06話.[複雑なのは確か]
「相変わらず寒いわね」
「そうかな? 全く気にならないけど」
「玉野先輩も言っていたけど、あんたのそれは羨ましいわ」
それでももう二月十四日だからもう少し我慢するだけでいい。
春になれば常にぽかぽかしていて気持ちよく過ごすことができるだろう。
まあ、それはそれで問題がないわけではないけど、うん、やっぱり暖かいときの方が動きやすいからそうなってほしかった。
「梛月といるからだよ」
「はいはい」
「本当だからっ」
どうにも稜の中では私がたくさん別行動をしていたみたいになっているらしい。
相手が他の人間を優先して動いていたのにどうやってその相手を優先しろというのか、という話だ。
幽霊というわけでもないし、いや、幽霊だって分身することは不可能のはずで。
「それよりいいの? こんなことしていて」
「なんで?」
「茜と仲良くしたいんじゃないの? 毎日行っていたじゃない」
私的には全く問題ない。
学校のときも言ったように、彼との時間も好きだからだ。
でも、もう昔とは違うし、優先したい子もいるんじゃないかなと。
勢いだけで振り回さないでほしかった。
ここで仲良くしておいて、結局最後は茜のところに行きます~じゃ納得できない。
色々危うい状態なんだから気をつけてほしい。
あれがただの勘違いだった場合、茜に敵視される可能性だってあるんだから。
「一緒にいるのに一緒にいる感じがしないんだ、常にそわそわしていて落ち着きがなさそうっていうかさ……」
「あんたのことを意識しているからとかではなくて?」
「違うと思う、そうなる日は必ず梛月と一輝先輩が一緒にいるんだよね」
そうやって固めていくのはやめてほしかった。
あくまであれは想像、妄想の類ということで終わらせたい。
別に先輩とどうこうしたいというわけではなかったものの、ごちゃごちゃしてくると玉野兄妹から逃げなければならなくなるから。
それに稜だけがいてくれればいいといま考えてしまうのは危険だからだ。
「ま、あんたの気持ちが茜とか他の子に向いているようでよかったわ」
こっちでも実は好きでした~というパターンはいらない。
いや、そもそもとして、彼はそういうつもりで私を見ることができないだろう。
卑下するつもりではないけど、さすがに魅力が足りなさすぎる。
可愛い子や綺麗な子とだって普通に関われる存在だ、その中で敢えて私を選ぶわけがない。
昔から知っているとはいっても所詮は一年に一度会っていただけだしね。
「それよりどこに行きたいか決めたの?」
「……梛月のせいで消えた」
「それなら家に帰――」
これはどういうつもりなのだろうか。
茜を振り向かせたい、でも、先輩のことを気にしていて難しい。
もっと一緒にいたい、けど、しつこく誘えばどうなるのか分からない。
そんな感じのごちゃごちゃした感情から勢いだけでしてしまったということだろうか?
