第2話 ぼっちと幻獣

「何やってんだアホ! 逃げろ!」


 男の人の焦ったような声で意識が戻った。


 何をやっているかって? ライオン丸を抱いて死んだんだよ。

 え? でも、この感触、まさかあの子まで天国に連れてきちゃった!?

 恐る恐る目を開けると、確かに生き物を抱いたままだった。けど、ライオン丸ではない。


 私の腕の中にいたのは、薄い水色の毛をしたリスのような生き物だった。

 大きさはライオン丸と変わらない。

 リスと違う所は、長い耳と尻尾、額にある赤い宝石のようなもの。そして、額のものに負けない程、くりくりとした黒いきれいな瞳。

 その瞳が不安そうに私を見上げていた。


「バカ! 前を見ろ! 前!」


 さっきから、アホだのバカだの酷いことを言ってくる男の人は、どこの誰だか知りませんが、前って何よーと、言われた通り向いた。


「……ワーオ」


 思わず片言かたことの外人さんが出てきた。

 向いた先には、これまた不思議で、怖い生き物がいた。

 黒い大きな犬。大きいから怖いのではない。頭が二つあるのだ。そして、たてがみと尻尾が蛇になっている。


 あぁ、思い出した。

 昔、動物が好きすぎて、図書館で幻獣図鑑を読んだ事がある。そこに、いた。


 オルトロスだ。


 そして、腕の中にいるこの子も、図鑑にいた。


 カーバンクルだ。


「たかが宿屋の娘が敵う相手じゃない! ボサっとしてないで逃げろ!」


  数メートル離れた所から男の人が叫ぶ。


 そうそう、私はプティル村の小さな宿屋の娘だ。

 動物が大好きで、ずっと何でもいいから飼って! と両親にせがんでも、世話する時間がないだの、毛とかが落ちて不衛生だの言って、いつまでも飼ってくれないから、家を飛び出したんだ。


 そして、近くの森を彷徨さまよっていたら、この子が追われているのに遭遇し、庇っていたんだ。


 それにしても……。


 たかが? たかが宿屋? 

 小さいけど、私の村には宿屋はウチしかなく、我が家がなければ旅人さんたちは野宿しなきゃならないのに。

 たかが!?


「うるさいです! ぼっち魔法使いさんは黙っていてください!」


「はぁ!?」


 そうだそうだ。あの人はこの森に住んでいるらしい魔法使いさんだ。

 結構すごい魔法使いらしいのに、あまり人と関わろうとせず、木こりさんたちも彼の姿どころか、家も見たことがないという。

 魔法で隠しているんだろう。


 そんな偏屈魔法使いさんに、たかがなんて言われたくない!


 それに、そう! そうだよ! 

 私の目標は! 人も動物も、みんなが幸せになる世界にすること!

 それは、幻獣も魔獣も妖精も、みんなみんな!

 そのための第一歩は。


「みんな仲良く、だから……。君は逃げて」


 抱いていたカーバンクルをそっと下ろし、前に立った。

 オルトロスは鼻息が荒く、怒っているのかそれともお腹が減っているのか、よだれを垂らしている。

 

 怖い。

 けど、見た目で判断してはいけない。


 同じ世界に生きているんだ、だから、仲良くできるはずだ。


「だーかーら、ケンカはメッ!」


  両手を広げた。


「低脳か!? 死ぬぞ!」


 ええ、もういいんですよ。一回死んでいるんですから。ん? 一回死んだ? でも、まだ生きている? どういうこと? ま、いっか。


 いや! その前に! 死にませんから!

