02話.[出てくることは]
「ふふ」
「あー……」
こうして玉野さんが来る回数が増えてしまった。
教室で目立つことだけは避けたいからどうしても廊下に出なければならなくなる。
「玉野さん、なにを勘違いしているのか分からないけど、私はクールなんじゃなくてつまらないだけだから」
……なんでこんなことを自分で言わなければならないのか。
いやでも、来られたところでなにができるわけではないから戻ってもらいたい。
近づいて来るのが放課後とかだったらいいんだけど……。
「こうして一緒にいれば大澄さんの真似ができるかなって考えたんだ」
「だから真似をするのはやめた方がいいわよ」
「どうして? 大澄さんは動じることなく過ごせるからすごいよ?」
動じることなくってそれはそういう風に決めつけているだけだ。
そりゃ確かに大袈裟には慌てたりしない、でも、特になにも感じていないわけではない。
隣の子と強制的に話さなければならなくなる英語の時間なんかは特に苦痛だった。
だって、クラスメイトというだけの関係なのに話せなんて無茶振りにもほどがあるというものだ。
しかも、英語をぺらぺら話せるような人間ではないということも大きく影響してくるのだ。
「と、隣のクラスの稜を真似するのはどう?」
「りょ……あ、内田君のことか。うーん、だけど私が目指しているのはクールな格好良さだから」
「それなら委員長とかそういう子と一緒にいればいいわ」
「……そんなに一緒にいるのが嫌なの?」
「そうじゃないわよ、私は黙っていることしかできないだけだから……」
真顔でいるからってなにも感じていないわけではないし、偉いというわけでもないし、格好いいというわけでもない。
少なくともそれに私は当てはまらない。
六ヶ月は一緒にいるのに分からなかったのだろうか?
お前なんかに意識を割いている暇はないということなら間違いなくそのままでいた方がいい。
稜にもつまらない人間だと言われたことがあるぐらいだし、絶対に止めてあげなければならないのだ。
「本当に装っているだけなのかもしれないけど私はあなたの明るいところが好きよ。自分じゃできないから眩しくすら感じるときすらあるわ」
「そ、そう言ってもらえるのは……悪い気はしないけど」
「誰かを真似しようとすることは悪いことだとは言えないわ、でも、私を真似することだけはしては駄目。自ら悪い方に足を向けては駄目なのよ」
真似をしたところでつまらない人間がひとり増えるだけ。
そんなことがあってはならない。
「真似しなくていいから友達になってほしいんだけど」
「友達になってくれるの?」
「私が頼んでいるのよ、どうなの?」
稜にあんなことを言っておきながら自分が動かないというのはださいから今回は勇気を出してみた。
まあ、彼氏獲得に繋がるわけではないけど、同じクラスに友達がいるというのは大きいだろうから。
あとは……そう、この子ならなんか一緒にいてくれそうと願望めいたことを考えてしまったからだ。
自ら悪い方に足を向けてはいけないと自分が言ったわけだし、これは矛盾していることではないと思いたい。
「私でよければ」
「ありがと」
放課後ならちゃんと相手をするからということもしっかり言っておく。
嫌だからとこういうことを言っているわけではないのだから。
私は教室で目立ちたくないというだけでしかない。
ここまで平和にやってこられたわけなんだからこれからも同じような感じであってほしいと考えるのはおかしくないだろう。
「ところで、内田君とどういう関係なの?」
他者の前で稜の話をすると毎回こういうことを聞かれる。
んで、親戚だとしか言えないからそう答えるしかない。
そんなことを聞いてどうするんだろう? そういつも考えてしまうようなことだと言えた。
「えー、いいなー」
「同い年の子がいるって結構ありがたいわ」
「いいなー、私の場合は年下の子しかいないからお姉ちゃんでいることを求められるんだよ……」
「あるわよね、年上なんだから我慢しなさい、みたいの」
昔は同い年なのに我慢して稜にあげなさいとか言われていたから理不尽だった。
あれのせいでお盆とかに帰りたくなくなったぐらいだ。
まあでも、稜は私を好いてくれていたから結局帰ったんだけど……。
「大澄さんが気づいていないだけで内田君があなたに恋をしているとか、そういう展開はないの?」
「そういうのはないわね」
「そうなんだ……」
そんな露骨にがっかりとした顔をされても困ってしまう。
