第4話 木こりの村

「そういえば、あなたの名前は何ですか?」


 カー先生を抱っこしたまま尋ねた。森に住んでいるらしいぼっち魔法使いさん。私が知っている情報はそれだけだから。


「……エーヴェルヴァルト・アイン・ゲリック・ヴェントリッヒ・ヴァイスファルト」


「……はい?」


「だから! エーヴェルヴァルト・アイン・ゲリック・ヴェントリッヒ・ヴァイスファルト!」


「エーデルバルト? アイン・下痢ック? うえーんトリッピー? アスファルト?」


「ヴァルトでいい!」


 イライラしたのか、エーデルバルトさんこと、ヴァルトさんは怒鳴った。


「長いんですよ。ミドルネームってやつですか? 何でそんなに長いんですか」


「知らん! 俺の両親に聞け!」


「しかもヴェとかヴァとか、言いづらいのが多いし。何でそんな名前にしたんですか」


「だから! 俺の両親に聞け!」


「さらに、ヴァイスファルトとエーヴェルヴァルト。似ているじゃないですか、まさか韻を踏んだんですか?」


「だぁーもー! 俺に聞くなー!」


 ヴァルトさんは髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら叫んだ。


「禿げますよ?」


「禿げたらお前のせいだ!」


「酷いねー、オーちゃんねー。お腹が空いたよねー? ヴァルトさんをガブっと」


「俺が悪うございました!」


 ヴァルトさんは、勢いよく頭を下げた。


「悪うございましたついでに、お願いがあるんです」


「何だ……」


「両親の説得に協力してほしいんです」


「……は?」



 




 こうして、私とヴァルトさん、そしてカー先生はプティル村にやって来た。


 オーちゃんには悪いけど、森の中で待っていてもらうことにした。連れて来たらみんなびっくりしちゃうからね。


 でも、しゅんっと下がった耳と、落ち込んだようなたてがみと尻尾の蛇を見たら、己の動物大好き心がぐっと掴まれた。けれど、おすわり、待てをさせて森から出てきた。


 そして、戻ってきました、我が故郷プティル村。木こりの村とも呼ばれている。

 何故ならば、近くにはカー先生たちと出会ったような森がたくさんあり、木こりを生業なりわいとしている人が多いからだ。


 でも、やらためったら伐採しているわけではない。

 動物たちが歩くのに邪魔そうな木や、倒れてきそうで危ない木などを切っている。

 そう、この世界では幻獣や魔獣、そういったたぐいのものが人間界で生活をしている。


 だから、彼らの生活を脅かさないよう、私の村は共存を目指している。

 そのせいか、魔獣たちなどに襲われた事は一度もない。


 そんな村の外れにある、我が家の宿屋『ライゼンテ』

 なんと! あのカー先生たちと出会った森の木で造られた家なのだ!

 

 カー先生たちと出会った森。ミュータスの森。

 確かに、あそこは幻獣たちが好むらしく、木こりさんたちがフェンリルを見ただの、ベヒモスを見ただの言って、嬉しそうに笑っていたのをよく見た。


 そんな生き物たちが好むあの森には、色んな木が生えている。

 ジュダル杉。多く生えている木の一つで、我が家のログハウスの素となった木だ。

 この杉は、優れた耐久性と加工しやすさ、あと保温と断熱性も抜群らしい。

 何より一番の特徴は、色の濃淡が魅力なんだとか。

 

 

