81作品目

Rinora

01話.[気持ち悪い存在]

「あ、やっと起きた」


 部屋の中は真っ暗だった。

 自分がベタな反応をするような人間だったらここできゃー! と叫んでいる自信がある。

 でも、こんなことはいつものことだからいまさら驚いたりはしない。


梛月なづき、初日の出を見に行こう」

「……せめて前日に言ってからにしなさいよ、別にいいけど」

「はははっ、ごめん」


 顔を洗い終えた後、なんとなく鏡に映った自分を見てみた。

 自分贔屓なところがあるのかもしれないものの、なんとも普通な感じだった。

 特にトラブルには巻き込まれないけど、特にいいイベントとも縁がないような存在かな。

 まあ、平和ならそれでいい。

 自分が自分らしくそこに存在できているのであれば、そんなの全く問題にはならないのだ。


「梛月っ、早くしないと太陽が見え始めるときに間に合わないよ」

「まだ六時なのよ? 予定時刻は七時なんだからゆっくりでいいのよ」


 内田りょう、私の親戚。

 でも、同い年で同じ学校に通っているからこういうことが多かった。

 というか、なんなら家に住んでいるぐらいだから当たり前とも言えるんだけど。


「梛月は今年の目標、どうするの?」

「そうね……、あ、彼氏ができるように頑張りたいわね」

「えー、そういう目標なの?」

「そう言うあんただって彼女が欲しいって言っていたじゃない」

「うっ、……友達を見ていると羨ましくなっちゃって……」


 まあ、妬むのではなく羨ましく思うぐらいなら自由だ。

 それに私も友達が付き合っているのを見てそういう欲求が大きくなってきているわけだから偉そうには言えない。

 やっぱり一度ぐらいは誰かと付き合ってみたい。

 ……これまでは恋をしても上手くいくことはなかったけど、四月になれば二年生になってしまうから頑張らなければならない。

 このままだとあっという間に高校生活が終わってしまうから。

 なんにも発展しようがない稜といるのは落ち着けていいけどね、さすがにそろそろこのままじゃ駄目なんだ。


「僕に恋をしちゃ駄目だからね?」

「安心しなさい、その点については問題ないわ」


 彼はあくまで弟みたいな存在だった。

 別にそういう対象として見られないということはないものの、どうせなら違う異性とそういう関係になりたかった。

 なんだろう、最低でもひとりだけはずっとこの距離感でいられるように願っているのかもしれない。

 もう理解度とかが違いすぎるからその対象として稜は相応しいと言える。


「おっ、明るくなってきたっ」

「そうね」


 というか、寒い……。

 もう少しぐらい厚着をしてくればよかった。

 これだと初日の出が見える前に凍えてしまう可能性がある。

 それは大袈裟でも家に着いた頃にはしもやけで酷いことになっていることだろう。


「あっ、そういえば今年もよろしくね」

「そうね、よろしく」


 それにしても、なんでわざわざ他県こっちの高校なんて志望したのだろうか?

 あっちには友達も多くいたと聞くし、友達が大好きな彼ならそのまま地元の高校を志望しそうなのにな。

 だってここ、隣県とかそういうとこではない。

 私と一緒にいたいからとかそんな理由はありえないだろうし……。


「わあ! 起きて出てきた甲斐があるというものだなあ!」

「少し分かるわ」


 太陽が見えたというだけなのにいつもとはやっぱり違う。

 寒い中、暗い中出てきたから、というのもあるのかもしれない。


「うぇぇ、目的を達成したら眠たくなってきちゃったよ……」

「自分勝手ね……」


 仕方がないから背負って帰ることにした。

 彼は私よりも小さいからそれでも全く問題ない。

 こういうことを繰り返している内に重い物も多く効率よく運べるようになるんじゃないかって期待している自分もいる。


「あれ、大澄か……?」

「え」


 話しかけてきたのは全く知らない人だった。

 頑張って思い出そうとしても全く出てこようとしない。

 分かっているのは私の名字をこの人は知っているということだけだ。


「あれ、もしかして……忘れたとか?」

「あ……すみません」

「いやいや、まあ、俺もあのときとは変わったからな」


 特に付いてくるということもなくそこで別れることができた。

 完全に知らない男の人といるのは怖いから助かった。


「付きましたよーお客さん」

「んん……」

「はぁ、いいご身分ね」


 仕方がないから部屋まで運んでベッドに寝かせておいた。

 私も眠いからベッドに転んで目を閉じる。

 それにしてもさっきの人は誰なのだろうか?