余所の家の子と全く変わらないんだからなにもおかしなことではない。
そもそもの話として、あの子がこっちに来ていなかったらほとんど関わることだってできていなかったわけなんだから。
私に恋をしたとかでこっちに来たわけではなくてよかった。
って、結局私はこっちの高校を志望した理由を知らないままだから……。
「行ってみてもいいかな?」
「え? あ、うん、あの子は人といるのが好きだからきっと嬉しいと思うわ」
「さ、最初は恥ずかしいから頼んでも……いい?」
「分かったわ、それならいまから行きましょ」
自分のクラスじゃないということで全く気にせずに突撃し、友達と話しているところ悪いけど廊下まで連れてきた。
「この子が稜ね、で、こっちの子が玉野さん」
「知ってるよ?」
「知っていたのね」
「うん、だってよく梛月を追っていたから」
ちらりと確認してみたら顔を逸らされてしまう。
ま、そんな終わった話はどうでもいい。
いまはとにかくきっかけを作ることの方が重要なのだ。
「内田君」
「どうしたの? あっ、ちょっとまってっ、えーっと……」
いつもの悪い癖が出てきた。
答えを言われてしまう前に自分で当てようとする癖がね。
そんな面倒くさいことをせずにすぐに聞けばいいのにと、毎回これを見る度に考えてしまう。
「分かった! 梛月をちょうだいって言いに来たんだよねっ」
「え、違うけど……」
「ぼはぁ!? ……こういうことで外したことはなかったのに」
嘘だ、大嘘つきだ。
大体八割ぐらいは当たっていないから勘違いしないでほしい。
「友達になってほしくて」
「ああ! いいよ! 玉野さんは梛月に優しくしてくれそうだからね!」
「逆だよ逆、大澄さんが私に優しくしてくれたんだよ」
「そうなのっ? 梛月らしいね!」
……こういうところは昔から嫌だった。
いやまあ、そうやってよく見てくれるのは嬉しいよ?
でもさ、だからって大声で私はいい子だとか言うのは違うかなって。
やめてと言っても「なんで? 僕は事実を言っているだけだよ」とか躱されてしまうし……。
「うんうん、梛月のお友達が増えるのはいいことだね!」
「……そんな心配されるほど少ないわけじゃないわよ」
「え? だって僕とぐらいしか話せないじゃん」
「は、話せるわよ! ほらっ、そうでもなければ玉野さんとこうして一緒に行動したりしないわ!」
ぐっ、なんで私も感情的になってしまうのか。
こういうところは自分の嫌いなところだった。
こういうタイプの相手をするときこそ、冷静でいなければいけないというのにそれができていない。
毎回かっとなる度に気をつけなければならないと考えるくせに、私は学習能力がない人間のように必ず敗北していた。
「あははっ、ふたりは仲がいいんだねっ」
「うんっ、ずっと昔から一緒にいるからねっ」
「嘘をつかない、一年毎にしか会っていなかったじゃない」
「それでもうんと小さい頃から梛月を知っているからね」
「……私だってそうだけど」
ここで張り合ったところでなんににもならないからこれで終わらせることにしておいた。
もしかしたら稜の大切な存在になるかもしれないんだし、私が邪魔をしてはいけないのだ。
「大澄さん、ありがとう」
「私は一緒にいただけじゃない」
「それでもだよ、ありがとね」
はぁ、本当になにもしていないのにお礼なんて言わないでほしかった。
これで喜ぶような人間ではないので、あくまで冷静に言わなくていいのと言っておいた。
「あ、やっと見つけた」
「あ、この前の……」
なんとなく校門で稜を待っていたらこの前の人が声をかけてきた。
同じ高校の学生という時点であんまり警戒しなくて済むのはいいことだ。
まあ、どんな人なのかどうかは相変わらず分からないままだからもう少しぐらい警戒した方がいいのかもしれないけど。
「あ、俺は玉野
「え、玉野ってもしかして……」
聞いてみたら「あ、それは俺の妹だ」と。
まさか玉野さんのお兄さんだとは思っていなかった、面白い偶然もあるものだ。
「そういえば今日、妹から『大澄さんと友達になれた』ってメッセージが送られてきたんだ」
「はい、先程友達になりましたからね」
珍しく自分から動いた例だから長続きしてくれればいいけど。
これで上手くいかなかったら今度こそ稜だけいればいいと考えて行動するようになる自信しかない。
でも、いま考えたところでどうにもならないので、今後の自分と玉野さんに任せることにした。
「ということは、
「え? あ、いえ、親戚の子を待っているんです」
兄ならではの思考だろうか?