 実は、私のお父さんは元木こりで、自ら伐採した木で、このログハウスを建てた。


『良い素材を見つけ! 良い素材を活かし! 木を大切にする! それが良い木こりがする仕事だ!』


 ぐわっはっは! と、意気揚々としていたのを覚えている。

 いわゆる、職人しょくにん気質かたぎの人なのだ。


『あらあら、まぁまぁ、ふふふ』


 とそれを見て、お母さんは穏やかに笑っていた。

 お母さんはおっとり、……いや、天然で、お父さんが丸太を担いできては。


『あらあら、どこのお宅から持ってきちゃったのかしらー』


 と言っていた。

 私はその度。


『いや、木こりさんはいっぱいいるから、丸太を置いてあるお家は多いけど。ちゃんと自分で採ってきているから』


 と説明し。


『そうなのー、お父さんはすごいわねー』


 にこにこするお母さん。

 このやり取りを繰り返していた。


 職人気質のお父さんと、超天然のお母さん。

 そんな二人から産まれたのが、この私。

 ……奇跡じゃなかろうか。


 そんなことを思っていたら、我が家に到着した。


「ただいまー」


 濃淡が活かされた赤褐色のドアを開け、食堂兼リビングダイニングに入った。


「どこに行っていたんだセイナ! 早くお母さんを手伝いなさい!」


 両手に食器を持ったお父さんに怒られた。

 そして、名前セイナね。……まんまでありがとう。


「あらあら、私は大丈夫よー。それよりお父さんを手伝ってあげてー」


「うん、あの、その前にね。二人に話があるんだ」


「何だ! ようやく店を継ぐ気になったか!?」


 ふんふん! と食器を持ったまま、お父さんはスクワットを始めた。


「いや、その逆で、やっぱりブリーダーを目指そうかなと」


「まだそんなことを言っているのか! 金も土地もないお前が! どうやって生活をしていくんだ!」


 ふんっふんっ! とスクワットが加速していく。

 ふんふんうるさいなー。


「そう、だから、この方の登場です」


 横に移動して、後ろにいたヴァルトさんが見えるようにした。


「お前は!?」


「あー……、俺……、私はエーヴェ……、ヴァルトという者です。ミュータスの森に住む魔法使いです」


 ヴァルトさんはフードを下ろした。


「本当にあの森に住んでいたんだな!」


「ええ、はい、まぁ」


「それで! 娘に協力してくれるということか!?」


「ええ、あの森は広いですし、活用できる所はたくさんありますので」


「まぁまぁ、セイナと同棲してくださるの?」


「同棲だとー!? お前たちは将来、結婚を考えているのか!?」


 お母さんの天然クエスチョンに、ふふふふんっ! とお父さんのスクワットの速さがMAXになった。

 あー、暑苦しいな。


「同棲……、まぁ、彼女一人を養うくらいは蓄えはありますので」


 ヴァルトさんは爽やかな笑顔を貼り付けて言った。


「……」


 あくまでもビジネスパートナーで共同生活って言ったじゃん! すごい剣幕で!

 腹が立ったので、こちらも負けじと、宿屋で身につけた営業スマイルを見せる。


「あ、く、ま、で、も、ビジネスパートナーで共同生活ですよねー? あの森に住んでいる偏屈でぼっちな魔法使いさんが、私を好きなわけないじゃないですかー? ねー?」


 ヴァルトさんが笑顔のまま固まった。してやったり。


「好きでもないのに一緒に暮らすのか!?」


 ふふふっほっはー! と、お父さんのスクワットが限界を超えた。

 あー……、鬱陶うっとうしいな。


「ほら、あれだよ、お父さん。居候いそうろうってやつ。そう、居候。私がお邪魔させてもらうの」


「だが養ってもらうんだろう!?」


「まぁ、最初はそうなる、のかな?」


「好きでもないのに一緒に暮らす! 何だ!? お前たちは危ない関係なのか!?」


「うーん、お父さんは少し黙りましょうか」


「はい……」


 お母さんの一言に、ピタリとお父さんの動きは止まった。


 うん、いつ見ても怖いな。お母さんの笑顔攻撃。普段は天然なのに、怒る時は静かに微笑んで少し声のトーンを下げる。ものすごく怖い。


「セイナ」


「はい」


「あなたはそれで本当にやっていけるの? 魔法使いさんに迷惑をかけないの?」


「……最初は迷惑をかけると思う。力もいっぱい借りて助けてもらうと思う。でも! 勉強しながら! 動物たちを助けて! いずれは自分の力だけでみんなを幸せにする! 今度こそ!」


 そう、今度こそは、絶対に。

 なるんだ、ブリーダーに。


「……そう、わかったわ」


「へ? いいの?」


「その代わり、ここを出たら、私たちは一切援助しません。いいですね?」


「うん、わかってる」


「なら、何も言うことはありません」


「ありがとう! お母さん!」


 カー先生を抱いたまま、お母さんを抱き締めた。


「ずっと動物を飼ってあげられなかったものね。ごめんなさいね」


「ううんっ。ウチは宿屋だもん、仕方がないよ。それに私もここが大好きだから、管理が楽な方がいいのは当然だし」


「セイナ……。ありがとうね。落ち着いたら呼んでちょうだいね」


「もちろん!」


 お母さんから体を離した。カー先生が小さく「ぷはぁ」と言った。


「ヴァルトさん」


 お母さんはヴァルトさんを見据えた。


「はい」


「動物が大好きなことだけが取り柄な子ですが、私たちの宝物で、この宿屋の看板娘です。どうか、どうかこの子を支えてやってください。お願いします」


 お母さんは深々と頭を下げた。お父さんも続く。


「お母さん、お父さん……」


 涙が出て、二人が見えづらい。


「……かしこまりました。大切なお嬢さんを護る事を、ここに誓います」


 ヴァルトさんは騎士のようにひざまずいた。


 こうして私は、ヴァルトさんと共同生活を始める事になった。


−−−−−−


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