05話.[どうなるんだろ]
「今日も茜ちゃんとお出かけしてくるね!」
「気をつけなさいよ?」
「うんっ、夕方までには帰るから!」
稜が出ていったらいつも通りかなり静かになった。
そう時間も経過しない内に当たり前のように名前で呼び出したから稜らしかった。
どうやら茜とはまだあまり仲良くなれていない気がしたから名字呼びを続けていたらしいけど、それはなんとなく稜らしくなかった。
なんて、矛盾していることを考えつつソファに座る。
「退屈ね」
あの子の方が積極的に違う子と過ごしていた。
そのせいでこうしてひとりで過ごすことも増えてしまっていた。
放課後のあのお決まりイベントだってもうなくなりかけているぐらいだった。
私自身がどうせなら茜と仲良くしてほしいと考えていたくせにこれだ。
「あ、誰か来た」
この家の誰かがネット通販を利用するということはないからそれ以外ということになる。
できれば変な人じゃなければいいけどと考えつつ、玄関まで移動して扉を開けてみると、
「よう」
いつも通りといった感じの玉野先輩が立っていて少しほっとした。
とりあえず上がってもらって、飲み物をしっかり渡しておく。
「最近、茜があんまり相手をしてくれないんだ」
「奇遇ですね、茜も稜もあまり相手をしてくれませんよ」
「気になるなら気になるでいいけどさ、俺らの相手もしてほしいよなー」
「そうですね、このままじゃ寂しいですよ」
ふたりとものめり込みやすいタイプなのかもしれない。
まあ、茜の方は上手くいけば初めての相手ということになるわけだから分からなくもないけど。
なんてね、上から目線をしていられるような人間ではないのだ。
「もう二月ですね」
「ああ、あっという間だ」
「もうすぐバレンタインデーじゃないですか、玉野先輩はたくさん貰えそうですね」
「それがそうでもないんだよ、確定しているのは母さんと茜からのふたつだけだ」
私は作る能力がないから市販の物を買って渡すつもりでいる。
稜はそれでも満足してくれるから全く問題ないと言える。
ただ、今年は少しだけ変わってきてしまったから悩んでいるというのが現状で。
それは先輩に渡すかどうか、ということだ。
今月に初めて出会っていきなりチョコを渡すというわけではないから……いいのかな?
いや、寧ろ渡さないことで負担をかけない方がいいという考え方もできてしまうから困る。
「大澄は? 稜には渡すんだろ?」
「そうですね」
去年まではできなかったことだから少しわくわくしている。
問題があるとすれば、それは稜にとってどうでもいいということだ。
本命的存在が近くにいるし、茜は間違いなく渡すだろうから余計に影響を受ける。
個人的には受け取ってもらえればそれでいいけど、迷惑にしかならないということならやめるから安心してほしかった。
それになにより、そういうつもりではなくても気になる異性の側に仲のいい同性がいたら気になるだろうからね。
「いいな、親戚だからということで無条件で貰えて」
「市販の物をそのまま渡すつもりなんですけどね」
「それでも女子から貰えたってことだろ? 数で戦っているわけじゃないけどさ、義理チョコでも貰えたら嬉しいだろ」
こ、こういう分かりにくい発言はやめてほしかった。
欲しいなら欲しいと言ってくれないと勇気を出すことができない。
それとも、バレンタインデーの日に渡そうとするから駄目なのだろうか?
