第16話 手記

頷いた私を見て、彼はすぐに手を引くと地下へ走っていく。






 手を放してと言う暇は無かった。いや、もしかしたら言いたくなかっただけかもしれない。




 


 地下に着くと、最近では見慣れてきた運搬用の車がエレベーターに鎮座していた。






 もちろん、人が乗るスペースも用意されており、その部分は箱のような形で全周囲が覆われている。


 それは、雨の日でも濡れないようにという意味もあるが、万が一魔力が暴発したときに備えてひと際頑丈に作ってあるとカイルは言っていた。






 この魔道具……魔動車というべきか。これも当然、カイル手製の動力機関が使われている。






 それこそ、仕事が増え始めてから少しずつ作っていた三つ目の魔力炉とも言えるものを改造して乗せているらしく、普段は抑えているものの、上限まで出力を上げるととんでもなく力が出ると彼が前に言っていた。






 ただ、唯一の欠点は、出力を上げるにしたがって、いくら省魔力とはいってもかなりの魔力を消費するということだ。






 それ故、高い出力を出すためには、多くのリチウス鉱石を積んで走らなくてはいけない。








「カイル。これは今日は使えないわ。恐らく、追っ手を振り切るスピードを出したら関所まで辿りつく前に魔力切れになってしまう。


 それに、出力を抑えてならまだしも、スピードを上げたら、私の魔力を使っても恐らく難しいかもしれない」






 今日はカイルは外出の予定が無く、また、数日前に外に売りに出たばかりなのでリチウス鉱石はそれほど数が無いはずだ。




 これの他には普通の荷車しかないので、徒歩で逃げるしかないはずだ。








「いや、ある。大量の魔力を積んだやつが」




 彼はエレベータの上の魔動車を動かし、魔力炉のある部屋に車を横付けする。




 そして、車の燃料庫を開け、そこに付けられた滑り台のようなものを引き下ろすと降りた。








「何をするつもり?」






「こいつを使うんだ」






 カイルの目線の先を追う。そこには、魔力を充満させる用途で使っている方の魔力炉があった。






「これって、リチウス鉱石の加工用のやつじゃ」






「そうだ。これの中には長年貯めてきた魔力が大量に入っている。それこそ、この車を十分動かせるほどに」






 確かにこれには濃い魔力を常に充填させておくためにかなりの密度で魔力が蓄えられている。


 だが、これが無くなったらこれまでのような品質のリチウス鉱石は作れなくなるだろう。






 それに、カイルの一族が代々注ぎ足しながら受け継いできた大事なものである。






 本当にいいのだろうか。








「本当にいいの?これ、使ってしまったらそれこそ一生かけても戻せないかもしれないわよ?」




「いいんだ。確かに、産まれた時から世話になっているものではある。だが、それでも、必要なら使うべきだ」






 清々しいほどに躊躇が無い。カイルらしいと言えばカイルらしいが。






「わかったわ。私、カイルのご先祖様達に呪われるかもしれないわね」




「気にするな。魔力炉とはいってもただの物だ。もっと大事なものがあると俺は知ってる」






 彼はこちらを向いて自信気な顔をする。




 私が教えたのはそこまで極端なものじゃないんだけど。






「じゃあ、動かしましょうか」




「ああ」






 魔動車の荷台にある厚い綿のような素材を魔力炉に張り付けると、荷下ろし用の爪を引っかけゆっくり引き上げる。






 しばらくすると、魔力炉が台座から引きずり出される様な音がして、持ち上がる。




 そして、それを滑り台部分を滑らせるようにしてあげていき、中にしまうと炉についているリチウス鉱石取り出し用の小窓を開けた上で燃料庫の扉を閉めた。




 これで魔力炉に充填された魔力が使えるはずだ。






「よし、行こう。加熱用の魔力炉はエレベータを動かすのに必要だから置いていく」




 そう言うと、彼は魔動車に乗せれるだけの魔道具を積み始めた。






 私もそれを手伝おうとして、ふと気づく。






 なんだろう。今まで魔力炉のあった場所の裏に何か小さな鉄の扉がある。今まで陰になっていて気づかなかった。






 扉の取っ手を触ると、特に鍵はかかっていないらしい。




 長い間放置されてきたが故の硬さはあるものの開けることができた。






 中には、本のようなものがある。日記だろうか。






「クラウディア!時間が無い。早く乗ってくれ」






 いつの間にか彼は作業を終えていたらしい。咄嗟に本を掴み、手に持つと車に乗り込んだ。








◆ 














 エレベーターがゆっくり上がっていく。昇りきるまでかなり時間がかかるだろう。




 カイルは車の中からも操作できるように魔道具をつなげていく。




 私も手伝いたいが、正直、回路に関してはさっぱりわからない。彼が車の中で待っててくれと言われたので、大人しく座っていた。






 そして、空いてしまった時間で先ほど見つけた本を開く。やはり、日記のようだ。




 表紙の部分にはこの国の紋章であるフルール・ド・リスが描かれており、ありがちな意匠だなと思う。




 ページを開き、読み進めていく。






















挿絵(By みてみん)


























