かに飼われていたんでしょうか? いや、幻獣だから異界から喚び出されたのか」


「この世界では珍しい事ではないだろう」


「そう、でしたね……」


 この世界で魔法を使える人は、幻獣や悪魔、精霊などを喚び出しているなんて日常茶飯事だった。

 そして、従わせ、命令し、自分の好きなように幻獣たちを……。


「……こうしてよく見ると、怪我だらけだね、オーちゃん。強そうだから、虐待はないだろうけど、戦わせたり、されたのかな」


「……それもよくある事だ。強い魔獣や幻獣を喚び出し、勝つために使役する」


「……酷いね、痛かったね……」


 オーちゃんの背中に、顔を埋めた。

 この背中も切り傷や火傷の痕などがあって痛々しい。

 でも、目を背けてはいけない。

 これは、私たち人間の仕業なんだから。


 だけど、こんなのは、酷すぎる。

 悲しくて悲しくて、オーちゃんの背中で泣いていると。


「おい」


 ヴァルトさんに声をかけられた。


「何ですか、もー」


 涙を拭きながら顔を上げると。


「あ、あははっ。ふふっ」


 オーちゃんが体の大きさに似合わない小さな声で「くーん……」と鳴いていた。たてがみや尻尾の蛇は狼狽うろたえたように、それぞれ同じ方向ににょろにょろ動いていた。


「ふふっ、もーっ、オーちゃんはそんな顔しないのっ。蛇さんたちも慌てると絡まっちゃうよ?」


 案の定、蛇たちは絡まり「シャーシャー」と慌てている。


「あははっ。だから言ったじゃん。もーっ、じっとしていてね」


 抱いていたカー先生を下ろして、蛇を解き始めた。

 こうして見ると、蛇も怖くない、寧ろ可愛く見える。

 それに、蛇たちもよく見たら傷だらけだ。オーちゃんと一緒に戦ったんだね。


 頑張ったね。怖かったね。

 ありがとうね。今日まで、私と出会うまで、生きていてくれて。


 頑張るからね、私。

 造るからね。みんなが安心して暮らせる場所を。

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