07話.[変わるだろうか]

 予約したということを教えてくれた。

 写真があるということだったから見させてもらったら綺麗でよさそうな場所で。

 一輝先輩も楽しみにしているみたいだからまあそう悪い時間とはならないだろう。


「部屋の件はなくなったから安心しろ」

「そうですか、それならよかったです」

「やっぱりまだ早いからな、それに四人でも十分楽しめる」


 ふたりきりで行くということをしなかった以上、向こう的にもやっぱり……となったに違いない。

 そう、焦る必要は全くないのだ。

 稜と茜に限って言えば私と同じでまだ一年生なのだから。

 焦ったところで悪い結果にしかならないことを自分の件でよく知っているため、ふたりには同じようになってほしくなかった。


「騒がしくしすぎなければ寝る時間まで一緒にいればいいしな」

「そうですね」


 なんとなくだけど、先輩みたいなタイプはすぐに寝てしまいそうだ。

 ハイテンションになりすぎて肝心なところで眠たくなるのは稜もそうだからしっかり見ておいてあげなければならない。

 もちろん邪魔をしたいわけではないから適度に、ではあるけど。


「夜になったら旅館周辺を歩いてみようぜ」

「ふふ、歩くのが好きですね」

「他県に行くことなんて滅多にないからある程度見ておかないと損だろ?」

「確かにそうかもしれません、じゃあ楽しみにしていますね」


 って、もっと自分を落ち着けなくしてどうする。

 こんなことになったら楽しみになりすぎてどうしようもない。

 ある程度親しいふたりに加えて、親しい稜もいるんだからなおさらそうなるというのに。

 やばいな、もしかしたら金曜日の夜は寝られない可能性すらあるぞこれ……。


「一輝先輩、なにか現実的なことを言ってください」

「えっ? あー、えっと、あ、一泊二日とはいっても日曜の十時頃には出ることになるぞ」

「なるほど、ありがとうございました」


 それ一泊とは言えないじゃない! とツッコんでしまいそうだけど、我慢することができた。

 そうか、十五時にチェックインだからいられる時間は少ないのか。

 帰るときに寂しい気持ちにならないよう、浮かれすぎないようにしなければ。


「当日はチェックインまでに余裕がありますし、色々見て回るのもいいですね」

「そのときは別々で行動するぞ」

「いいですよ? 一輝先輩とは仲良くしたいですから」


 気になったお店や場所に寄ってみるというスタンスでいい。

 あまりに綿密に計画を立ててしまうと予定通りにいかなくなってしまったときに楽しくなくなってしまうから。

 先程先輩も言っていたように、他県に行ける機会なんてほとんどないんだから自由さに全振りしておけばいい。

 そもそも、旅館がある県について詳しいわけではないんだから無理だというね。


「トランプとか持っていくかな」

「そういうのって案外、やらないで終わったりするんですよね」

「あるある、結局疲れて寝てしまうからな」


 ご飯だって美味しいだろうし、お風呂が気持ちいいだろうし、お布団が気持ちよさそう。

 想像するだけで幸せな気分になれるというのは幸せな人間だと思う。

 ただ、その点で馬鹿にされても正直どうでもよかった。

 いまはとにかく温泉だ、予約までしたんだから余程のことがない限りはなくなることはないことだ。

 温かいお風呂に入った後に異性である先輩と行動したりしたらまるで青春物語みたいでいいかなと……。


「風邪を引かないようにしないといけませんね」

「おいおい、フラグみたいなものを建てないでくれよ」

「大丈夫ですよ、絶対に風邪を引いたりはしません」