こうもっと直前にさらっとあげておいて、当日が過ぎてからネタバラシをする方が精神的にいいかもしれない。
「玉野先輩なら大丈夫ですよ」
どうせ当日になったら渡さなくてよかったということになる。
そういう想像だけは鮮明にできてしまう。
これがせめて明るい方にも働いてくれていたらもう少しは違ったかもしれない。
「じゃあ、母さんと茜からのふたつだけだったら大澄もくれよ」
「ふふ、分かりました、それならそういうことにしましょう」
一応用意しておいて結果が分かったら自分で食べればいい。
なんならふたつとも両親に渡してしまえばいい。
甘いものが大好きだから不思議に思いつつも食べてくれることだろう。
そもそもそんなことには絶対にならないから大丈夫だ。
「あと、敬語じゃなくていいぞ」
「渡すことになった場合にはそういうことにしますよ」
「言ったからな? ちゃんと約束を守ってくれよ」
そんなことにはならないから名前で呼ぶことも約束しておいた。
これに限って言えば絶対に負けることのない勝負だから逃げる必要はない。
乗れば勝つと分かっている勝負なのに逃げるなんてださすぎだ。
さすがにそこまで小さい人間じゃない。
「楽しみだな、その日になったら完全に変わるんだから」
「変わらない可能性の方が高いですけどね」
「いいや? 俺はそう思わないからな」
って、なんだこれは……。
それこそ戦いというわけではないのに変なことで盛り上がってしまっている。
少しだけ話に出さなければよかったなんて後悔しつつ、それでも自信を持っていい勝負内容だから気にしないようにしておいた。
「梛月ちゃんってお兄ちゃんにあげるの?」
近づいてくるにつれて茜からも自然とそんなことを聞かれた。
特殊ルールのことを説明してみたら「なんでそんな面倒くさいことにしたんだろ」と少しだけ呆れたような顔をしていた。
確かにいつもの積極的な先輩らしくないとまで考えて、私は結局あの人のことをほとんど知らないことに気づく。
「茜は稜にあげるの?」
「うん、作って渡すよ」
「あの子は絶対に喜んでくれるわ」
「そうだといいんだけどね」
あれだけ一緒にいたがっているんだから間違いなくそうだ。
誰かと仲良くしながら裏では他の誰かと仲良くするというような子ではない。
逆に言えば、この子と決めたらその子とばかりいようとするから……あの子の友達としては少しだけ寂しいかもしれなかった。
「私が稜君と一緒にいる理由は一緒にいたいからというのもあるし」
「うん」
「……梛月にお兄ちゃんを取られちゃったから、というのもあるよ」
取られたって……一緒にいることがそれに該当するのだろうか?
でも、積極的に別行動をしているのは彼女達の方だ。
先輩と一緒にいたいのならもっと積極的に近づけばいいと思う。
私がいて無理だということなら私がいないときに近づけばいい。
先輩だって妹、家族と仲良くできた方がいいに決まっているのだから。
「それなら行かないでって言えばいいんじゃないの?」
前もそうだけど、なんでこんなことを自分で言わなければならないのか。
ただ、このまま来てくれるからと片付けて接していたら間違いなく彼女から敵視されそうだったから怖くなったのだ。
前にも言ったように、私は平和に過ごせるのが一番だと考えている。
そのためになら彼氏の件だって諦めても全く問題なかった。
荒れた毎日になることの方が一生彼氏ができないことよりも嫌なことなのだ。
「言って聞いてくれると思う?」
「それは分からないわ、でも、言わなければ伝わらないわよ」
あの人の足を引っ張ってしまうだけだからこれでいいのかもしれない。
もう自分から離れる選択というのを選べないから。
というか、稜を利用している……ということじゃないよね?
本当はお兄さんが好きだったとか……そういうことはないよね?