「忘れてあげるわ、だからあんたは気にせずに茜とか他の子と仲良くしなさい」
あ、ただ抱きしめられたというだけだ。
昔、私がこうしたときは彼もぎゅっとしてきたから違和感というのはない。
それでも本命が現れたときに後悔しないように止めなければならない。
私はいつまで経ってもお姉ちゃんなのだ。
彼がいくら自分の方が上みたいな言い方をしてもそれは変わらない。
「それより寒いからおでんでも食べましょ」
もう少しで食べられなくなってしまうから食べておかなければ損だ。
幸い、大人しく言うことを聞いて付いてきてくれた。
仮にここで走り去られていてももう頭の中はおでんに染められているから変わらなかった。
卵、ウインナー、大根、白滝、その四つの具材と美味しいおつゆがあれば私は満足できる。
それに、ご飯の前だからあんまり食べたら入らなくなってしまうからこれでいい。
「……美味しい」
「そうね、落ち着く味だわ」
少しお金を出せば作るのが大変な料理も食べられるというのが大きかった。
私としてはもう少しぐらいいい顔をしていてほしかった。
美味しい食べ物を食べられているのにそんな顔をしていたらもったいない。
「今日は私が作るわ、いつもあんたに任せてばかりで申し訳なかったし」
今日は、というか、これからは一緒に歩かないから時間はたっぷりある。
母にちくりと言葉でさされないためにも、こうしておくことが大切なのだ。
そうしたら手伝ってくれるということだったから頼むわと言っておく。
両親も彼の味付けを気に入っているみたいだから急に変わるよりはいいはずで。
「ふぅ、美味しかった」
もうこうなったら後は帰るだけだ。
歩いていたらまた稜が手を握ってきた。
……先程言っていたことはなんにも届いていなかったらしい。
私の手を握ったところでなにがどうなるというわけではないのに……。
「後悔しても知らないわよ」
彼の口からなにかが吐かれることはなかった。
ムキになったところで仕方がないから、家に着いたらご飯を作ることだけに集中したのだった。
「梛月ちゃん、この前のことなんだけど」
「うん」
「私はお兄ちゃんとして取られたくないだけだよ」
そうだったんだーなんて信じるわけがない。
まあでも、こうしてはっきり言ってくれたのはありがたかった。
「あとね、……あなたを抱きしめている稜君を見てメラメラってなったんだよね」
「あ、見ていたの?」
「あれはなにっ? 実はデートだったの!?」
「違うわよ、茜が一緒にいるときにそわそわしているから気になるんだって」
「あー……そういえばそうなんだよね……」
ハイテンションになったりしゅんとしたりと忙しい子だ。
冗談とか、張り合いたくてこんなことを口にするような子ではないか。
となると、これからはもっと本格的になる可能性があるということで。
彼女は稜を連れてきて謝罪をしていた。
彼は少しだけ気まずそうな顔で「そ、そうだったんだ」と答えた。
多分、あんなことをしてしまったから後悔しているのだろう。
勢いだけで行動すると大抵いいことはない。
が、ときには勢いも必要なんだということを今回の件で知ることができた。
「で、またこれかー」
稜は茜を優先し、茜は稜を優先する。
自分から言っておいてなんだけど、少し極端すぎやしないだろうか?
もう少しぐらい……一緒にいてくれたっていいと思うけど……。
「暇か? 暇なのか?」
「な、なんなんです?」
「ラーメンを食いに行こう」
約十分五後、私達は学校近くのラーメン屋さんにいた。
私はいつでも味噌ラーメンと決めているため待つことになった。
先輩はうーんうーんとずっと考えていて決めようとしない。
「あのさ、俺は醤油味を頼むから少し交換……してくれないか?」
「いいですよ?」
「じゃあそうしよう。すみません」
注文を済ませてくれたから今度は運ばれてくるまで待つことになった。
なんかこれだととっかえひっかえしている軽い女に見られそうで嫌だな……。
思わせぶりな行動をするわけではないし、ぶりっ子みたいな人間でもないから勘違いしないでほしい。
「驚いたぞ、茜に俺のことが好きなのかどうかを聞いていてな」
さすがに急すぎる。
それが言いたかったのならあのとき茜ではなく私を連れて離れるべきだ。
それでそんなことはないと言った方が確実だった。
