04話.[モテるんですね]

 土曜日。

 起きたときからハイテンションの稜がうるさかったものの、遊びに出かけてしまったから静かになって今度は寂しかった。

 私も誰かと遊ぼうと考えてスマホを見てみた結果、呼べるような人が誰ひとりとして存在しておらず……。


「歩こう……」


 屋外も変わらず好きだった。

 それに外なら静かでも全く気にならない。

 なんだろう、狭い空間で静かだと気になるのかもしれないと気づく。

 が、その割に授業中の静かな感じは全く気にならないので、私自身が面倒くさい人間だということで片付けておいた。


「おはよう」

「おはよ、今日はひとりなの?」

「うん、ずっとお兄ちゃんと行動するわけじゃないから」


 なるほど、まあそりゃそうだ。

 私だってずっと稜と行動するわけじゃない。

 土日とかは友達の多さの違いでひとりになることが多かった。


「そうだ、時間があるならちょっと付き合ってくれないかな」

「どこかに行きたいの?」

「うん、ちょっとお洋服を見に行こうと思って」

「分かった、それならいまから行きましょうか」


 このまま適当なところで折り返して帰るよりも遥かに楽しそうに思えた。

 相手が彼女であればそう気になることもない。

 まあ、この前のあれは未だに引っかかったままだけどね。


「でも、少し中途半端じゃない? どうせなら冬が終わってから安くなったところを狙えばいいのに」

「それがすぐに欲しくなっちゃうんだよね……」


 彼女みたいに欲しくなってしまうのが大多数なのかもしれない。

 何気に稜もそういうのに結構意識を割いているからたまに置いてけぼりになる。

 でも、最低限を守れていたら同じやつを着用し続けても問題ないはずだ。


「あ、ここなのね」

「うん、そんなに高いのは買えないから」


 もし最悪買うとしてもこういう安価で買えるところでいい。

 一着に諭吉一枚を使用しなければならない高い服は実用的ではないから。

 スポーツ系とかだったら品質の違いでもろに差が出るから分かるけど、やっぱり普段着るような服にそこまでお金をかける人の気持ちが分からなかった。


「これとかどう?」

「んー、玉野さんにはこっちね」


 彼女には可愛らしい感じの服が似合う。

 勝手にそういう服を着たくても着られないという風に考えてしまっているので、試着だけでも楽しんでほしかった。


「大澄さんにはこういう服が似合うと思うよ、髪の毛も綺麗で長いから」

「こういうのは勝手なイメージで大学生ぐらいのお姉さんが着ている感じがするわ」

「あ、なんか分かる」


 小さい男の子をドキドキさせていそうな女性像が勝手に出てくる。

 友達のお姉さんがそんな感じだったら多分確実に狂う。

 逆の例えで言えば、彼女のお兄さんが格好良かったら~というやつだ。

 で、ここで困るのはそれが本当のこと、だということだろう。


「玉野先輩は今日どうしているの?」

「リビングの床に寝転んで寝ているんじゃないかな」

「へえ、なんか勝手に積極的に遊びに行くイメージがあったわ」

「昔はそうだったよ、でも、最近は寒いのが特に辛いみたい」


 その割には元旦から外に出ていたりもしたけど……。

 この前だってもうそれなりに遅い時間だったのに先輩は外にいた。

 辛いのではなく、単純に外に出るメリットがないからそうしているのではないだろうか?