 図鑑にオルトロスは落ち着きがなくせっかちである、と書いてあった。

 でも、そんなに急いで、目の前の生き物に飛びついて噛んだりしない。

 私は信じている、みんな仲良くできるって。


 オルトロスがよだれを飛ばしながら、飛び上がった。


 ダメか。

 やっぱり私はたかが宿屋の娘だったか。

 観念し、目を閉じた。


「……ん?」


 が、いつまで経っても痛みはやって来ない。

 それどころか、なんか、全身にこすられている感触が。

 恐る恐る目を開けてみると。


「……ワーオ」


 片言かたことの外人さんで行こう第二弾が出た。

 オルトロスが、大きな体で私にすりすりしていたのだ。たてがみの蛇も一緒に。

 うん、ちょっと痛いな。


「すごいな……」


「へ?」


 後ろから声がしたので、振り向いた。

 逃したはずのカーバンクルが目を見開き見上げていた。


「あなたのオーラは独特だ。僕もり寄りたくなってしまう程だ」


 オーラ? フェロモンみたいなもの?

 というか、その前に。


「カーバンクルって喋れたの?」


人語じんごを話せる種族はたくさんいますよ」


「あ……」


 カーバンクルの返事で気がついた。

 心の中で思ったはずが、口に出ていた。


「ごめんなさい」


「大丈夫ですよ。むしろ、そういう素直な所が、このオーラを出せているのか……」


 「ふむ……」と言ってカーバンクルは考え込んでしまった。

 か、可愛い……。

 短いお手てを顎に当てている。


「小さな博士みたい……」


 カーバンクルがこちらを向いた。そして、もの問いたげそうな顔をした。

 あー、またやってしまった。


「度重なる無礼をお許しください」


 深く頭を下げた。


「悪気はなさそうだから許しますが、素直すぎるのもどうかと思いますよ?」


「はい……」


「ところで、彼はどうするのです?」

 

 カーバンクルのいう彼とは、オルトロスのことだ。

 まだすりすりしてきている。

 これは、懐いてくれたと思っていいんだよね?

 となれば、やる事は一つ!


「おすわり!」


 オルトロスに目線を合わせ、右手を上げた。すると、腰を下ろしてくれた。


「お、おぉー。よーしよし」


 両手で二つの頭を撫でてあげると、たてがみの蛇も揺れて喜んだ。

 こうして見ると、かっこ可愛いじゃないか。

 毛質は硬い方だけど、大丈夫。シャンプーで洗えばきれいになるし、毛質も変わるかもよ?

 そんなことを思いながら、心を弾ませていたのに。


「何なんだ、お前は」


 失礼な言葉を飛ばしていた人がやってきた。

 ブロンドに近い茶色の短髪。所々、寝癖なのか跳ねている。瞳は青みがかった緑色だ。

 服装は白いワイシャツに貴族が着てそうな黒いベスト。ズボンには皮のベルトで留められた試験管がある。その中には謎の青い液体や見たことのない草などが入っている。

 そして、紺色のマントでフードを被っている。


 つり目を抜かせば、顔だけは王子様なぼっち魔法使いさん。


「何なんだって、宿屋の娘ですよ。た、か、が、の」


「根に持つ奴は嫌われるぞ」


「あなたに嫌われたって、屁でもありません」


「たかがでも宿屋の娘なんだから、屁なんて言うな。もっと女性らしい言い方をしろ」


「た、か、が、の、宿屋の娘ですから」


「ああ悪かった悪かった。ほら、謝るから話をさせろ」


「あなたと話すことは一つもありません」


「少しくらい聞く耳を」


「ギャー!」


 話を遮るように叫んだ。


「……マンドラゴラなのか、お前は。さっきの事といい、今といい」


「たかが宿屋のマンドラ娘です」


「……はぁー」


 深いため息を吐かれた。


「女性に対し、大変失礼なことを申しました。どうか許していただけないでしょうか、お嬢さん」


 魔法使いさんは執事のように胸に手を当て頭を下げた。

 ぐむぅ。王子様のような顔立ちでそれはずるい。絶対わかってやっている。


 だが、許さん。

 私のことはいくら言われてもいい。

 けど、宿屋をバカにした事は許さん。


「許しません!」


「だと思った」


「じゃあ言うなー! ギャー!」


「……ずっと平行線なので、僕が進めても?」


「お願いします!」「頼む」


 カーバンクルのありがたい一言に、同意が重なった。

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