 大澄というのは私の名字だけど、やっぱり考えに考えても誰なのかが分からないままだ。

 関わりがあったというのなら多少の変化にぐらい対応できると思うけど……。


「寝よ」


 出ない、分からないと答えが分かっているんだからこれ以上は無駄だ。

 あの様子ならまた会うこともあるだろうし、うん、今後の私に任せておけばいい。


「ふぁぁ~……」


 今年も平和な毎日になりますように。

 荒れた毎日になるぐらいなら彼氏なんてできなくていいから平和全振りにしてほしかった。




 登校しつつ、もう六日かと内で呟く。

 ずっと休みがいいとか、家にいたいとか、学校が嫌いだとか言うつもりはない。

 けど、なんか登校しなければならない日になるとなんとも言えない気分になる。

 朝に弱い稜とは別行動をすることになるからかもしれない。

 あの元気さは自分のためにも必要なのだ。

 とはいえ、起きるまでずっと頑張るというのもそわそわしてやばいから私にはできない。


「おはよう」

「おはようございます」


 担任の妻夫木先生はいつも早い時間から教室にいる。

 私は勝手に職員室の雰囲気が嫌いなんだと考えているけど、まあ、そんなことはないだろう。

 子どもが好き……なのかな?

 生徒と話しているところばかりを見るからなおさらそう感じる。


「もう少しゆっくり登校してきてもいいんだぞ?」

「昔からこんな感じですから」


 それに何気に先生と話せる時間は好きだった。

 先生は余計なことを言わないし、振り回してきたりはしないから。

 あとは人が集まってくると会話をする余裕もなくなるからだ。

 積極的に近づいていたら媚を売っているとか言われてしまうかもしれないしね。


「おはよーございまーす」

「おう、おはよう」


 こうして早く登校してくる子はなにも私だけというわけじゃない。

 が、こうなってくると微妙になってくるからいつも教室から逃げるようなことになってしまう。

 自分と誰かひとりだけという空間は無理なんだ。

 先生とふたりきりだったらなんか気にならないのはなんでだろうか?