 仮に引いても意地でも行ってやるつもりだった。

 迷惑をかけない……というのは不可能でも、どちらにしても代金を払うのであれば行かなければもったいないから。

 正直、他県に行けた、旅館に泊まれた、それだけで私にとってかなり大きい。


「一気先輩の体調が悪くても私が一日中側にいてあげますよ」

「……それも悪くないな」

「って、真剣に考えないでくださいよ……」


 本当に側にいてあげることぐらいしかできないんだから。

 ジェルシートとかを貼ってとにかく時間経過を待つしかないのが現実だ。

 弱っている稜、茜、先輩を見たくないから頑張ってほしかった。


「でも、やっぱり元気な状態で大澄といられた方がいいから気をつけるよ」

「はい、私も気をつけます」


 さすがに落ち着いてきた。

 寝られなかったら楽しめないからこれでいい。

 私は私らしくを貫いておけば勝手にその日はやってくるし、上手くいく。


「大澄、俺が――」

「僕、参上!」


 稜に限って言えばわざとやっている可能性もある。

 これで何度目の大事な情報だけ聞けない、というパターンだろう。

 実は過去にも似たようなことがあったからもう何回目か忘れてしまった。


「風邪を引かないでよ?」

「ああ、大丈夫だよ」

「梛月もだよ?」

「分かっているわ」


 微妙そうな顔をしていたから大丈夫と私も言っておいた。

 それでも変わらなかったから苦笑することしかできなかった。




「晴れてよかったな」

「はい、そうですね」


 体調が悪いというわけでもないからいい一日になりそうだ。

 十四時半になったら合流することになっているからそれまで自由なのもいい。

 ま、既に十三時半ぐらいだからそんなに余裕はないものの、メインは旅館だからそうがっかりする必要もないだろう。

 あまりに多すぎても疲れてしまうだけだからね。


「んー、やることがないな!」

「ふふ、分かります」


 観光よりもそっちの方が楽しみすぎるからこれは仕方がないと言える。

 ちなみにあのふたりは十四時半までに色々なところを見たいということで急いで移動していた。

 まず間違いなくすぐに寝てしまうだろうから先輩とお喋りする時間が増えることだろう。


「腹は減ってないか?」

「はい、少し食べてきましたから」


 これもまた楽しみは夜までとっておけばいいから食べてきたのだ。

 それに、空腹度が高すぎると逆に入らなくなるからそれだけは嫌だったというのはある。


「それなら適当な店に入って時間をつぶすか」

「はい、そうしましょう」


 これぐらいの緩さが丁度よかった。

 あのふたりの方に加わっていたら雰囲気も悪くなりそうだったからなおさらそういう風に思う。

 なにより、お店の中は暖房が効いていて暖かかくてよかった。


「四人部屋だから少し安心できるよ」

「どうしてですか? さすがにふたりきりにしてもキスとかしないと思いますけど」

「いや……俺が大澄とふたりだけになったら寝られなさそうだからさ」

「ああ、なるほど」


 二部屋を借りるよりもよっぽど安かったからこういうことになったのだ。

 ちなみに母を誘ったものの、断られてしまったから同意書だけ書いてもらった。

 高校生だけで泊まるのはそういうのがないとできないと今回の件で初めて知った。

 もちろん例外はあるだろうけど、大抵のところがそうらしいから忘れないでよかったとしか言いようがない。

 こっちの県にまで来ておいてそれがないから泊まれませんでしたなんて展開には絶対にしたくないからね。


「寝られないと分かったときには膝枕をしてあげますよ」

