第12話 降り積もった記憶
その日は暗くなるまでクレアさんの家にいた。
流石に、夕飯は作らないとと思って家に帰る。
扉を開けて中に入ると、心配していたのだろうか、カイルが外蓑を着てそわそわとうろついている。
そして、帰って来たのに気づくとこちらを振り返り、泣きはらした私の顔を見ると尋ねてきた。
「何があった?」
私は、クレアさんの死期が近づいていることを彼に話した。
「そうか。俺は直接は会ったことが無いが、君にとって大事な人なんだろう?」
「ええ。何も知らない私にいろいろなことを教えてくれたの。
今、私がしっかり家事をできているのは全て彼女のおかげよ」
「そうか。それは感謝しなくてはいけないな。
なら、君はその人にもっと時間を使ってくれ。家事もしばらくはしなくていい」
その言葉は嬉しい。でもそれはダメだ。
彼は彼のすべきことをしている。私だけ甘えるわけにはいかない。
それに、クレアさんもそれがわかれば私を家にいれなくなるだろう。
「いいえ。それはダメよ。やることはしっかりやる。
そして、余った時間で彼女に会うわ」
「しかし、それでは」
「いいの。自分がやるべきことを放り出すことはできないわ」
自分でも思う。可愛げのない性格だと。
これまで、この負けず嫌いで頑固な性格で男の人が離れていくこともあった。
それでも、自分のやるべきことはやりたい。
そうしなければ、全てが中途半端になってしまうだろう。
やるならしっかりやる。周りが何と言おうとも。
父親が父親なら娘も娘だ。これは我が家の遺伝子なのかもしれない。
「…………君らしいな」
カイルは苦笑する。
彼もたいがいだとは思うが、今はその彼すらも呆れるような言動だったようだ。
「貴方も私というものがわかってきたようね」
「ああ。そんな君だからこそ、ここまで共同生活が続いてきたのだと改めて気づかされたよ。
責任感が強く、やるといったらやり遂げる。ならば、俺もやらなくてはいけないな」
彼は、何かに気づいたらしい。
今までの悩んでいる顔とは違い、どこか目標が見えているように感じる。
「何か新しい魔道具が思いつきそうなの?」
「なんとなくだが、わかった気がするよ。明日は魔力を補充してくれるかい?」
彼は少し、楽しそうだ。前に進めたならよかった。その歩みを支えようと強く思う。
「ええ。もちろんよ。すっからかんになるまで使い切ってね」
「ああ。覚悟しておいてくれ」
お互いに極端なのだろう。動き始めたら止まらない。
一緒にいる時間は減るかもしれない。でも、それでもいいのだ。
それぞれが相手のことを想い合えていることには変わりがないのだから。
◆
次の日、私はいつもより早く起きると家事を始める。
そして、それを終えると地下に降りていった。
朝日の光は弱く、ここまでは届いていないものの、魔力炉は稼働し続けているようで淡い光が漏れ出てきている。
もしかしたら、カイルはずっと起きていたのかもしれない。
だが、見えてきた背中に疲れは感じない。むしろ、いつも以上に力強く感じさせるほどだった。
「おはよう。カイル」
「ああ、クラウディア。おはよう」
彼は魔道具を作っている。同種と思われるものが少し形状やサイズを変えてたくさん作られている。
「これは何?」
「火を出す魔法具だ」
火か。これまでも火の玉を放つものを始め、火の魔道具はたくさん作られてきた。だが、今回のはかなり小さい。
どんな用途で使うものなのだろうか。
尋ねようと口を開いて、止めた。
彼は一心不乱に魔道具を作っていた。それは、これまでのように淡々と作る姿とは違って、彼の想いというものを感じたから。
邪魔をしてはいけない。無言で魔道具に魔力を注いでいく。
ほとんどすべての魔力を注ぎ終わっても彼は終始手を止めなかった。
ずっと見ていたくなるような、どこか魅入られる光景ではあったが、頭を振ると、何か片手間に食べれるものを用意してあげようと台所にむかった。
◆
ソーセージをパンで包んだものを作り、再び地下へ向かう。
そして、作業台の横の小机にそっとそれを置くと再び階段を上がった。
今は少しでも、クレアさんとの時間を作ろう。
カイルはカイルの、私は私の時間を過ごす。
それぞれに違っていい。自分たちの意志でそうしているんだから。
坂を速足で上がる。白い吐息が後ろにたなびくようにして消えていく。
思わず強くノックをしてしまったらしい。
驚いたようなクレアさんが顔を出す。
そして、私だと分かると呆れた顔をする。
「なんだいなんだい。そんなに慌てて」
「今日からできる限りこっちに来る時間を作りたいの」
クレアさんはそれを聞くと、険しい顔をして言った。
「ちゃんと旦那の世話をしな!こんな早くに来て、家事もほったらかして来たんだろう」
「大丈夫!全部やってきたから。それから来たの」
彼女はじっとこちらを睨み見続ける。そして、私が折れないと分かるとため息を吐いた。
「はあ。それじゃ文句は言えないね。あんたって子はほんとに、親の顔が見てみたいね」
「母親は早くに亡くなったからほとんど記憶が無いんだ。だからね、私はクレアさんを母親のように思っているのよ」
彼女が目を見開く。そして、すぐに後ろを向いて家の中へ歩き出した。
顔を見せたがらないのがクレアさんらしいと思う。
「ほら、さっさとしな。一日は短いんだから」
「ええ。そうね」
温もりに溢れた家に入る。そして、彼女との時を噛みしめるように過ごした。
◆
あれから十日ほどが経った。
クレアさんの体は急激に衰えていく。今ではほとんどベッドから立ち上がれない。
遠くにいる娘夫婦に手紙を出そうというと、クレアさんはそれを止めた。
「クラウディア。以前私がお前に娘夫婦は遠くにいるって伝えたのはね、それこそ手紙が届かないほど遠くってことなんだよ」
クレアさんはとても悲しそうな顔でそう言う。
そして、私はその意味を悟った。
「新婚旅行で乗った船は帰ってくることはなかった。ずっと昔のことさ。
でもね、私は一人じゃないんだよ。今はお前がいてくれる。
実を言うと旦那が死んでからは世界から色が消えたようにつまらなかった」
「そんな時だ。あんたら二人を見たのは。
つい、笑っちまったよ、変な二人だってね。それで物見遊山のつもりで声をかけてみたんだ。
今じゃ昔の私に感謝したいくらいだ。また娘ができたんだから」
彼女は私の手を優しく握る。
「あんたは私を母親って言ってくれたね。でも、私もあんたを娘のように思っているんだよ。
だから、幸せになりな」
「…………うん、絶対になるよ。幸せになって見せる」
「その意気さね。あんたなら絶対大丈夫だ。私が保証してあげるよ」
母との別れは近づいているようだった。
◆
そして、それから三日後、
「……クラウディア」
「なに?クレアさん」
「……葬儀は無しでいいからね。それに、この家もすぐに引き払いな」
「…………」
「……お前を今後も縛りつけたくないんだ。わかっておくれ」
「……うん」
「…………最後にあんたと逢えて本当に良かったよ」
「…………私もよ」
彼女は天国へ旅立った。
私だけに見送られながら。眠るように。
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