「大澄さんってさー、いつも私が来ると教室から出ていくけど、あれなんで?」

「正直に言うと、気まずいからよ」


 空いている飲食店より混んでいる飲食店の方が好きだ。

 静かな本屋さんより賑やかな本屋さんの方が好きだ。

 そういう人間なのもあって、図書館なんかに行かなければならなくなったときはなんか息苦しい感じがする。

 いきなりなんだよと言われてしまいそうだけど、とにかくそういう感じで静かな空間というのはあまり得意ではないということだ。

 授業中の静かな感じは全く気にならないけども。


「え、大澄さんってそういうこと気になるんだ?」

「うん、あんまり得意じゃないのよ」

「いつもクールな感じでなんでもできちゃうから意外だー」

「く、クール……?」

「うん、私も大澄さんみたいになりたい」


 私なんか真似をしてもよくないことになるだけだからやめた方がいいとちゃんと止めておいた。

 私は彼女みたいな存在になりたかった。

 どんどんと他の子に近づいて会話できるようなそんな子に。

 この子、結構派手な感じだけど凄くいい子なんだ。

 しっかり切り替えができる子だし、休み時間でだって騒がしくするというわけではないから好きだった。


「私は癖みたいなものだからあれだけど、あなたはなんでこんなに早く来るの?」


 親しい相手以外にあんた呼びは失礼だから少し変えてみた。

 あなたならイラッとくる人間はいないだろう。

 もちろん内容によっては煽ることもできてしまうものの、そんなことをするつもりはないんだから気にしなくていいはず。


「私、本当は静かな方が好きなんだ」

「それは嘘でしょ」

「う、嘘じゃないよ」


 いけない、決めつけてしまってはいけない。

 稜に対するときもそれは違うでしょとすぐに言ってしまうから直さなければいけないところだった。

 ただ、どうしてもこれも癖ですぐに出てきてしまうから結構厳しい……。


「普段の私は装っているだけというか――」


 全部言わせてしまう前に慌てて止める。

 そういう情報はなるべく吐かない方がいい。

 本当に信用できる相手と、その信用できる相手だけしかいない状態でしか言っては駄目なんだ。


「信用できる相手にだけそういうことを言いなさい」

「え、大澄さんのこと信用しているよ?」

「こうして話すことはあっても別に友達というわけではないじゃない」


 私達はただ同じクラスに所属することになった人間というだけ。

 それ以上でもそれ以下でもない、四月になればクラスも別れてもう話すこともないだろう。

 仲良くしたところで結局そうなるんだということなら、私は稜とだけいられればいいと思う。

 三年間限定とはいえ、家に帰れば必ず話せるんだから。

 それが他者とは違う点だった。


「彼氏とかいるでしょ?」

「えー! いないよー!」

「いないのっ?」

「いないよー、……これまで一回もそういうことないし……」


 好きな異性といちゃいちゃできる人間もいれば、私みたいな感じの人間も多く存在しているということか。

 そりゃまあそうか、リア充ばっかりだったら息苦しすぎる。

 別に付き合えていなくても楽しく過ごしていくことが可能とはいえ、やっぱり……欲しいなあとまたこれで強くなってしまった。


「玉野さんって年上好きってイメージがあるけど、どう?」

「……私は年下の子でも同級生の子でも年上の人でも全く問題ないけどね」

「何歳まで許容できるの?」

「んー、六歳差……ぐらいかな」


 普通……なのかどうかは分からない。

 ただ、中学時代のクラスメイトが二歳差ぐらいじゃないと無理とか言っていたから少しだけ範囲が広いのかな? と。

 つか、こんなことを言っている私が年上の方が好きだという現状だった。

 ……自分がそうだからって相手もと考えてしまう決めつけはよくない。

 早く直そうと決めた。




「結局、来ないわね」


 大澄違いだったのかもしれないし、もう高校生ではないのかもしれない。

 困るようなことはないけど、ああして話しかけられてしまうと気になってしまう。

 だって、俺も変わったからなってなんか意味深すぎない?


「梛月ー!」

「きゃっ!?」


 弟的存在はスキンシップが激しすぎるのが問題だった。

 この点は昔からそうだから倒れたりはしないものの、危ないからやめてほしい。

 でも、昔は稜の方が大きかったのにな。

 いまは私の顎ぐらいまでの身長しかないから可愛い存在にしか見えない。


「今日はスーパーに行こう!」

「あ、そういえば食材がなかったわね、行きましょうか」

「うんっ、行こう!」


 やっぱり明るい稜といられるのは好きだ。

 暗い気持ちにならなくて済むし、ごちゃごちゃ考えなくて済むから。

 自分で自分の首を絞めるような行為はなるべくしたくないからこれからも近くにいてほしいと思う。

 もちろん行動を制限するつもりもないから安心してほしい。


「人参も買わないとねっ」

「えっ、い、いいわよ」


 ……人参なんて所詮彩りのためにしか選ばれないんだし……。

 見栄えのために選ぶということならせめて赤パプリカにしてほしかった。

 それに人参だって本当に美味しいと食べてくれる人にだけ食べてもらえた方がいいだろうし~なんて内で吐いている間に稜はさっさとカゴに入れて歩いていってしまったという……。