仲がいいということならいいことだけど、そこで自然と妹さんの名前が出てきてしまうのは面白かった。
下手をしたらシスコンとか揶揄されてしまいそうなレベル。
「それって稜だろ?」
「し、知っているんですね」
「まあな」
この感じだと妹さんの方も私のことをそれなりに知っていそうだ。
自分は分からないのに相手は分かっているなんて正直、調子が狂う。
交通事故に遭って記憶喪失になった、そんな思い出は一切ないのにどうしてこうなのか。
「あ、梛月ー!」
そんなことを考えていたら玉野さんと一緒に稜が出てきた。
彼とも友達になったんだからそりゃ一緒に行動するかと納得。
ただ、積極的に動けるところは真似しようとしてもできないから悲しくなる。
「あ、お兄ちゃん」
「よう、稜も」
「こんにちは!」
稜は卒業してからすぐに来たとはいえ、それまではこっちの県には一切来たことがなかったのにどうして知っているのか。
こうなってくると私の頭に問題があるとしか考えられなくなってくる。
それでも、とりあえずいまは帰ることに集中しようと切り替えた。
「あのふたり、なんかいい感じだな」
「元々稜はお喋りするのが大好きですからね、玉野さんもきっとそういうタイプで相性がいいんだと思います」
駄目だ、そうだと決めていてもなんか気持ちが悪い。
このままだと一緒にいられなくなる自信しかない。
「あの、私達っていつ出会いました?」
「大澄が小学四年生の頃だな、まあ、俺らは五年生のときに引っ越すことになったんだけど」
引っ越し……か。
確かにそれなら大きく変化していてもおかしくはないか。
だって私がまだ十歳のときのことなんだから。
いまは結構格好いい人に見えるから、もしかしたら当時は少しだけ控えめな感じだったのかもしれない。
整形をしたとかそういうことではないだろうし、そう考えるのが妥当かなと片付けておいた。
「仕方がないよな、だって俺らは二ヶ月ぐらいしか一緒にいなかったんだから」
「それならどうしてあなたは分かったんですか?」
「変わってなかったから、かな」
えぇ、ということはまるで成長できていないということか。
なんか悲しくなったから足を止める。
先輩もまた足を止めたけど、玉野さんに呼ばれてまた歩き始めた。
「せめて玉野さんの言うようにクールで格好いい人間であったのなら……」
それを貫けているということになるから恥ずかしいことではなかったはずなのだ。
が、小さい頃もいまも、私は同じようにしか生きられていないというのが現実で。
基本的に待つだけで変えようと動くことができなかった。
だから初恋だって……気づいたら気になる子に彼女ができていて終わったんだ。
「髪だって伸びたんだけどな……」
失恋して勢いで切ってから物凄く後悔した結果、今度は逆にばっさりと切ることができなくなってしまったのだ。
そういうのもあって、私の髪は常に腰ぐらいまで伸びている。
丁寧にしなければいけないから確かに時間がかかるけど、一緒に過ごしてきたし、もう慣れてしまったから気にならない。
稜も私は髪が長い方がいいって言ってくれているから絶望的に似合わないというわけではないからいいかなと。
「大澄ー!」
いけないいけない、露骨に別行動なんてしたらあの人の時間を無駄にしてしまう。
本当に相性が悪い相手だったり、嫌いな相手だったら二ヶ月どころか一週間も一緒にいないからね。
多分、私は玉野兄妹のことを気に入っていたと思う。
もしかしたら転校してしまった寂しさから記憶に蓋をした可能性すらあった。