「そういえば茜になにを言ったんですか?」
「俺は妹に手を出す人間じゃないぞと言ったんだ」
「でも、そんな言い方をしたら隠すしかないじゃないですか」
「仮に茜が俺のことを好いていたとしても、茜のことを考えればそんなこと選べたりしないよ」
なるほど、茜のことを考えて動いているということか。
でももし、あの子が本気で先輩のことを好いているなら逆効果と。
誰が悪いというわけではないから難しいことだった。
とにかく、ラーメンが運ばれてきたから食べることにした。
伸びてしまっては美味しくないし、どうせならできたてを食べたいから。
「「いただきます」」
最初に言っていたように多少の交換もしたことで味噌味も堪能できた。
「美味しかったですね」
「ああ、お気に入りの店なんだ」
こういうお店は入りづらいから地味にありがたかったりもする。
家族で外食に行くことも、稜と外食に行くこともほとんどないからそう思う。
「避けられていたから気になっていたんだ」
「あー、相手が分かりやすく行動してくれないと怖いんですよ」
優しくされると分かりやすく影響を受けてしまうから気をつけてほしい。
とはいえ、相手も相手らしく過ごしているだけだろうから自分勝手な要求になってしまうのがなんとも言えないところだった。
「なあ、また再開……しないか?」
「歩くことですか? 玉野先輩がいいならそれもいいかもしれませんね」
「おう、何気にもう好きになってるんだよ」
ただお喋りしながら歩くだけなのに不思議な人だ。
私は最初と歩いている理由が変わってきてしまっているからする意味はあるのかと考えてしまうときはある。
だってお互いに体が冷えてしまうだけだし、もしかしたら風邪を引いてしまうかもしれないからだ。
「あー、欲しかったなー」
「他の人から貰えたならいいじゃないですか」
「可愛い後輩から欲しかったんだよ」
「それなら茜から貰っているから問題ないですね」
先輩はなんのために私に近づいているのだろうか?
声をかけてしまったから、放っておけないから、妹の友達だから。
放っておけないとは聞いたことがあるけど、私だってもう高校生で泣き虫とかではないんだから問題ないんだけどな。
単純に一緒にいたいからいてくれているということならありがたいけど。
「それに敬語をやめてほしかったんだよ」
「敬語をやめたところで私であることには変わりませんよ」
先輩からしたら一応魅力のある異性、ということなのかな?
だ、だって、そうでなければこんなことを言ってきたりはしないでしょ?
なんにも興味がない人間相手にチョコが欲しいとか言わないでしょ……。
「じゃあかわりに一輝先輩って呼んであげます」
「えぇ、それならタメ口の方がいいな……」
「後輩なんですから敬語なのが当たり前なんですよ」
敬語をやめたりしたら色々と変わってきてしまうから駄目だった。
なので、名前を呼ぶだけでとりあえずは我慢してほしかった。
「うーん」
本を読むのをやめて入り口の方を見た。
そこにいたのはふたりの男の子。
片方は弟みたいな存在で、片方はお兄ちゃんみたいな存在だ。
「一輝先輩、茜ちゃんって難しいよ」
「そりゃまあ振り向かせるのはそう簡単なことじゃないだろ」
じゃなくて、どうしてここに先輩もいるのか……。
お散歩ももう終わったのに未だに帰ろうとしないのだ。
先輩的には後輩の力になってあげたいのかもしれないけど、さすがにこんな時間に異性の部屋でのんびりしているというのもどうかしている。
「いっそのこと泊まってみたらどうだ?」
「玉野家に? 別に緊張したりはしないけどさ」
「そのときは空気を読んで俺が出てやるから安心しろ」
「で、こっちに泊まるって?」
「おう、別に部屋で寝なければ問題ないだろ」
……実は母がはしゃいでしまっているのだ。
小学生の頃のことをよく覚えていたらしくて、私の彼氏として相応しいとか適当なことを言っている。
言葉で刺されるようなことにはならなくていいと言えばいいけど、相手に迷惑がかかってしまうということなら話は別だ。
……しかも当時の私がよく大好きと言っていたとか嘘もついてくるし……。
「一輝先輩ってどうしてそんなに梛月といたがるの?」
「こうしてまた出会えたからだよ」
「でも、二ヶ月ぐらいだったんでしょ?」
「それでもだ、その間俺達は毎日一緒に過ごしていたからな」