「私――」
「あー、ここにいたんだー……」
大事なところを聞くことができなかった。
でも、稜が来てくれたのは正直ありがたい。
ひとりで対応するのは怖かったから仕方がない。
「茜に用があったんでしょ? 私はもう戻るか――なんで腕を掴まれているの?」
「梛月に用があったんだ、それじゃあ借りていくね」
「あ、うん」
用があったとしてもわざわざ学校じゃなくてもいいだろう。
彼が前みたいに戻せばゆっくり過ごすことができるのだから。
まあ、最近の傾向的に茜関連のことだろうから意味がない想像だけど。
「茜に近づかないでって言いたいの?」
「えっ? そんなこと言うつもりはなかったけど……」
「じゃあなによ?」
それならわざわざ離れる必要はなかった。
私のあの想像が間違っていて、ただお兄ちゃんとして取られたのが複雑だったとして、稜への気持ちがそういうものだったとしたら、まず間違いなくいまの茜は不安な気持ちになっているはずだ。
だって目の前で違う同性を連れて行こうとしたんだから。
私が誘ってもそれはそれで問題になっていたからあれなんだけど……。
「……最近、相手をしてくれないから」
「だからそれはあんたでしょ? あんたが茜とか他の友達ばかりを優先するからじゃない」
なくなってから部屋でご飯の時間まで一緒に過ごせることが幸せだったんだと気づいた。
が、気づいたときにはもう遅い、というやつだ。
願ったところで戻ってきてはくれない。
ただ、相手のことを考えればその方がいいと言える。
私だって中途半端なことはしてほしくないのだ。
他の誰かと仲良くしたいならその子だけに集中してほしい。
これは恨まれたくないからという気持ちも含まれている。
「それに夜はあんたも毎日参加しているじゃない」
「そうだけど……」
私達は家で話せるけど、茜とか他の子は違うのだ。
だから、ここでは友達を優先してほしかった。
来てくれればちゃんと相手をするからそこだけは守ってほしい。
「そんな顔をしないの」
「だって……」
昔の私はこういうときに頭を撫でたり、手を繋いだり、抱きしめたりしていた。
そうすれば自然と泣き止んでくれるし、本人がもっとしてほしいって言ってくれていたから。
まあ、地元に戻ればただのひとりぼっち人間だったんだけど、稜の前では格好つけていたから違うように見えていたことだろう。
そんなことを考えていたときに唐突に手を掴まれてドキッとした。
「なっ、なによ?」
「……またしてくれないの?」
「ち、小さい頃限定よ、大体、あんたは他の子と仲良くしたいんでしょ?」
彼はなにも言わなかった。
どう説明していいのか分からないときというのはあるから特になにも思わない。
無言は肯定の証、そんな言葉があるけど、そんなのときと場合によるから意味がない話だ。
「よ、予鈴よ、戻りましょ」
「……そうだね」
これもまた稜といるのが嫌だということではないのだ。
そこだけは勘違いしてほしくなかった。
バレンタインデー当日。
用意はしただけで学校に持っていくことはしなかった。
どうせ今日も夜に会うし、渡すにしてもそのときでいい。
それに稜には既にチョコを渡してあるから気分的に楽だと言える。
茜とのことがあるからそこだけは少しだけ気になっているところではあるけど。
「梛月ちゃん」
「稜に渡したの?」
「あ……それは放課後にしようと思って、見つかったら没収されちゃうから」
「そうなのね」
結局、玉野兄妹のことを私はほとんど分かっていないままだ。
話すようになってからまだそんなに経っていないんだから当たり前と言えば当たり前だけど、はっきりしてくれないとこちら側としては困ってしまう。
いまは先輩の気持ちとかよりも彼女の気持ちの方が重要だ。
「茜はさ、玉野先輩のことが好きなの?」
「え……」
「あっ、勝手にそう考えただけだからっ」
怒らないでと保険をかけた。
随分と勝手なことを言っているのに自分勝手だとは思う。
でも、後から結局そうでした~という展開になるよりはいいはずなのだ。
もちろん、全然違うということならそれが一番。
私が先輩を独占したいということではない。
血の繋がった関係なら上手くいく可能性は低いから、傷つくことになる可能性が高いからだ。
