第九話
「お前みたいな人でなしが、良い人生を送れると思うなよ」
もやが僕に話かけてくる。
カーテンの向こう側から聞こえてくる雨音に、僕は耳を澄ましていた。
ため息を一つ、つく。
今度はあの時の夢か。北野って、そんなすごい奴だったかな。夢の中の北野は現実の北野よりも少し誇張されている気がするが、でもまあ、だいたいは現実と同じだ。ちょっと過剰に描かれていようがそんな事はどうでも良い。現実と話の軸が同じという所が大切だ。
あの当時は、北野に対して怒りしか湧いて来なかったのに、今は特に何も思わない。むしろ、北野を罵倒する物語の主人公である僕をどうかと思った。もうちょっと北野の事も考えてやれよ、お前は何様なんだよと。
もやはニコニコ笑っている。
僕は何も考えたく無くなって、今日もウイスキーを飲む。
手元にマッチと灰皿を引き寄せた。マッチ箱から適当にマッチを一本取り出してそれを擦る。それは僕が何も考えたく無い時に良くする事だ。
マッチの頭薬と側薬が擦れ合う気持ちの良い音と共に、暗い部屋に光が現れる。その光は僕の小指の爪ぐらいの大きさしかなくて、たったの数十秒の命しかなくて、すぐに消えて灰になる儚い光だった。でも、そこには確かに光がある。この部屋でたった一つの光だ。光はしばらく僕の指先で可愛く踊った後に消えた。そして、暗闇と静寂が訪れる。
新しいマッチを取り出して、それを擦る。光が現れる。光が段々と指の方に近づいて来て、熱を感じる。それが僕を傷つける炎だと気がついてもまだ手を離さない。とても熱くて火傷しそうで、恐怖から手を離したくなってもまだ離さない。
最後の最後、僕の指に炎が触れるギリギリの所まで僕は待つ。もう無理だ、限界だと思った所で息を吹きかける。光は消える。するとまた暗闇と静寂が訪れる。その繰り返しだ。
僕は、何本も何本もマッチを擦った。
マッチを擦り、光を作り、それを見る。そうするとなんだか僕の心が綺麗になる気がした。取り返しがつかない程に汚れてしまった僕の心でも、表面についた煤みたいなも汚れがちょっと取れるだけでもだいぶ気持ちが楽になる。マッチを擦って現れる光、その光が僕の心の汚れをほんの少しだけ燃やしてくれる。マッチが一本犠牲になる度に、僕の心がちょっと綺麗になる。ちょっと綺麗になった所で、どうせすぐに汚くなるんだけど。
数え切れない程マッチを擦って、今日も一日が終わる。
目の前には役目を終えたマッチの残骸が山になり、灰皿からあふれている。いつか火事になるかも知れない。
ウイスキーを一口飲んで呼吸を整える。
これがいつまで続くのか僕には分からない。果たして終わりは来るのだろうか?
マッチの残骸の中に顔を突っ込んで眠りにつく。火薬の匂いが鼻をくすぐる。それがなんだか心地良い。
もやは何かを言っている気がしたが、無視をした。その日は久しぶりにすぐに眠る事が出来た。
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