08話.[先輩がいるから]
「もう朝か……」
ゆっくりしていたら早朝になってしまった。
冬なのもあって、夜中よりもよっぽど真っ暗だ。
結局、ゆっくり会話をするということもできないまま帰る日を迎えてしまったことになる。
「いないと思ったらそこにいたのか」
「おはようございます」
「おう、って、寝てないのか?」
頷いたら「なにやっているんだよ」と言われてしまい、確かにと思った。
すぐに眠気はこなくても転がっていれば変わっていたはずなのだ。
実は期待していた……のかな。
起きていれば早く寝すぎて起きてしまった先輩が話しかけてくれると思ったのかもしれない。
「ちょっと歩きませんか?」
「あ、そういえばそういう約束をしていたな、それなら行くか」
外に出てみたらかなり寒かった。
時間的にもそうだし、県の場所的にも多少は変わってくるのかもしれない。
あの初日の出のときよりも厳しい感じだったから少し驚く。
「ひとりでぼうっとしている間、色々と考えていたんです」
「俺は夢に三人が出てきたぞ、茜と大澄は何故か四年生の頃の姿だったけどな」
「あの頃の私ってどんな感じでした?」
もうしっかり思い出すことができた。
この人にいつも甘えていた自分というやつを鮮明に思い出すことができてしまったのだ。
構ってもらえないとすぐに泣いてしまったりして面倒くさい自分を――つまり、黒歴史みたいなものだった。
引っ越すことになって私の近くから去ることができたのは嬉しかっただろうな。
「前にも言ったように、放っておけない存在だったよ」
「いまはどうなんですか?」
「いまは……」
今日は大事な情報だけ聞けないということにはならない。
知り合いはいないし、なにより地元じゃないし、時間も時間だし。
友達としていられるだけでいい。
だけどもし、なにかがあるというのなら……。
「あなたにとっては迷惑かもしれないですけど、私はあなたといたいです」
リベンジがしたい。
強制的にそのチャンスを奪われてしまったあの頃とは違うのだ。
嫌だということならもう近づくことはしない。
この件に関してはこれぐらい極端でいいと思う。
だって、好きでもない相手に付きまとわれていたら嫌になるでしょ?
「……正直、俺はもう告白されているからな――って、四年生の言葉をそのまま受け取ろうとするのは本当に馬鹿なんだけど……」
「あ、それって私のことですか?」
「あ、当たり前だろ、なんでここで他の人間のことを出すんだよ」
あの頃の私は茜の真似をしているところもあった。
あと、好きと言うと反応が分かりやすく変わるということも影響していた。
いまとは違って、まるで肉食系女子みたいな感じだった。
「稜からその後すぐに他の男に告白して振られたって聞いたときは驚いたけどな」
「……勢いで行動するとろくなことにならないとあのとき学びましたよ」
で、よくあるやつだ、二度と恋なんかしない、そう考えた。
が、一年一年時間を重ねていく度に段々と欲求がまた出てきたうえに、強くなっていったということになる。
当然、過去と比べれば今年が一番強いわけで、そんなときに先輩と出会ってしまったらどうなるかなんて分かりきっていることだろう。
ま、まあ、いまさら来るのはおかしいとか考えた
「ふふ、というかいまの一緒にいたいという発言をそういう意味だと考えられるのはすごいですね」
「ち、違うのか?」
「いえ」
あの頃のことを思い出すだけで顔から火が出そうだ。
でも、恥ずかしいだけじゃないということにもその度に気づく。
私は間違いなく先輩のことを求めていた。
好きという言葉に込められた気持ちはどんどん強くなっていた。
「もう戻りましょうか、お風呂に入りましょう」
「え」
「あとは一輝先輩次第ですから」
私が選ぶ側ではないから後は待つことしかできない。
やっぱりやめようということなら友達としていてもらうからそれでいい。
それすら~ということなら、悲しいけど近づくことはもうしないようにする。
好きな人に迷惑をかけたいわけではないからだ。
焦って勢いで変な行動をしてしまったものの、あのとき違う男の子と付き合えなくてよかったと思った。
「ま、待ってくれ」
「って、こうされたらそもそも動けませんよ」
先輩の方が大きいし、男の子だということで力も強い。
稜にされるのとは違うんだって分かってしまった。
まあ、稜もまた私にされるのとでは全く違うのだと茜の件で変わっているわけだけど……。
「慌てなくても一輝先輩次第だって言ったじゃないですか」
顔は洗ったし、歯も磨いた状態だからあまり気にならない。
けど、どうせこうされるのならお風呂に入ってからがよかった……。
最初と同じで汗をかいたわけじゃないから体臭的な意味でも問題はないだろうけども、入浴後の方が気分的に楽だと言えるから。
別にそれでどうこうしたいわけじゃない。
ただ単に乙女として、それがよかったというだけだ。
「早く行きましょう、人が増えると恥ずかしいですから」
茜みたいな武器があればもっと堂々と歩けるんだけどね……。
残念ながらそうではないからこそこそ静かに歩くことしかできなかった。
「なんで起こしてくれなかったの!」
「えぇ、なんで私が怒られているの……」
美味しいご飯を食べたというのにずっとこんな感じだった。
チェックアウトの時間がやってきてもう公共交通機関を利用して帰らなければならないという状態になっているのにこれだ。
玉野兄妹には言えないから私に~となるのは分からなくもないけど、勝手に寝てしまったのはあんたでしょと言いたくなる。
