第15話 強き想いを持つもの

クレアさんが亡くなってから二月ほどが経った。






 今、私達はちょっとした小金持ちになっている。




 なぜか?それは、カイルの魔道具を欲しいという人が後を絶たないからである。






 ある日、彼がいつものように商人に戦闘用の魔道具を売りに行った時、誤って私用に作った魔道具も持って行ってしまったらしい。






 そして、その商人はそのいつもとは異なる不思議な魔道具に興味を持ったらしい。




 彼らは、その職業柄故に新しい物好きだ。




 根掘り葉掘りカイルに質問を繰り返し、特に大したものだと思っていない彼は何も隠さずに答えた。




 その後は彼らの熱意に負けたように一つ売ると、いつしかその注文が途絶えることはなくなってしまった。






 最初、カイルは私以外に新しく作るつもりは無かったらしいのだが、ひっきりなしに頼まれ、あまつさえ私達の家にまで彼らが押し寄せて来たことで一定数を納める約束をしてしまった。




 どうやら、この家には、できる限り他の人を入れたくないらしい。




 その日は彼がいつになく不機嫌だったので、理由を聞くと、彼はこう言った。








「理由はわからない。ただ、君にあいつらが近づくと無性にイライラするんだ。


 それに、前に君が肉屋や八百屋の人のことを話しているときもなぜか胸が変な感じだった。


 なぜだろう。君にはわかるか?」




 彼が挙げた人は皆男だ。私は何も答えられなかった。もしかしたら、少し顔が赤くなっていたかもしれない。








 そして、二週間後には彼は巨大な車輪の付いた作業用の魔道具を作り上げ、それを使って硬いマグライト製の分厚い扉を地下から運ぶとともに、元の外壁に重ねるように同じくマグライト製の壁を配置していった。




 さらに、俺がいない時に使ってくれと何故か撃退用の魔道具までつけていく始末だ。




 彼は戦争でもやっているのだろうか。






 いつしか、私達の家は、変なカイルと陽気なクラウディアの城と呼ばれるようになっていた。




 




◆ 








 そんな風に私達と取り巻く環境は激変していた。






 でも家の中の、そのどこか優しい雰囲気は何も変わっていない。






 私が朝食を作る。カイルが決まった時間に上がってきて、待っている間に食器を準備してくれる。




 そして、二人で揃って言うのだ。






『「いただきます」』






 朝食を食べ始める。






「今日は外へ行くの?」




「ああ。そろそろ売りに行かないとまたあいつらがここへ来るかもしれない」






 不機嫌な顔で彼が言う。


 その分かりやすい顔が少し可愛い。




「ふふっ。たぶん地下室のエレベーター出たらもう外で待ってるんじゃない?」




「……そうだと思うか?」






 注文の量はどんどん多くなって、今では彼が前作った巨大な車輪付きの魔道具じゃないと運べなくなっていた。




 そして、当然そんなものが家の中の人用に作られた階段を昇れるはずもなく、エレベーターを使っているうちにその場所がばれてしまい、出待ち組がたくさんいるようになっていた。






「見なくてもわかるわよ。いつもそうじゃない」




「はあ。もう売るのを断るしかないか」




 彼は溜息を吐く。だが、もうその段階は超えてしまっているので諦めてもらうほかない。






「それは無理ね。だって、街の人もかなり使っているのよ?今やめたらそれこそみんな殴りこんでくるわよ」




「……そうだったのか。だが、君との時間を減らしたくない。


 一回に納められる量を増やすために運搬用の車も大きくした、それに車輪も壊れないように分厚く、長くした。これ以上はエレベーターに入らないくらいなのに、それでもその時間は減る一方だ」






 彼は拗ねるようにそう言う。彼の言うようにできる限り外に出る回数を減らせるよう彼はいろいろ手を尽くしていた。


 運搬用の車は車輪は平ぺったくなり、多くの荷物を載せて悪路も走り抜けるほどのものになっている。




 加えて、たくさん積んでも壊れないよう内外装もかなり固い素材で覆われているうえ、万が一の魔力漏れに備えて炉と同じ魔法を反射する性質のルナライトがふんだんに使われている。




 ルナライトは極めて高価なのでどれだけ彼の魔道具が売れているかを物語っている。








 だが、彼の努力よりも需要の増えるスピードのが早かったらしい。今は中枢の動力部分のみを彼が作り、他の部分は外注しているにも関わらず、注文は常に山のように溜まっていた。