 つまり、外に出ているときはなにかしらのいいことがあるということで。


「ねえ、玉野先輩って彼女がいるんじゃないの?」

「えっ、聞いたことないけどな……」

「ほら、さすがに妹が相手だと言いづらいとかあるんじゃない?」

「いや、結構話してくれるからそれはないかな」


 ずっと一緒に過ごしてきた彼女の方が理解度が高いのになにを言っているのか。

 謝罪をし、どうせお金もないからということで黙って付いていくことにした。

 この子があの人を好きでいるとかではない限り、聞いてもいないのに勝手に教えてくれそうな感じすらするのにね。


「よし、最初におすすめしてくれたあの服を買うよ、もちろん試着してからだけど」

「え、無理しなくていいわよ、センスとかないし……」

「ううん、可愛かったから」


 お会計を済ませるまでの間、外で待っていた。

 一着しか買っていないから幸い彼女はすぐに出てきてくれたんだけど、そこで新たな問題が私を襲う。

 このまま解散になってしまったら結局寂しい時間を過ごすことになってしまう。

 が、まだ友達とも言いづらい状態なのに誘ったところで来てくれるだろうか? という不安がある。


「そんなに気になるなら行く?」

「え?」


 誘わなければ駄目になってしまうと考えていたからすぐに追いつけなかった。

 いま自分が気にしているのはとにかくそのことだけだったし、考えていることが分かるというわけでもないから違和感しかない。

 そうしたら「ほら、なんかお兄ちゃんのことが気になるみたいだったから」と答えてくれたけど、それもまたよく分からない発言だった。


「ち、違うわよ、私はただ……ふたりでいないんだと思っただけで……」

「お兄ちゃんもさ、大澄さんといられるようになってからなんか嬉しそうなんだ。だから、大澄さんが来てくれたら喜ぶと思うよ?」


 ……あくまで妹目線で発言しているだけだ。

 実際はそんなこと絶対ないけど、ないけど……。


「ここだよ」

「そ、そうなのね」


 数分後、私達は玉野家の前にいた。

 少し驚いたのは意外と遠いわけではなかったことだ。

 でも、確かに中学は別々になるなーという距離感。


「……お邪魔します」


 やばい、なんか凄く気恥ずかしい。

 ただ休日に知っている人と会うというだけなのにこれはなんなのだろうか?

 それより自宅なのをいいことにぱ、パンツ一丁姿だったらどうする? とか、冬に考えるにはイカれている思考をしつつリビングへ。


「おお、帰ってきたのか――って、はは、大きいお土産だ」


 お土産としての価値があるのかどうか、真剣に悩んだ。

 それよりもだ、ちゃんと服を着てくれているみたいで少し安心できた。

 ここは北海道というわけでもないから例え暖房が効いていても設備的に不可能なのに本当に馬鹿だとしか言いようがない。


「お、お邪魔します」

「おう、ゆっくりしていってくれ」


 空気を読んで戻るとかしてくれなくてよかった。

 先輩はソファにちゃんと座って「大澄も座れよ」と誘ってくる。

 突っ立っていても仕方がないから座らせてもらうことにした。


「はい」

「ありがとう」


 飲み物を飲ませてもらってから喉が乾いていたことに気づく私。

 あと、なんとなく当たり前の話だけど場所が変わるだけで立場も変わるんだな、などと考えた。


「よく会えたな」

「お店に向かう前に自由に歩いていたらたまたま会えたんだ」

「はは、大澄は歩くのが好きだな」


 た、頼むからもっとお喋りをしてくれ。

 ここを静かな空間にはしないでほしかった。

 が、いつもの先輩なら勝手にそうしてくれるのになんか今日は黙りがちだ。

 お兄さんの方も普段のあれは装っているということなのだろうか?