「お兄ちゃんを取られたくないのはそれは単純に家族として? それとも、そういう存在としてなの?」
嫌われてもいいからはっきりしたい。
それに彼女的には私を切ってもなんにもダメージを受けることはない。
彼女には友達がいてくれるし、なにより、稜や先輩だっていてくれる。
私は結局ほとんどひとりぼっちの生活だったからそれでも問題はない。
「よう、なんの話をしていたんだ?」
また大事な情報を聞く前に人が来てしまった。
このタイミングは怪しい、無理やり止めたようにも見える。
まあ、あのまま続けていたら間違いなく言い争いみたいになっていたからこれでよかったのかもしれない。
「貰えましたか?」
「あー……実はそうなんだよな」
「じゃああの約束はなしですね」
ちょっと高めのやつを買っていたからどうしようかといまさら悩んだ。
たまには自分が食べてもいいかもしれないという考えと、たまには両親に食べてもらうのも悪くはないという考えがごちゃまぜになっている。
いや、どちらかと言えばちょっと高いお金を出して買ったんだから食べなければ損だという面の方が大きい……。
「大澄、茜を借りていってもいいか」
「はい」
ひとりになって数秒してからかなりほっとした。
自分から仕掛けたこととはいえ、誰かと喧嘩をしたいわけじゃなかったから。
そういうのもあって、すぐには教室に戻らずに廊下でひとり過ごしていた。
「なにしてるの」
「ここはひんやりしていて気持ちがいいのよ」
「嘘つき、梛月は寒いの苦手でしょ」
少しだけ苦手、というだけだ。
そうでもなければ毎日夜に出たりなんかしない。
ここは北海道とか北極とかそういう極端に寒いところではないから大袈裟すぎる。
「他の誰かからは貰えたの?」
「ないよ」
「それなら放課後になるのを待っているんでしょうね」
「分からない、多分、ないと思う」
友達になったとはいっても八ヶ月程度だからと彼は言う。
でも、八ヶ月も一緒にいれば十分ではないだろうか?
それにあともうひとつは確定しているわけなんだから気にしなくていい。
というか、放課後になったらどうせ十個とか十五個とかになるはずだしね。
「梛月はあれ、一輝先輩に渡したの?」
「渡していないわ、渡すこともないわ」
「え、なんで……」
「そういう約束をしていたのよ」
そういう約束だったけどどうぞ、なんてことには私がしない。
それならと先輩は言っていたわけだし、結局、ここで渡しても迷惑にしかならないからやめるべきだ。
ここで勘違いしないでほしいのは、渡すことができなくて傷ついているわけではない、投げやりになっているわけではないということだった。
「じゃあ僕にちょうだい」
「え、あんたにはもう渡したでしょ? それに、たまには両親にあげようかなと思ったのよ」
やっぱり自分で食べるのだけはなしだ。
断じて傷ついているわけではないものの、なんか虚しくなりそうだったから。
だからここは両親に渡して食べてもらうことにするのが一番。
「心配しなくても同じ内容の物よ、それにまだ食べていないんだから心配しなくても家に帰れば食べられるでしょ」
「……梛月は意地悪だ」
ちょいちょい、いつからそんなに食いしん坊になってしまったのか。
いやまあ、いまだって同じぐらいしか食べられないんだから無茶をするべきではないだろう。
昔だって無理して食べて寝込んだことがあるんだから気をつけた方がいい。
「それなら今日の放課後、どこかに行こうよ」
「どこに行きたいの?」
「え……あー、えっと……」
決まっていないのに勢いで誘うのもやめた方がいい。
ある程度の余裕がないと女の子を振り向かせることは不可能だ。
この大胆でいられるときとふにゃふにゃなときの違いはなんなのだろうか? と彼を見つつ真剣に考えてみたけど、答えが出ることはなかった。
結局、彼のことだってあんまり知らないということなんだろうな。
「ふふ、まあどこでもいいわ、稜といられる時間は好きだしね」
「うん、約束だからね」
「ちゃんと守るわよ」
前にも言ったように、甘える側ではなく甘えてもらえる側になりたかった。
相手が稜だった場合は、……どうなるんだろうかね。
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