「き、聞いてたか? 大澄がいると寝られなさそうと言ったんだぞ?」

「でも、私の膝枕は稜を完璧に寝かせる能力を有していますからね」


 複数の対象に対してしているわけではないからそこを勘違いしないでほしい。

 また、それを含めても誰にでもできるわけではないから分かってほしい。

 先輩だからこそ口にしているわけなのだ。


「しかも部屋には茜もいるわけですからね、寝られないということは絶対にないと思います」

「ま、まあ、稜もいるしな」

「はい、みんな一緒の部屋ですから」


 それにどうせ美味しいご飯を食べたり、温かいお風呂に入れたらそんなことどうでもよくなるはずだ。

 どちらかと言えば早い時間に寝てしまうんじゃないかって不安になっているぐらいだった。

 ふたりが寝た後に小声で会話をする、そんなことをしたいと考えている。

 内容はなんでもいい、私がただそれをしたいというだけだから。


「みんなが元気な状態で来られてよかったです」

「俺もだよ」

「それなりに高いですけど、その分の価値がありますからね」


 ある程度の関係を築けていなければこうして一緒に行動することもできない。

 ましてや、他県に行くとなればなおさらなことだろう。

 部活や行事で行くのとは違うのだから。

 予約していたというのもあるけど、直前になってやっぱりなしとなる可能性だって仲が良くなければあったから。


「着いたらすぐに入るか」

「いいですね、常に綺麗な状態でいたいですから」


 自宅というわけではないからやっぱり多少は意識は変わるもの。

 あとは単純に、玉野兄妹と一緒に過ごすことになるから、というのもある。

 夏と違って汗臭くなったりはしないけど、どうせならね。

 というか、そういうことよりも温泉! とテンションが上がってしまっている。

 だから、こうして抑えられていることが奇跡だった。


「やべえ、まだ無理なのに行きたくなってくるな……」

「分かります……」


 これだったらあのふたりみたいに色々見て回ろうとした方がよかったのかもしれなかった。

 だって、どうしても会話の内容がそっちに偏ってしまうからだ。

 まあ、ここまできて違うことで盛り上がっていたらそれはそれでどうなの? と聞きたくなってしまうけど……。


「歩くか、ゆっくり歩いていれば集合場所に早く着きすぎるということもないだろ」

「分かりました」


 遠い場所でゆっくりしていたわけではないから本当にゆっくりでいい。

 集合時間にしたってまだチェックインの時間よりも三十分も早いのだから。

 でも、ふたりきりでいるのが多いのもあって退屈だとは感じないなと、横を歩いている先輩を見つつそんなことを考えた。

 四年生のときの自分は助けてもらってばっかりだったけど、そのときとは違う感じでいられているだろうか?

 髪だけではなく、少しぐらいは内側も成長できているのかな……。

 ……悪い方にしか傾かないからやめておいた。

 そんなのは帰ってからいくらでも考えればよかった。




「ふぅ」


 髪と体を洗って問題ない状態にしてからゆっくりとつかった。

 正直、スタイルがいいわけじゃないから少し恥ずかしいけど、そんなのどうでもよくなるぐらいには温かくて気持ちがよかった。

 効能とかよく分からないから正直どうでもいい。

 温泉という響きだけで私は満足できる。

 まあ、どうでもいいと片付けられないこともあるのが現実だった。

 それは……、


「ちょ、ちょっと熱いね」

「そ、そうね」


 ……茜が着痩せしていたということだ。

 細いのに出るところは出ているってそれは反則ではないだろうか?