それでも雰囲気を悪くしないために我慢を続けているという状態だった。
「しかも一輝先輩とこそこそ行動しているし……」
「起こさないように静かに出ただけよ、それにすぐにお風呂に入ったわ」
「お風呂だって誘ってくれなかった……」
それは違う、正しくは誘ったけど稜が行かないと言った、だ。
茜だって眠たいのを我慢して付いてきたんだから稜が悪い。
というか、あれだけ寝ていたのなら彼が一番早く起きそうなものだけどね。
初日の出のときだって先に起きていたんだからできることのはずだ。
「ほら、乗って帰るわよ」
「……梛月の馬鹿」
「それでいいから帰るわよ」
よくも悪くも分かりやすく態度に出してくれる子だから好きだった。
馬鹿だと言われてもなんか気にならない。
あのとき求められていたお姉ちゃんとして過ごすことをできているのかもしれなかった。
が、相手が先輩ということになると変わってきてしまうというわけで……。
「眠いだろ? 着いたら起こしてやるから寝てていいぞ」
「大丈夫です、家に帰ってから寝ますから」
帰るまでは旅行をしているのと一緒だ。
それなのに寝てしまってはもったいないだろう。
今度は私だけ美味しいお弁当を食べられなかったとかそういうことになるかもしれないから起きていなければならない。
「茜なんてもう稜に体重を預けて寝ているから無理するなよ」
「じゃあ……寄りかかってもいいですか?」
「おう、ちゃんと起こしてやるから」
なんてね、ただなんとなくこうしたかっただけだ。
こちらには意識を向けずに自然と稜と話し始めてくれたから助かった。
私は寄りかかりつつ、贅沢にも窓際だから窓の外を見ていた。
あっという間だったけど、やっぱり来てよかったな。
「ふたりでなにをしてたの」
「昔、できなかったことをしたことになるかな」
「できなかったこと?」
「それより、手を繋ぐ以外のことをしたのか?」
「……実は集合場所に着く直前に抱きしめたんだよね」
えっ、それは初耳だ……。
茜は違う方に意識が向いていたから的な言い方をしていた。
まあ、そうでなくても落ち着かない時間を過ごすことになったのに、そのうえでそんなことをされたら言いづらいかと納得。
「反応は?」
「顔が真っ赤になってた」
「はは、じゃあ大丈夫そうだな」
「でも、茜ちゃんは難しいよ? したいことを言ってくれないから」
「わがままだと思われたくないんだろ」
仮に好きでも、いや、好きならなおさらというやつだ。
我慢しすぎてもあれだけど、我慢を全くしないでどんどんぶつけるというのもそれはそれで問題だから。
誰だって肉食系みたいに積極的でいられるわけではないのだ。
だから稜が聞き出してあげるしかない。
「梛月や一輝先輩みたいにどんどん出してほしいかな」
「おいおい、それじゃあ俺達がわがままばかり言っている人間達みたいになるだろ」
「わがままはともかく、したいことをしてと相手にぶつけられるでしょ?」
先輩は間違いなくそう、そうでなければ今朝みたいなことにはなっていない。
こっちは基本的に待ち専門でしかいられないのだ。
なので、これからも先輩には大胆なままでいてほしかった。
そのままでいてくれたら、自分にできることだったら痛いことや悪いこと以外ならするつもりでいる。
「梛月はあんまり言ってくれないけどな」
梛月、か。
先輩は彼氏的存在でもあるし、頼れる兄的な存在でもある。
この前頭を撫でられたときはほっとしたけど、今朝後ろから抱きしめられたときは同じような感じではいられなかった。
後からじわじわくる感じで、美味しいご飯を食べているときも落ち着かなかったぐらいだ。
それだというのにこの人は呑気に笑いかけてきたりして……。
「あれ、なんか名前呼びになってる」
「まあな」
「梛月のことが好きなんだね」
「ああ、好きだ」
……なんで寝る気もないのにこんなことをしてしまったのだろうか。
私が起きていたらまず間違いなくこの話題ではなかったというのに。
「だって、梛月的にはありがたいよね、はっきりしてくれて」
「……仮に気づいていたとしても言わないのが優しさなんじゃないの?」
「しーらない、一輝先輩と一緒にいて女の子みたいな顔をしている子は知らないよ」
申し訳なかったから体重を預けるのをやめて普通に座った。
困惑した感じの先輩には一応謝罪をしておく。
別に計算してこういうことをしたわけではないから勘違いしないでほしい。
「お、起きていたんだな」
「はい、帰るまでが旅行だと思うので」
「……俺は早々に寝てしまったからだよなとは言えないよ」
「いいじゃないですか、眠たかったら寝ればいいんです」
私だってどうせ帰ったら爆睡する。
無理したら後の自分に響くというのは分かりきっていることだ。
先輩は早く寝ることで朝食とかを気持ち良く味わえたわけなんだから気にする必要はない。
「いちゃいちゃを見たいわけじゃないから僕も寝よー」
ただ会話をするというだけだからいちいち慌てる必要はない。
「一輝先輩って意地悪ですよね」
「な、なんでだよ」
「こっちがどうなっているのかなんて知らずに笑いかけてきたじゃないですか」
「無愛想でいられるよりはいいだろ?」
「……あなたのせいで落ち着かなかったんですけど」
敬語で話しているとたまに自分らしく感じないときがある。
いつもの自分のままであなたと呼んでいると少し恥ずかしくなるけど、このときだけは全く気にならないから。
こう……なんか自分が丁寧になった感じ、と言えば伝わるだろうか?