≪ページをめくる≫






 なんだろう。この人は、なぜこんなにも私に話しかけてくるのだろう。






 別に特別爵位が高いわけでもなく、熱心に話しかける相手としては間違っているのではないだろうか。






 それに、私自身も王宮務めではあるが、別に王国での地位の向上に興味はなかった。






 ただ、学びたいだけだった。






 色々な本を読める。ただそれだけのためにここの司書を勤めている。






 その時間を奪わないで欲しいと思っても彼女は相変わらず私に話しかけてくる。
























≪ページをめくる≫






 いつも彼女は私に微笑んでくれた。






 学問しか知らなかった私は、いつしか彼女の笑顔を心待ちにしていたことに気づいた。






 彼女は、飾らず、本音でぶつかってくれる私と共にいるのが心地良いと言ってくれている。






 だが、彼女はまた戦場に行くらしい。しばらく会えないようだ。






 彼女は政治的な意味合いで送られた妾の子であるうえ、異民族の血を引いている。






 この国は未だ小国だ。勢力を拡大するのにはなりふり構っていられなかったらしい。






 彼女は勝利の戦乙女と言われるほどではあるが、それは、それだけ王宮にいないということを意味している。彼女の立場を鑑みると、恐らく、その呼び名も皮肉がかなり込められているだろう。






 求めたのは王家だろうに。いや、貴族全体の風潮からだろうか、その血はあまり好かれていないらしい。


























≪ページをめくる≫






 彼女が負傷したと聞いた。






 気づいたら走り出していた。そして、両目に布を巻く彼女を見つける。






 どうやら、両目を敵に深く傷つけられたらしい。治癒師もここまでだとお手上げで、もう彼女の目に光が映ることは無いそうだ。






 だが、死ななくて本当によかったと私は思う。


























≪ページをめくる≫






 彼女は日々弱っていく。




 どうやら戦えず、嫁にやるにも外聞が悪い異民族の血を引いた姫を王家は持て余しているらしい。




 使用人にすら避けられ、傷つけられる。彼女を守る力が無い自分が憎い。






 力をつけたいとそう思った。
























≪ページをめくる≫






 彼女を守るため、この国の高位の文官として成り上がった。






 今なら少しは守れているだろう。






 だが、王国は先の戦で歴史的勝利をおさめ、急速に勢力を拡大した。






 そして、それと同時に彼女の血はその価値を無くしていったらしい。






 厄介払いされるように臣籍降下の話が出た。






 当然、私は彼女を欲する。他に引き受け手はいなかった。






 そして、彼女が目に見えぬとわかっていて、国王は特別な送りものと言って、王家のものを半分に割った屈辱的な紋章を彼女に授けた。貴族達を笑わせる冗談のように軽い気持ちで。


























≪ページをめくる≫






 私は彼女との生活に満足している。






 子も幾人か成した。だが、彼女は私に引け目を感じているらしい。






 何度も愛を囁いた。だが、その言葉は彼女の奥底の部分までには届かなかったらしい。




























≪ページをめくる≫






 子達が大きくなるのを見届けると、家族に囲まれ、彼女は死んだ。






 最期の言葉は、私達への愛の言葉と、自分を卑下する謝罪。






 そして、こぼれるように漏れた戦場で戦っていた時の自分に戻れるなら戻りたいという一言だった。






 恐らく、彼女は戦うのが好きなわけでは無い。






 ただ、光を失い、人の悪意に晒されたことで自信を失ってしまった彼女は、誇りを取り戻したかったのだろう。そして、最も輝いていた時をただ口にしただけだと思う。






 だが、愛しい妻の、優しい母の悲しき言葉に私達は取りつかれてしまった。




 彼女の行きたかった場所にもう一度連れて行ってあげよう。






 その日から、私達は戦場に彼女の名を刻むための手段を探した。






 そして、魔道具の作成に着手したのだ。魔力の多くない私達に残された最後の手段として。






 戦場での栄光の勝利を手に、彼女だけの家紋を掲げるその日を目指して。




















 最後のページをめくった。






 幾人かの名前が強い力で刻まれ、『グレイ』で終わっている。




 それはまるで血判状のようだった。




 最後に、愛しき『マリアンヌ』と綴られている。






 そして、その横には半分に割られた王家の紋章。




 私は、前に魔道具に刻まれていた『k』の文字の本当の意味を知った。

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