「あ……」

「どうした?」

「……ひとりで家にいるのは寂しいからああしているんです」


 願うだけじゃなにも変わらないなら自分から変えていけばいい。

 話せることはなんでも話してとにかく時間経過を待つ。

 稜は十五時頃に帰宅すると言っていたから最低でもそれまでは家に帰りたくない。


「おー、そうだったのか」

「はい」

「でも、夜に出歩くのはやめろよ」

「あのときは頭の中がごちゃごちゃしていたので……」


 本当に落ち着けるから冬の間は似たようなことをまたするつもりでいる。

 そういう状態でもどうせ空腹感には勝てないわけだから心配はいらない。

 あの時間帯は本当にいい匂いばかりが漂っているからすぐに負けてしまうし。


「それならお兄ちゃんを誘って歩けばいいんじゃないかな」

「え、それは申し訳ないわよ……」

「いやいやっ、どうせお兄ちゃんなんて暇人なんだからいいんだよっ」

「や、優しくしてあげなさいよ……」


 面倒くさいから無理だとばっさり切ってくれればよかった。

 そもそもあのときは誰かといたいけど誰かといたくないときなので、側に誰かがいてしまったら頭を冷やすこともできない。

 既に恥ずかしいところばかりを見られてしまっている気がしているから、というのもある。


「そうだぞ茜、俺が無理やり参加なんてしたら大澄が嫌がるだろうが」

「え、そんなことはないですけど……」

「え、そうなのか?」


 先輩が嫌だというわけではないのだ。

 ただ、昔の私を知られているからこそのやりにくさというのがあるだけで。

 だからそこを勘違いしてほしくはなかった。

 なんでいままで来なかったのに急に来たのかとかどうでもいい。

 来てくれている内は仲良くする、深追いをしないでおく、それだけを守っておけばなんにも問題にはならないから。


「じゃ、参加してもいいか?」

「寒いだけですよ?」

「でも、暗いの苦手なんだろ?」

「そ、そんなことないですけどね」


 この歳にもなって暗いところがちょっと怖いなんて恥ずかしい。

 しかも振り切っているのならまだしも、中途半端だから武器にもならない。

 いやまあ、それで異性をどうこうしようなんて考えたこともない。

 単純に魅力が足りないから無意味な戦法だった。


「大澄がいいなら参加させてもらう」

「じゃ……ど、どうぞ」

「おう、あ、IDを教えてくれ」

「分かりました」


 ついでに玉野さんのIDも手に入れることができた。

 なんか暇だから外に出ただけなのに得した感じ。

 そういうことを意図してしたわけではないけど、稜には感謝しなければならない。


「それにひとりで泣かれたら嫌なんだ」

「な、泣いていませんけど」


 転んだ程度で泣いていいのは幼稚園児と小学生ぐらいだ。

 これからは絶対に涙を流したりしない、少なくとも人の前では絶対にしない。

 それにこの人がいてくれるんだからそんなことにはならないだろう。




「うーん」

「またそれなの?」

「実はさ、隣の子の目的が僕の友達だったんだよ!」


 えぇ、そういうことも現実ここにあるのか……。

 もし私がいま以上に玉野先輩と仲良くすることになったらそのために近づいて来るということもあるかもしれない。

 だって直接行くよりは近づきやすいと私でも分かるから。


「はぁ、これなら玉野さんを優先すればよかったなー」

「え、誘われていたの?」

「うん、先約があったからごめんって断ったけどさ」


 ということはあの日、あの子も暇していたということか。

 いや、なんとも言えない気持ちを服を買うことでなんとかしたかったのかも。

 となると、あの日寂しいからと出かけたことは実は少し役に立っていたのかもしれない。


「というか梛月、最近僕のことを全く優先してくれないよね」

「え、あんたが別行動をしているだけでしょ」

「じゃあ行っても問題ないの?」

「ははっ、当たり前じゃないっ、そうじゃなければこうして部屋で一緒に過ごしていないわよ」


 ちなみにこの後、先輩と歩くことになっている。

 それを話してみたら「僕も行く!」ということだったので今日は三人となる。

 茜は暗いのが本当に苦手みたいだから参加しようとすることはなかった。

 少し……空気を読もうとしているところもあるのかもしれないけど、私的には全くそういう気遣いはいらないと言える。


「ほら梛月っ、手袋をちゃんとして!」

「あんたはお母さんなの?」

「違うっ、僕はお兄ちゃんだから!」


 冷えることには変わらないからしっかり着用しておいた。

 マフラーも着けておけばもっと暖かくなるから安心できる。

 まあ、そこまでしなくてもそもそも出なければいいのでは? と言われてしまいそうだけど。


