第3話 同棲と共同生活

「で、どうするのですか? 彼は」


 カーバンクルが話を進める。

 彼とはそう、オルトロスのことだ。今は大人しく座ってじっと私を見ている。


「うーん、連れて帰りたいんだけど」


「あなたは宿屋の娘なんですよね?」


「はい」


「なら、ダメでしょう」


 スパッと、カーバンクルは私の願いをいた。


「でも、野放しにしていたら、悪い人に見つかって、痛めつけられるかもしれないっ。こんなにいい子なのに……」


 オルトロスの頭を両手で撫でた。嬉しそうにたてがみと尻尾の蛇が揺れる。


 でも、見た目は大きな双頭の犬。おまけにたてがみと尻尾は蛇。

 こんな言い方はしたくないけど、見る人によっては怪物だ。


「……なら俺が」


「よし、決めた」


「は?」


「私、自立する!」


「おい、俺の話を」


「幻獣も魔獣も妖精も、みんなみーんな安心して暮らせる広場のようなものを造る!」


「だから、人の話を」


「やってやるー!」


「人の話を聞けー!」


 魔法使いさんが叫んだ。

 何をそんなにムキになっているんだろうか。


「何ですか」


「はぁ、マンドラ娘」


「むっ、だから何ですか」


「お前には無理だ」


 スパパーンと、カーバンクルより切れ味よく私の夢を裂いてきた。


「何でやる前から無理だと決めつけるんですか!」


「わかっているからだ。無理だということが」


「……またか」


「何だ」


「また決まってしまうのか……」


 私の夢は、やる前から叶わないと。


 もう嫌だ。

 

 最初からわかっている叶わない夢は、二回もいらない。

 今度は、今度こそは! 叶えてみせる!

 無理かどうかは私が決める!


「ぼっちな魔法使いさんに何がわかるんですか!」


「はぁ!?」


 色々なものが吹っ切れて、言おうと思ってなかったことまで口に出る。


「見た目良しで! 魔法が使えて! 私に何の文句があるんですか!」


「いや、別にお前に文句は……」


「何もかも持っているようなあなたに! 自分の夢が最初から叶わないとわかった時の気持ちが! わかるんですか!?」


「いや、お前の夢なんて知らないし」


「動物好きなのにさわれない苦しみが! わかるんですか!?」


「いや、お前、触っていたろ……」


「そしてそしてっ、マンドラゴラって何ですかー!?」


 一気にまくし立て、なんか疲れた。


「……マンドラゴラは、薬草だ。根茎が幾枝いくえにも分かれて個体によっては人型に似る。引き抜くと悲鳴を上げる。麻薬効果を持つ」


「そうですか! って、それが私って失礼じゃないですか!」


「麻薬なのか何なのか、オルトロスを懐かせ、ギャーギャー叫ぶ、そのまんまじゃないか」


「ギャー!」


 「ほら見ろ」と、魔法使いさんは笑った。

 王子様のような顔立ちで笑われると心臓に悪い。


「とにかく! 私は諦めません!」


「はぁ……。ならば、俺と手を組め」


「……はい?」


「俺の住むこの森は広い。開拓できる場所はたくさんある。それに、ここは幻獣たちも好む」


「確かに。この森は居心地がいいです」


 カーバンクルが頷いた。


「えと……、同棲するって事ですか?」


「まぁ、俺の館に住んでもかまわんが……。って違う! ビジネスパートナーだ!」


「じゃあ、宿屋から通えって事ですか? この森は広いのに?」


「ぐっ」


「あなたの館は見た事すらないのに?」


「うっ……」


 やった。魔法使いさんを黙らせた。


 「うーん」やら「うーむ」やらうなっていたけど、しばらくして、魔法使いさんは口を開いた。


「わかった。部屋は腐る程あるしな。住む事を認めよう」


「わーい」


「だがいいか!? あくまでもビジネスパートナーで共同生活をするだけだ! お前みたいなマンドラ娘なんか好きじゃないし! 間違っても同棲なんかじゃないからな!?」


「そこまで必死に言わなくても……」


 あなたは王子様な顔立ちというのを忘れないでほしい。

 その顔でそんな必死に言われたら、傷つく。傷ついたから、反撃する。


「じゃあこの子も一緒でいいですか?」


「オルトロスか!? ダメに決まって」


「行け! オーちゃん!」


 魔法使いさんをした。

 オーちゃんことオルトロスは、魔法使いさんの方を向き、飛びかかる体勢を取った。


「わかったわかった! オルトロスも一緒でいい!」


「あの僕は……」


「カー先生も一緒でいいですよね?」


「カーバンクルもか!? そんなに世話する余裕は」


「オーちゃん! ガブしてやるのです!」


「カーバンクルもどんと来い!」


 はぁはぁと、肩で息をしながら魔法使いさんは認めてくれた。


「やったね!」


 オーちゃんの頭を撫で、カー先生ことカーバンクルの可愛い手にハイタッチをした。


「ところで、オーちゃんって何だ」


「オルトロスだから、オーちゃん」


「カー先生は」


「カーバンクルで、賢いからカー先生」


「恐縮です」


 カー先生は照れた。

 可愛い。ダメだ、たまらん、我慢できん。


「カー先生! 失礼を承知で申し上げます!」


「何でしょう?」


「モフモフさせてください!」


「……あなたのオーラは、なんか幸せですからね。いいですよ」


「キャー!」


 カー先生を抱き上げ、体をポンポン。頬っぺたすりすり、最後にむぎゅーと抱き締めた。


「はへー……。極楽じゃー」


 私はおじさんっぽいのかもしれない。

 温泉に浸かって、お酒でも飲んだ、くたびれたサラリーマンのような声が出た。


「前途多難だ……」


 がっくりと項垂れている魔法使いさんは、見えなかった事にした。

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