 付き合う前にそういう物理的接触は絶対にしないだろうけど、稜に抱きついたりしたら一発で落ちそうな気がする……。


「それよりご飯美味しかったね」

「そうね、お刺身を食べることってほとんどないから新鮮だったわ」


 実は既に二十二時頃だったりする。

 残念ながら男の子ふたりは既に寝てしまったからこうなっている。

 でも、茜とゆっくり話せるのもいいことだからがっかりはしていない。


「少し苦手な食べ物があるときに稜君みたいに好き嫌いがない子がいてくれると助かるよね」

「分かるわ、私なんていつも人参を食べてもらっているぐらいだし」

「え、それはちょっとねー」

「に、人参だけは無理なのよ……」

「はははっ、冗談だよっ」


 時間が遅いこともあってほぼ貸し切りみたいな状態だった。

 だからって泳いだりはしない、さすがにそこまで子どもではない。

 というか、極力彼女の前で動きたくないというのが本音だ。

 出るときも彼女から先に出てほしい。


「お兄ちゃんとはどう?」

「仲良くはなれているわ」


 踏み込んでいっても多分、大丈夫だと思う。

 近くにいるけど、それっぽいことも言うけど、結局、最終的には違う人のところ行ってしまう、という展開にはならない気がする。

 もちろん、願望みたいなものの方が強い。

 もう少し一緒にいて、完璧につまらない人間だということが分かったら離れて行ってしまう可能性もやっぱりあるし……。

 とまで考えて、どれだけ矛盾しているのかと自分がおかしくて呆れてしまった。


「私達は今日、手を繋いで歩いたよ。その状態で一時間近く歩いたのは初めてだったから……本当に落ち着かなかったけど」

「稜はどうだったの?」

「んー、どうなんだろう、一応こっちにも意識を向けていてくれていたけど……」


 楽しそうにしてくれているだけマシと考えておくのがいいだろう。

 今日は四人で来ているわけだし、無理やりそういう方向に持っていくと雰囲気が悪くなりかねない。

 自然な状態でなければ決して甘い雰囲気になったりはしないはずだ。

 男の子にも女の子にも必要なのは余裕だった。


「そ、それより梛月ちゃん」

「どうしたの?」

「そ、そんな見ないでっ」

「あ、ごめん」


 惹きつけられるというのは本当のことみたいだった。

 同性の私ですらこうなんだから異性となったら見てしまうに決まっている。

 もうそれは立派な武器だった。

 私に少しでもそういうのがあればもうちょっとぐらいは……。

 とにかく、さすがに辛くなってきたから出ることにした。

 ささっと拭いて、ぱぱっと着てしまえばもう恥ずかしくない。

 服ってありがたい存在だと分かった一日となった。


「あれ、梛月ちゃんはこれを着ないんだ」

「うん、自分の服の方が落ち着くから」


 コーヒー牛乳を購入して一気に飲み干す。

 ……勢いでやってみたけど、ゆっくり飲んだ方がいいとこれまた学んだ。


「もう戻る?」

「そうね、うろうろしていても怪しいだけだし」


 部屋に戻ったら起きていた~なんて展開にはならず、相変わらずぐーすかぐーと寝ているようだった。

 慣れるまで少しだけ時間がかかったものの、ふたりの寝顔が見えてなんかぽかぽかとした気持ちになった。

 お姉ちゃんだったら弟の寝顔を見てこんな風になるのかもしれない。


「あっちに座ろうか」

「そうね」


 月の存在のおかげでここは少し明るかった。

 きらきらとまではいかなくても建物の明かりのおかげで見ていて結構楽しい。

 あとは向こうでふたりが寝ているというのもあって、少しだけ悪いことをしているみたいでテンションが上がった。


「今日、みんなで来られてよかったよ」

「うん」

「……最初はふたりだけでって話をしていたんだけど、梛月ちゃん達も誘って本当によかった」

「さすがにいきなりふたりきりでこういうところに行くのはね」

「う、うん……」


 もしふたりで行くことになっていたら変わっていただろうか?

 ひとりだけ先に寝てしまって、彼女がもやもやしながら朝を迎える、なんて展開にはならなかったかな。

 ただ、はしゃいでいなかった先輩の方がこうして寝てしまうのはよく分からない。

 私でさえちゃんと寝られたわけで、それなのに先輩が寝られなかったということはないはずなんだけど……。


「もう寝る?」

「茜はどうしたいの?」

「……ちょっと眠たいかなって」

「じゃあ無理しても仕方がないから寝ましょうか」


 ところで、稜と先輩は並んで寝ているわけだけど……。

 まあ、ここは空気を読んで稜の横を譲っておいた。

 問題だったのはすーすーと彼女が寝息を立て始めた後も全く眠気がやってきてくれないということだった。

 転んでいても意味がないから再度あの場所に戻る。

 ほとんど真っ暗なのに綺麗に見えるのは内側がごちゃごちゃしていないからかな。


「そろそろ寒いのとはお別れね」


 早く終わってほしいと考えていたのになんか寂しかった。

 寝て起きたら結構すぐに帰らなければいけないというのも影響している気がする。

 冬というのはどうしてこういう方向へ偏りやすいのだろうか?

 私の精神にだけ問題があるというわけではない気がする。

 二年生になったらなにかが変わるだろうか?

 なんてことを考えていたら少し怖くなってしまったので、慌てて違う楽しいことを考えておいたのだった。

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