「お、稜も来たのか」

「そうだよ! 梛月が心配だからね!」

「はは、稜は大澄のナイトだな」

「うーん、でも、梛月はもっと違う人を探しているから。それに僕はあなたの妹さんと仲良くしたいんだよねー」

「茜とか? いいんじゃないか、茜もあれから稜のことをよく話すしな」


 お昼休みによく一緒に過ごしていることは知っている。

 私は逆に先輩と過ごすようになったものの、少しだけ寂しかった。

 やっぱり茜といられる時間も大切だから。

 まあでも、先輩を狙っている人間からすれば私も同じ感じだし、茜と稜がお互いにいたがっているのなら邪魔をするべきじゃない。


「しっかし……、今年も変わらず寒いな」

「そう? 僕は気にならないけどね」

「稜のその能力が羨ましいよ」


 あ、あの、ふたりで歩いていくのはやめていただきたいんですが……。

 これではなんのために集まっているのかが分からなくなってくる。

 しかもあれだ、先輩や茜と多く過ごすようになってから全くごちゃごちゃ考えることもなくなってしまったのだ。

 つまり、こうしてわざわざ夜に外に出る必要が本当はないということで……。

 稜とだけでいいのならいますぐにでも帰りますけど……。


「あー! 梛月が帰ろうとしてるー!」


 くっ、どうしてこうも鋭いのか。

 稜は走ってこっちまで来ると、遠慮なくこっちの手を掴んで歩き出した。

 積極的ねえ、なんて客観的に内で呟いた。


「ほら一輝先輩っ」

「いやいや……」

「手じゃなくてもいいから掴んでてよ! 梛月がいなかったらこれをする意味もなくなっちゃうんだから!」


 ……なんでこんなにこの子が張り切っているのだろうか?

 あ、本人曰くお兄ちゃんだからか。

 先輩を付き合わせているのにそんな無責任なことをするなよ、そう言いたいのかもしれない。

 成長したなあ、小さい頃はそれこそこの子の方が泣き虫だったのに。


「よしよし」

「……なんで僕が撫でられてるの」

「いつもあんたは私の力になってくれているからよ、いつもありがと」

「べ、別にこれぐらい普通だよ……」

「ふふ、じゃあそういうことにしておくわ」


 可愛げがある、私が真似しなければならないことだ。

 ただ、どちらかと言えば甘えてもらいたいかもしれない。

 だって甘えたときにいい顔をされたら戻れなくなる可能性があるし、単純にこちらだけが恥ずかしい気持ちを味わうことになるから。


「梛月が一輝先輩にしてもらいないよ」

「俺か? 別に嫌じゃないならするけど?」

「じゃあ……一度だけ」


 されてから違うと分かった。

 先輩のそれは父がしてくれたみたいな感じだった。

 とにかくほっとする感じ、胸の辺りがぽかぽかする感じだった。


「ありがとうございます」

「お、おう」


 留まっていても冷えるだけだから再度足を動かす。

 先輩みたいな人がどもったりするところを見られたというのは大きい。

 私は泣いているところを見らたり、すっ転んだところを見られてしまったわけなんだからこれで公平というものだろう。


「ねえ、帰りに玉野さんとお喋りしてもいい?」


 先輩は名前で呼べているのにどうして茜の方はそうしていないのだろうか?

 あくまで先輩限定で関わっていたのならともかく、稜に限ってそれはないから違和感がある。

 ドキドキして名前を呼べないということもない……わよね?


「ん? 別に問題ないぞ」

「なんかふたりを見ていたら話したくなっちゃったんだよ」

「ふっ、恋する乙女かよ」

「い、いいでしょっ、利用されたから複雑なんだよ……」

「あー、そういうことあるよな、俺も友達が目当てだったパターンが多いからよく分かるぞ」


 どうやら結構あることらしい。

 あれか、稜しか話せる相手がいなかったからそういうことに巻き込まれたことがないというだけか。

 だからやっぱり、これからはそういうことに巻き込まれる可能性も高まると。


「ふふ、玉野先輩もモテるんですね」

「……話聞いてたか?」

「そういうことがあるというだけで、異性が近づいて来ないということはないですよね?」

「まあ……ないわけじゃないけどさ」


 このまま一緒に過ごしたら多分勘違いして好きになってしまう。

 なので、そういう人がいるならそっちを優先してほしかった。

 最近は彼氏が欲しいという気持ちも薄れてきているわけだしね。

 なんだろ、稜や玉野兄妹がいてくれればそれでいいと感じてしまうのだ。

 足を引っ張りたくないから分かりやすく行動してほしかった。

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