「まあ、しょうがないわよ。それだけ、あなたの魔道具が人を幸せにしてるってことなんだから」




 慰めるように言うと、彼はチラッとこちらを見てすぐにまた目を下に向ける。






「俺は、別に人を幸せにしたいわけじゃない。俺が幸せにしたかったのは君だけなんだ」






 本当にこの人は、心臓に悪いことを前準備無しに言ってくるから困る。




 未だに手すら繋いだことは無いが、少しずつでいい。




 最初は何もなかったのだ。この人と二人でゆっくり育て上げていくのが私達らしい、そう思う。










◆ 










 そんな風に日々を過ごしていた。そして、ずっとそんな日が続くと思っていた雨が強く降るある日。




 朝食を終え、カイルと過ごしていると荒いノックの音が分厚いドア越しに聞こえた。




 不埒な来訪者は、彼が繰り返し手痛く追い払っているので最近ではこの家を訪れる人はほとんどいない。






「だれかしら?」




 出ようとすると彼が私の手を掴む。




「俺が出る」






 カイルは新たに作った覗き穴を開けると、問いかける。




「誰だ」




「俺だ!デインだ!!開けなくていい。聞いてくれ」






 馴染みのない名に、少し、記憶の糸を手繰るとすぐに思い出した。


 父の手紙を届けてくれた王宮勤めの人だ。






「王宮から兵が来る。あんた達は目立ち過ぎた!おそらくクラウディアさんを捕らえる名目でその財を吸い上げるつもりだろう。


 すぐに逃げろ。もう間もなくここに来るはずだ」




 彼の切羽詰まった声には全く嘘が感じられない。




 父の手紙を極刑覚悟で届けてくれた彼だ。信じるべきだろう。






 私は、扉に近づく。そして、デインに言葉をかけた。






「…………教えてくれてありがとう。また助かったわ」




「そんなことはいい。はやく逃げろ。いいな?俺も見つかるとやばいからもう行く」






 彼は外蓑のフードを深くかぶると周囲を見渡しつつ走り去っていった。












「クラウディア、すぐに逃げよう。ここから西に行けば関所だ。まだ間に合うかもしれない」




 カイルが外蓑を羽織りつつそう言う。






「……貴方だけで行って。私は犯罪者の子だからそれに連なった罪でたぶんここに向かってくるはずよ。私の父の罪は王への反逆罪、その名目で兵を出した以上は王家のプライドにかけてどこまでも追っ手が伸びる可能性がある。だから、貴方だけで逃げたほうがいいの」




 いくら平民とはいえ、何も罪が無い状態で財産没収はできない。


 そんなことをすれば、富や能力のある平民は全て他国へいってしまうことを流石にこの国の上層部も知っているだろう。






 だが、もともと罪があれば別だ。恐らく、父の反逆罪に私も関連していた証拠を作り上げ、こじつけるつもりだろう。






「何を言っている?」






「お願いだから行って。貴方にはわからないかもしれないけど、貴族は面子を何よりも大事にするの。きっと隣の国に行っても追ってくるかも。それこそ、まだ戦争したがってる貴族もたくさんいるし」 






 この国は長きに渡る戦いにようやく休戦条約を結んだばかりだ。


 でも、それは危うい均衡の上に成り立っている。少しそれが傾くだけで簡単に平和は終わりを迎えるだろう。










「それはできない。君は必ず連れて行く。他の何を置いても」






「ダメよ。貴方は世間にようやくちゃんとその才能が評価されてきたのよ。私だけでいいなんてのはもったいないんだから」






「そんなことはない」






「いずれ、貴方は歴史に名を刻むことになる。そういう人なのよ」






「どうだっていい」






「っ!この分からず屋!私は本当に貴方のためを思って言ってるのよ!!」






 埒が明かないことにイライラしてついカッとなって言う。






 その瞬間、温かいものに全身が包まれた。










 彼は私を抱きしめていた。




 そして、その目を見て悟る。あの、私が泣いていた日に思わずやってしまったのとは違う。自分の意志で初めて彼は私を抱きしめていた。












「世間がどうとかは関係ない。俺は、俺の意志で、俺がそうしたいからそうするんだ。


 クラウディア、君を連れて行く。いいね?」






 とても強い口調で、カイルは言う。






 私はそれに黙って頷く他なかった。




 鏡を見なくてもわかる。私の顔は、今リンゲの果実よりも赤い。

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