 ……こういうところも昔から変わらないままだ。

 嫌いな物がないからって相手にも食べさせようとする悪魔な一面があった。


「梛月の言うことを聞いていると偏っちゃうからね」

「じゃあひとりで行けばいいじゃない」

「それはやだよっ」


 まあ、一応住ませてもらっているわけだから両親にお礼がしたいのかもしれない。

 お手伝いだって常日頃からやっているわけだし、なにも最近になって急にこんな風になったというわけではない。

 私もそれに影響されて手伝おうとするようになったからその点についてだけはいいと言える。

 が、ちょっと動いていなかっただけで「稜ちゃんと比べてうちの娘は……」とかお母さんから言われるようになってしまったことは少し悲しかった。


「よしっ、これで少しは役に立てたよね!」

「そうね、あんたがいてくれて助かっているでしょうよ」

「梛月も?」

「うん? あ、うん、あんたがいてくれて嬉しいわ」


 ただそこにいるだけで誰かを元気にできる存在って貴重だ。

 だからこそ、友達になれなくてもいいから玉野さんとは二年生になっても同じクラスになれた方がいいと考えている。

 楽しそうに友達と話していてほしかった。


「ただいまー!」

「ただいま」


 ほぼなにもしていないから食材をしまうのも任せた。

 そこだけやってしまったら横取りしているみたいでださいから。

 決して面倒くさいからとかそういうことではなく、彼が率先してそこまでやりたがるから仕方がない。


「ふぅ」


 静かな方が好きだと言ったときのあの子は真面目な顔だった。

 嘘をついているような顔には見えなかった。

 となると、いまみたいな押し付けはあの子のためにならない……よね。

 自分のために他人にそうしてほしいと願うなんて自分勝手だからこれも直さなければならない。


「梛月ー、入るよー」


 彼は私以上にひとりでいるのが嫌な子だった。

 だから両親が帰宅するまでの間は私の部屋で過ごすか、私を無理やり移動させて過ごすか、というところで。


「私といてもなにも始まらないんだから他の女の子と過ごせばいいじゃない」

「女の子の友達はいるけど……放課後に誘えるような子はいないよ」

「だったら誘っても不自然じゃなくなるぐらい仲良くすればいいじゃない」


 はい、ブーメラン。

 彼に偉そうに言えば言うほど、こちらにもぐさぐさ突き刺さることになる。

 少なくともなんにも行動していない人間に言われたくはないわよね。


「んー……でも、動かないとなにも変わらないよね」

「そうよ、待っているだけで勝手に変わるんだったらいま頃私達はもう誰かと付き合っているわよ」


 もしそうならどんなに楽なことか。

 だってそれならこっちが傷つくことはなくなるのだ。

 またあのような気持ちを味わわなくて済むということだし、そんな理想の世界であってくれたらよかった。

 そういうダメージを負っておきながらまた同じようなことをしているんだから救いようがないのかもしれないけど。


「よし、明日から頑張ってみる」

「うん、応援するわ」

「梛月も頑張ってよ」

「できたらね」


 できれば妻夫木先生みたいに余裕がある人がいい。

 何故なら私はすぐに余裕がなくなってしまうからだ。

 そんなときに「大丈夫だ」と言ってくれるような存在が近くにいてくれたら……。


「なんか女の子みたいな顔してる」

「一応女よ」

「あ、そういうことじゃなくて、なんだろう……」

「恋する女の顔って言いたいの?」

「あ、そうそう! それだよ」


 想像、妄想でそんな顔をしているのなら本命が現れたらどうなってしまうのだろうか?

 常ににやにやして気持ちが悪い存在になりそうだ。

 そんなことにはならないようにいまからポーカーフェイスを貫く練習をしていた方がいいかもしれない。

 もっとも、彼以外とは楽しく話せたことってほとんどないから必要ないという見方もできてしまうかな、と。


「梛月のそんな顔は見たくないなー」

「なら自分の部屋で過ごせばいいじゃない」

「だってなんか梛月っぽくないし」


 そういう感じらしい。

 やっぱり気をつけないといけないようだ。

 いきなりすぐには変えられないから少しずつ変えていこうと決めた。

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