第17話 幸せの魔道具
日記に書かれたことをカイルに伝えようかと思い、本から顔を上げる。
すると、どうやらかなり時間が経っていたらしい。終点が近づいていた。
この場所がばれてから後で設置された金属製の扉の前に着くとエレベーターが止まる。
それと同時にカイルも魔動車に乗り込んできた。
「手荒にいく。念のために魔法でこの周囲だけ防御してくれ」
「わかったわ」
無形の魔方陣で透明な膜を周囲に張る。
「カイル、いいわよ」
「よし、行こう」
金属製の扉がゆっくり開いていく。
案の定、待ち伏せされてたようだ。前には大量の兵士達、そして、指揮官らしき貴族がいた。
「大人しくしろ。ジルコニアの娘、クラウディアよ。貴様には捕縛の命令が下っている。
早く投降すれば……」
カイルは相手の言葉を聞くこともせず、魔動車を急速で発車させる。
「くっ!これだから平民は!!総員攻撃せよ、最悪殺しても構わん」
兵達を跳ね飛ばしながら進む。弓矢が放たれるが、頑丈な車体は全く揺るぐことがない。
貴族が魔法陣を描き、巨大な水球を放つが、ルナライト鉱石の練り込んだ車体はそれすらも弾き飛ばした。
「なに!?」
そして、最後に盾を構えた兵を吹き飛ばすと、包囲を抜けた。
更に速度を上げるカイル。騎兵が追ってくるがどんどん引き離していく。
加えて、馬が足を取られるほどのほど雨でぬかるんだ地面も難なく踏み越えていく。
少しすると追っ手の姿は全く見えなくなった。
魔法を解除する。
「なんとかなったわね。」
「ああ。このスピードなら後から追った奴らは追いつけない。
恐らく関所が最初で最後の難関になると思う」
長い間戦争を繰り返していたこともあって、関所と言ってもかなりの兵士が詰めているだろう。
それに、作りも頑丈に作ってあるはずだ。
「策はあるの?」
「車体に取り付けた魔道具を使えば何とかなると思う。関所を実際に見たことがあるわけじゃないから思うとまでしか言えないが」
「そうね」
彼は魔動車を無言で走らせる。乗っている部分には屋根で雨が入ってこないようになっているが、強い雨が降り続けている。
しばらく、そうやって走っているとあれが関所だろう。太い丸太で作られた塀が遠目見えてきた。
むしろ砦と言った方がいいくらいかもしれない。
「ここを抜ければ、国の外だ。君も準備をしてくれ」
彼の声が雨音の中でもはっきりと聞こえる。私はもう一度魔法を使った。
ある程度近づくと上から矢が、前から雷や氷の魔法が迫ってくる。
それを跳ね飛ばしながら進むと、だいぶ近づいてきて見えるようになった兵たちの表情は驚愕に染まっている。
門までもう少しというところで、カイルが魔道具を作動させる。
放たれたのは大量の石弾。
そして、それらは門に当たると消えていく。その一方丸太で作られた塀にそのまま突き刺さっていく。
カイルは門ではなく、塀の方向へ向きを変えると速度を上げた。
迫りくる壁、ぶつかると思った直前再び彼は魔道具を作動させたようだ。
多数の風魔法を重ねるように作られた円錐型の壁を車の前に発生させると抉るようにそれを突き破った。
関所の中を走る。兵達が構える長槍をへし折りながら進むと反対側の塀がすぐに見えてくる。
先ほどと同じ光景が繰り返され、ついに私達は国の外に足を踏み入れた。
瞬く間に砦が小さくなっていく。その姿が見えなくなるとカイルがこちらに声をかける。
「その……無理に連れてきてしまった。やはり未練があるか?」
彼は前を向いたままそう私に問う。
先ほどまで兵を跳ね飛ばしながら暴れ回っていた人とは思えないほど、その声は弱弱しかった。
「いまさら何を言ってるのよ。もう国外に出ちゃったんだししょうがないじゃない」
「わかってる。だが、俺のわがままにまた付き合わせてしまった」
少し落ち込んだようなその声色に私は笑ってしまう。
「ふふっ。いいのよ、気にしないで。でも、一つだけ言わせてもらってもいい?」
「ああ。なんでも言ってくれ。どんな言葉でも黙って受け入れよう」
彼は覚悟をした目でようやくこちらを見た。
「好きよ、カイル。愛してるわ」
その言葉を言った瞬間、それまで、どんな悪路でもふらつくことなかった魔動車が初めてバランスを崩した。
◆
あれから、隣国を走っていると、あちら側の兵士が目の前に立ちはだかった。
だが、戦うためではなく、こちらを客として迎え入れるために。
どうやら、カイルが魔道具を売っていた商人達は隣国にもその手を伸ばしていたらしい。
賓客のように扱われると、大きい屋敷を準備され新しい生活が始まった。
◆
そして、生活にも慣れてきた頃。
あまりの急激な変化に戸惑ってるうちに、つい忘れてしまっていたことがあったのでカイルの部屋を訪問した。
どこにでも使用人が付いて来ようとするので今日は念入りに断ったうえで。
ノックをすると、彼の声がしたので中に入る。
「どうした?」
最初は渋っていた貴族用の高価な服もだいぶ馴染んできたようだ。
今は作業に行くときもこれで行こうとするので逆に困っているが。
「そういえば、これ。逃げてくるときに見つけたの。貴方のご先祖のことが書いてあったわ。
だから、渡そうと思って」
「先祖?そんなものがあったのか」
彼は静かに日記を読み始める。私はお茶を入れると椅子に座って適当な本を手に取ると彼が読み終わるのを待っていた。
「なるほどな。まあ、気持ちはわからんでもない。俺も君が最後にした言葉を叶えようとするかもしれない」
意外だった。いつものようにバッサリと切り捨てると思っていたのに。
「だが、そうだな。ご先祖様とやらの日記を読んで改めて思った。俺ならまだ幸せに手が届く位置にいると」
彼がこちらを見つめる。そして、私の手を取ると言った。
「クラウディア。俺と結婚して欲しい。
過去のがよかったなんて言いたくない。俺は毎日一番の幸福を感じたいんだ。
どうか、俺のわがままを聞いてくれないか?」
彼は滅多にお願い事をしない。
だから、その時の私の対応は決まっているのだ。
「はい、喜んで」
◆
魔道具が普及した現在でも、天才魔道具師カイルの作品はどれもが高価で取引されている。
そして、その中でもとりわけ高価なのは名が刻まれた作品だ。
だが、途中から彼が作品に名を刻むことは無くなったため、その数は全体数に対して少ない。
さらに、彼の作品は後に作られたものになればなるほど洗練されるため、刻まれた年が後になるほど価格も跳ね上がるものの、それを欲しがる人は後を絶たない。
しかし、最後に刻まれた作品だけは誰も手に入れることができないのだ。
なぜか。
それは最後に名が刻まれた二つの指輪型の魔道具、それを手にできる者が変わることが絶対に無いからである。
不毛の地にも花は咲く A @joisberycute
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