第1部 君とまた出会う

第1章 出会いと共に

第1話 進路希望調査票

 将来の夢。

 それは憧れて、努力して、ようやく掴める、大きければ大きい程、頑張り甲斐があるもの。


 夢はでっかく果てしなく。


 なんて、人は言うけど。


 それはさ、、だよね。




 ※ ※




「むぅ……」


 高校三年、夏の夜。

 私は自室で一枚の紙を手にし、悩んでいた。


 紙には『進路希望調査票』と書いてある。

 そう、高校卒業後、進学か就職か、職種は何かなど、これからの事を書いて学校に提出しなければならない。


 進路は決まっている。

 じゃあ何に悩んでいるかって?

 もう叶わないって知っているからだよ。

 努力する前から諦めるなって?

 ……努力してどうにかなるなら、そうするよ! でも! どうしようもできないの! だって!


「動物好きなのに、動物アレルギーって破滅的じゃーん!」


 机に突っ伏し、泣いた。

 小さい頃から動物が大好きだった。

 両親には動物園に住みたいと言って、よく困らせたものだ。



 物心が付いた時、従兄弟のお兄ちゃんが飼っていた、ジャンガリアンハムスターに触らせてもらった事がある。

 その時だ、私が動物アレルギーだと発覚したのは。

 ハムスターを持ち上げた瞬間、手から全身へとかゆみが広がった。


『っくしゅん! けほっこほっ』


 そして、止まらないくしゃみと咳、続いて鼻水。


星泣せいな! その顔と腕どうしたの!?』


『え?』


 青ざめたお母さんを見て、自分の腕を見てみた。

 あちこち赤くふくれていた。一センチくらいのものもあれば、三センチ以上に広がっているものもあった。

 そういえば、顔も痒いなと頬を触ると、膨れていた。


『はぁっ、はぁっ……』


 そして、次第に呼吸ができなくなっていき。


星泣せいな!』


 倒れた。


 小さかったので、よくは覚えてないけど。気がついた時には病室の中だった。そこで先生が言っていたのは。

 私は動物アレルギーだということ。それも

全般。

 喉にも蕁麻疹じんましんが出て、それが呼吸を困難にさせていた、ということだった。

 その後、人目も気にせずピーピー泣いたことだけは今でもよく覚えている。


 だって、もうこれから、動物に触れない。

 将来、動物に関わる仕事はしてはいけない。

 そんなのは、アレルギーで死にかけた事より辛かった。



「わかってるよ、わかってる。でもさー!」


 顔を上げ、叫んだ。

 諦めきれない! 動物が大好きだもん!

 保護犬などの番組を見ていると、いつも号泣して、大量のティッシュを消費していた。

 全ての動物に幸せになってほしい! この気持ちは誰にも負けない! なーのーに。


「動物アレルギーって、それも全般って、酷いよ神様ー!」


 調査票を机に置き、その上から突っ伏して泣いた。


 しばらく泣いて、決心し、顔を上げた。



「よし、死のう」


 一番叶えたい夢が無理だとわかっていて、これ以上のなりたいものはない。


「ならば、死のう」


 自殺なんて、親不孝だけど、酷い死に方はしない。私には最高の死に方がある。

 そう、モフモフしながら、動物に触れながら死ぬことだ。


「あ、でも、蕁麻疹が出るから、姿としては酷いか」


 これから死ぬというのに、ふふっと笑ってしまった。

 怖さよりも嬉しさが勝っているのだ。だって、もう十年以上動物に触れていない。


 私は動物アレルギーだが、家族は違う。同じなのはみんな動物が大好きということ。

 だから、私が触れないよう、隔離された部屋でうさぎを飼っている。

 私はその部屋にそろりそろりと向かった。







「ライオン丸ー」


 ライオン丸と名付けられた、我が家のアイドルがいる物置き部屋までやってきた。

 この部屋は涼しく、窓もあるから開ければ風通しもよく、うさぎには良い環境らしい。


 ゲージの中で寝ているライオン丸を眺める。

 スヤスヤと気持ちよさそうだ。

 扉を開け、起こさないように抱き上げる。


「あぁー……」


 仕事終わりで温泉に浸かったおじさんのような声が出た。


 ライオン丸はその名の通り、ライオンラビットという種類だ。

 ライオンのたてがみのような飾り毛が特徴で、それが可愛くて飼った。


 いや、触れないのだけど、見ているだけでもモフモフふわふわしてそうだからと、私が頼んだ。

 そして、今日、初めて触れた。


「お顔の毛がふわふわ、体はモフモフですねー」


 幸せだ。

 だが、感じてきている、痒みを。でも、もうどうでもいい。

 ライオン丸に頬擦りをした。この子はお顔に飾り毛が多いタイプだ。それがまたたまらなく気持ちいい。

 でも、あぁ、なんか、呼吸、が……。


「はぁっ、はぁっ。喉が、なんか、痒いや……。もう、ダメか、もっと、触れていたかったな……。ごめんね、ライオン丸……」


 死ぬ原因をライオン丸にして……。


「ごめん、ね……」


 名付けたの私なのに、今日まで一度も触れてあげなくて。


「ごめ、ん……」


 環境は良くても、私のせいでこんな物置きで生活することになって。


 そして、お母さんお父さん。

 最後まで心配をかけて、こんな死に方で、ごめん。


「はっ……、はっ……」


 もう、呼吸が、でき……。

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