「どうしたんだ?」
「……小さい頃と全く変わっていなかったみたいなので悲しくなったんですよ」
「あ、変わってないって悪い意味じゃないからな?」
「いいですよ、事実、似たような風にしか生きられていないですから」
お世辞なんか言われるぐらいなら真っ直ぐに罵倒された方がまだマシだった。
もちろん悪く言われないのが一番だけど、相手の発言をコントロールできるわけではないからそこは仕方がない。
悪いところだってあるだろうし、黙って受け入れるしかない。
他人に褒めてもらいたいなら頑張らなければいけない、が、私はそれをしてこなかったわけだからそうならなくて寧ろ当然なのだ。
そういうのもあって、稜が褒めてくれたりすると嫌な気持ちになるのかもしれなかった。
私は私を知っているからこそのダメージかもしれない。
「中学のときに戻ってこられたんだけどさ、懐かしさがやばかったよ」
「よく戻れましたね?」
「ああ、俺も絶対に大澄にはもう会えないって諦めていたんだけどな」
親が転勤族だとかそういうことではなかったから私はずっとここに住んでいた。
とはいえ、例えば十キロぐらい自宅から離れたら全く分からなくなるんだけど。
まあ、地元への理解度なんてそんなものだろう。
「着いたー!」
「あれ? そういえば家になにか用でもあったんですか?」
「ちょっと寄ってもいいか?」
「はい、それはいいですけど」
両親は共働きで十九時ぐらいまで帰ってくることはない。
だからそういう意味でも稜の存在は助かっているということになる。
私も私で誰かといられないと嫌だから。
「どうぞ」
「「ありがとう」」
しっかり飲み物さえ渡してしまえば後は相手が帰ろうとするまでゆっくりしていればいい。
やれることはないから多分二十分ぐらいで帰る選択をすると思う。
ちなみに稜は何故かリビングから姿を消してしまったものの、ここで慌てる必要はないから気にならなかった。
「変わらないな」
「テレビとか大きくなりましたよ?」
二十四型から四十三型にパワーアップした。
お父さんが「どうせなら大画面で見たい!」と言った結果、あっさりと通ってしまったことになる。
稼ぎ頭が父なのと、お酒を飲んだり煙草を吸ったりしないことから母もそれを許したのかもしれない。
あとは……、多分だけど母にもドラマを大画面で見たいという欲求があったんじゃないかなと想像している。
「いや、雰囲気がさ」
「あー、それは私には分かりませんから」
私的には落ち着けていい空間だった。
そこに元気いっぱいな稜が加わったことによって楽しめる場所にもなった。
前にも言ったように、あの子が加わったことで母からちくりと言葉で刺されることが増えたけど、それがあってもあのパワーは私には必要だった。
「……本当に覚えてないの?」
「ごめん……」
逆立ちをしても出てくることはないと思う。
でも、悪いことばかりではない。
だって過去は変えられなくてもいまからは変えられるからだ。
ふたりにそういう意思があれば一緒に過ごせばいいわけだし、暗くなる必要もないはずだ。
「ま、別にそれでもいい、俺はこうしてまた大澄に会えたというだけで満足してる」
「私だってそうだけど……」
大丈夫、縛ったりはしない。
私のところに来てもいいし、行きたくなければ行かなければいいんだから難しく考えないでほしかった。
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