第五話

 スーパーに着いた。

 このスーパーはそこそこ大きくて品揃えも良く、お客さんの数も多い。今日もそれなりの人で混み合っていた。レジを見ると、どのレジも五人ぐらいは常に並んでいるような状態だ。お客さんの買い物かごの中にはお惣菜や弁当が入っている事が多い。もうすぐ夕飯の時間だからだ。けれども僕はご飯には興味が無くて、ただ、ウイスキーが飲みたいだけだった。

 真っ直ぐにお酒のコーナーに向かう。

 何度も何度もこのスーパーのお酒コーナーに行っているので、もう目をつむってでもたどり着ける。多少の人混みも問題は無い。難無く目的地に到着した。

 いつも僕が飲んでいるウイスキーのボトルの前に立つ。

 お酒を買うときにはいつも緊張をする。僕はお酒が毒だと知っているからだ。今から自分が飲むようの毒薬を買うとなると、やっぱり少し決心がいる。だけど、僕はお酒が無いと生きられない。これは取引なんだ。生きる気力を手に入れるために、命を差し出す取引だ。

「それを買うのか?」

 もやが話かけて来た。

「ああ、悪いか?」

「悪い。お前にそれを買う資格は無い」

 もやの返事を聞いて、ウイスキーのボトルに伸ばしかけていた僕の手が止まる。

「なんで?」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ。そうすれば理由は分かる」

 もやの言っている事は分かる。自分の胸に手を当てて考えるまでも無い。

「はぁ」

 一つため息をついて移動する。いつも飲んでいるウイスキーよりも少し高いやつの前で立ち止まる。そのウイスキーは今まで買った事は無かったが、美味しいという話は聞いていた。でも、いつものやつで満足だったから、目の端っこでは見ていても手に取った事は無かった。今日は良い機会だ。これにしよう。

「それを買う資格も無いだろ」

 もやが言う。まあ、そうだろうな。僕は手に取ったウイスキーボトルを棚に戻した。

 その次に僕は、そのお酒コーナーで一番安いウイスキーの前に立った。手に持ってみると同じ量なのにさっきの二つよりも軽い。それはきっと気持ちの問題なんだろう。これは味など二の次でただ酔うためだけのウイスキーだ。正直、今の僕は酔えれば何でも良かったので、このウイスキーが一番お似合いな気がする。高いウイスキーを飲んだ所で味の違いなんて分からない。今の僕は何を飲んでも泥水みたいな味しかしないんだから。

「それを買う資格もお前には無い」

 もやが言う。僕は安いウイスキーのボトルを手にしたまま固まった。

「良いか?お前にはそれを買う資格は無いんだ。早く棚に戻せよ」

 もやは静かに言った。僕はゆっくりとそのウイスキーボトルを棚に戻した。

「じゃあ、どのウイスキーなら僕にも買う資格があるんだ?」

 僕の目に映るのは、僕を魅了する琥珀色の液体達。

「どれも買う資格は無い」

 もやは淡々と言った。

「僕にはどれも買う資格は無い?」

「そうだ。お前にはどれも買う資格は無い。そんなのお前も分かっている事だろ」

 そうだな。分かっている。

「じゃあ、僕はどうしたら良いんだよ!!」

 叫んだ。

 僕の声がスーパー中に響き渡る。周りの空気が止まった気がした。

 近くにいたおじいちゃんが僕を見ている。そのおじいちゃんと目があう。おじいちゃんはすぐに僕から目を逸らした。なんだよこれ、僕が悪いのか?

 おじいちゃんは手頃な値段のウイスキーを手に取り、どこかへ行く。それと同時に止まっていた空気も動き出す。元の騒がしいスーパーに戻った。

「分かるだろ?お前には何も買う資格は無いんだって」

 ニヤニヤ笑いながら、もやは言った。僕はいつも飲んでいるウイスキーのボトルを十本程買う事にした。

 スーパーからの帰り道。僕は両手にビニール袋を提げ、それぞれに五本ずつウイスキーのボトルを入れて歩いていた。家まで残り半分という所にまで来た時、右手に持っていたビニール袋が重さに耐え切れなかったのか、持ち手の部分から千切れた。そのまま袋は重力に従って落下し、地面に衝突、中に入っていたウイスキーのボトルが一本飛び出た。

 これはちょうど良い。そう思った。

 僕はその場にしゃがみ込み、飛び出たボトルを拾ってふたを開け、ウイスキーを飲み始めた。

 ウイスキーが僕の喉を焼く。喉が焼かれる痛みに続いて、頭を殴られる感覚。顔も熱くなる。やがて、脳みそを紐で縛られるような感覚が来て、思考にもやがかかる。そこまで来ると僕はまともに考える事が出来なくなる。これで良い。だから僕は生きていける。ここまでお酒無しで良く頑張ったと、自分を褒めてやりたい。

 近くを歩いていた野良猫が僕の姿を見て走って逃げた。そうだ。お前もそれで良いんだ。それが正解だよ。

 ひとしきりウイスキーを飲んだ後、僕は立ち上がり歩き出す。家に帰らなくてはいけない。これ以上ウイスキーのボトルを落とすともう家に帰れなさそうだったので、ビニール袋を破かないように慎重に運ぶ。

 そうだ。

 僕は今、リュックサックを背負っているのだった。どうしてそれを忘れていたのか?

 リュックサックに入るだけウイスキーのボトルを詰め、入りきらなかった分は破れていないビニール袋に入れた。これで大丈夫だ。

 先程まで止んでいた雪がまた降り始める。今夜も降れば、明日の朝にはもっと雪が積もっているかも知れない。まあ、僕には関係の無い事なんだけど。

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