「つか、それって今朝のことだよな?」
「……ここでそれ以外のときのことを出す必要あります?」
「はは、真似するなよ。でもそうか、俺でも影響を与えられるってことか」
いやそうじゃなかったらあんなことを言ったりはしない。
小さい頃の私だってそう、なにも影響を受けていなかったら好きだなんて言っていない。
私は昔から誰にでもそういうことを簡単に言うような人間ではないのだ。
……軽い女みたいに思われていたら残念だとしか言いようがない。
「実は転校してからこっちに戻ってくるまでの間、一度だけ付き合ったことがあったんだ。だけどそのときに分かった、違うってことが分かったんだ」
まあ、なんにもおかしい話じゃなかった。
先輩は優しいし、見た目もいいから気になり始める異性だって当然いるだろう。
寧ろそうならなければおかしいとまで言うつもりはないけど、嫌われるような人ではないから驚くようなことでもない。
「もったいなくないですか? そのまま付き合い続けていたら内にあるそれだって変わっていたかもしれませんよ?」
「結局、こうして戻ってくることになったわけだからな、あのまま付き合い続けていても相手を悲しい気持ちにさせるだけで得はなかったよ。そもそも、俺が続けられる自信がなかったんだ」
「告白したんじゃないんですか?」
「違う、告白されたから受け入れた形になるかな」
それなりに関わりがあったから適当にではなかったらしい。
が、続けていく自信がなくなってしまったということで、一ヶ月程度で終わらせたみたいだった。
「泣き虫少女のことを忘れらなかったんだ」
「いまは違いますよ?」
「ああ、分かってるよ」
そこで急に手を握ってきたから変な声が出そうになった。
先輩は驚かせる天才なのかもしれない、いまのは違う意味でドキッとした。
「い、言ってからにしてくださいよ」
「なんでだよ、稜にされてたときは満更でもなさそうだったけどな」
「み、見ていたんですか?」
「ああ、茜とふたりでな」
茜はそのときのそれでめらめらと燃えた、ということか。
で、そのときのそれで先輩も実は影響を受けていた、ということなのかな。
だからって稜に張り合おうとするのは違うのではないだろうか。
何故なら、稜のあれは本命と上手くいかないもやもやから勢いでああしていただけだからだ。
私なんか狙っているわけがないだろう。
「稜はライバルだったからな」
「ないない、そんなことありませんよ」
「いや、茜に出会うまで稜が好きだったのは梛月だったからな?」
「ありませんよ、もしそうなら稜は動いていたはずです」
好きだけど我慢するなんてそんなことはありえない。
あのとき既に私が誰かのことを好きでいたらそうするかもしれないけどね。
それがなかった以上、こんなことを考えたところで意味はないのだ。
「……そうだよ、梛月なんか狙ってないよ」
「ほら、本人がこう言っています」
「ま、今更狙われても困るからいいんだけどな」
だったら余計なことを言うべきではない。
だってこれで無駄になし判定を食らったからだ。
変なことを言うと私が傷つくことになるということを分かってほしかった。
結局、茜は着くまでぐっすり寝ていた。
送ることは任せて、私達はふたりで自宅前まで戻ってきた。
「寝ているときもいていいか?」
「暇になってしまいますよ?」
「今日は離れたくないんだ」
こっちとしては特に困るようなこともないからそういうことにしておく。
で、部屋に戻ってベッドに転んだ瞬間に速攻で眠気がきて任せた。
多分これも先輩がいるおかげだと考えておいたのだった。
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