先輩相手に失恋をして記憶に蓋をしたというわけではない。
ただ、少しだけやけになってしまった部分は確かにあった。
たかだか一ヶ月程度の関係で告白して振られてしまったのはそれから影響を受けている。
思い出したいまなら分かる。
そのときの私はもう、側から誰かが離れていってしまうような経験を味わいたくなかったのだということを。
まあ、それで急いで結果的に離れられていたら意味がないんだけどね……。
「大澄が嫌だと言えばやめるよ、でも、いまはそうじゃないからな」
「いや、僕的にも一輝先輩が梛月の近くにいてくれるのはありがたいからいいよ」
「ああ、嫌だと言われるまではいるから安心してくれ」
結局、茜と話したくなったとかで稜は部屋から出ていった。
残った先輩も「そろそろ帰るかな」と出ていこうとする。
「って、これだと意味なくないか?」
「帰りはひとりで帰るので大丈夫ですよ。私は泣き虫ではありませんし、暗いところも全く苦手というわけではないですから」
「そんなことさせられるわけがないだろ」
やめておけばよかったのに一緒に出てきてしまったんだから仕方がない。
玄関前でやっぱりやめます、なんてできるわけがない。
あとは……なんとなく一緒にいたいと思ってしまったから……。
「嫌なら嫌って言ってくれよ、そうじゃないと勘違いして何度も行ってしまうから」
「嫌じゃありませんよ。ただ、気になる異性がいたり、優先したいことがあったらそっちを優先してくださいね」
「分かった、約束する」
「はい、それなら問題ないです。前にも言ったように、一輝先輩といるのが嫌だということではないですからね」
言いたいことも言えたから挨拶をして走り帰った。
寒さや怖さなんかで少しだけ暴れている心臓を落ち着かせてから家に入る。
ご飯も食べてしまった後だから、お風呂に入ってから部屋に戻ってきた。
「ふぅ」
頼むからこれ以上大胆にならないでほしい。
現状維持なら自分らしくを貫けるからそのままでいてほしい。
ちょろい自分というやつを直視したくないから。
「梛月ー」
「あんたお風呂にはもう入ったの? 入っていないなら早く入りなさい」
追い焚きを何回もしたらもったいないからなるべく早く入った方がいい。
いまなら私が温めたばかりだから気持ち良く入浴することができる。
入浴剤も入れてあるから一日の疲れもきっと吹き飛ぶはずだ。
「うん、話が終わったら入るよ。で、なんだけどさ、今度四人でお出かけしようよ」
「分かったわ」
「今度温泉に行こうって話になったんだ」
「いいじゃない」
「でしょ? 春になってしまう前に入れたら気持ちがいいかなって」
温泉に入れるなんて小学生ぶりでいまからテンションが上がってしまっていた。
やっぱりなしとなる可能性があるから危険なのに、どうしてもわくわくしてしまうんだ。
まあでも、嫌々参加されるよりはいいだろうと自分に甘い自分もいる。
「そのときは別々の部屋にしようって話になっててさ」
「まあ、女の子と男の子が同じ部屋はちょっとね」
「え、あ、……僕と茜、梛月と一輝先輩って考えていたんだけど」
それはまた……飛ばしすぎではないだろうか?
そのつもりで行くならふたりきりで行けばいいと思う。
あの子と話し合ってそういうことになっているんだからそれでも気になったりはしないだろうからね。
「というか、いきなり大胆ね」
「去られたくないからね、梛月だって同じでしょ?」
「そうね、去られたくないという点だけは同じね」
だからこそ慎重にやっていきたい。
とにかくいまは普通にあの人と仲良くしたい。
時間を重ねられれば自然と内にある無駄なプライドとかもなくなっていくだろう。
それであの人のことを心の底から信じられるようになりたかった。
小学生時代にできなかったことだけど、私はチャンスを貰えたんだからそれを大切にしたい。
「とにかく、今日はもう終わらせてお風呂に入ってきなさい」
「分かった、行ってくるね」
やっぱり勢いだけで決めてしまうというのは駄目だ。
ああいうところだけは真似をしてはいけない。
それとも、向こうはそれぐらい進んでいるということなのだろうか?
勝ち負けではないけど、なんか複雑なのは確かだった。
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