第11話 舞い散る雪

 父の手紙を読んでから三日、悲しみも最初よりは薄れてきた頃。




 朝起きて朝食を作っていると、カイルの足音が聞こえてきた。




「おはよう。クラウディア」




「おはよう。カイル」




 カイルを見ると少し眠そうにしていた。


 あの手紙の日以降、彼はどうやら自分の魔道具を見直そうとしているようなのだが、どうもうまくいかずスランプ気味らしい。


 恐らく昨日も何か夜通し考えていたのだろう。




「やっぱりうまくいかないの?」




「そうだな。今までは何もしなくても設計図が浮かんできた。


 でも、最近は靄がかかったようにうまくいかないんだ。初めてのことでよくわからない」




 彼は少し眉間にしわを寄せてそう言う。




「もしかして、目的が曖昧なんじゃない?見直そうって思って始めただけでその目的がまだカイルの中で無いとか」




「それはあるかもしれないな。実際、何を作ればいいかはよくわからない」




 まあ、彼の人生で初めてのことだししょうがないだろう。


 まだお金に困っているわけじゃないし、じっくり考えてもいいことだと思う。




「ゆっくり考えてもいいんじゃない?そう何もかもがうまくいくわけないのよ」




「そうかな?君がそう言ってくれると気が楽になるよ」




 カイルは少しだけ穏やかな顔になる。でも根が真面目なのかまだ何か考えているようだ。


 とりあえず、朝食を準備しようと思い、出来上がったベーコンと目玉焼き、そしてトーストを盛り付ける。 




『「いただきます」』




 カイルは朝食を食べながらもうんうんと悩んでいるようだった。


 まあ、彼は自分のペースに入ったらなかなか抜け出してこないので好きにさせておこう。




 朝食を食べ、片づけをする。




「そういえば、今日は家にいるの?」




「ああ。また設計図を書いてみる。昨日は何も作っていないから、魔力の補充は今日も必要ない」




「そう。昨日で細かいところも掃除できたし、今日はけっこう時間が空きそうね。


 なら、午前中にクレアさんのところに行ってくるわ。昼食までには帰ってくるつもり。


 いちおうサンドイッチは作っとくから、もし私が帰ってこれなかったら食べて」




 頭の中で今日のスケジュールを組み立てる。


 昨日も魔力補充は無かったから、あらかた掃除は終わっている。




 そのうえ、今日分のカイルの服は煤もついていないし一瞬で洗濯も終わるだろう。






「わかった。気を付けて」




「ありがとう。まぁすぐそこだから大丈夫よ」



















 家事を終え、外に出ると雪が少しだけ舞っていた。ここ数日ですっかり寒くなった。






 白い吐息を漏らしながら、いつもの坂を上がる。




 ノックをすると迎え入れる声がした。




「おはよう、クラウディア。ごほっごほっ」




「おはよう、クレアさん。大丈夫?」




 クレアさんは咳をしながら言う。




「大丈夫さね。今日は珍しい東方の食べ物が手に入ったからそれの作り方を教えてあげるよ」 




「いつもありがとう。でも本当に体調が悪かったら言ってね?」




 動きが以前に比べてかなり緩やかだ。前来た時みたいに寝込んではいなかったが、体力が落ちているのが分かる。




「大丈夫って言ってるだろうに。ほら、さっさとこっちに来な」




「はいはい。今行くわよ」




 弱っていてもクレアさんはクレアさんのようだ。 


 相変わらずの態度にため息を吐く。








「これは米って言ってね。はるか東にある国から稀に入ってくるんだよ。


 昨日八百屋の親父が贔屓客にって届けてくれたんだ。 


 あんまり使うことは無いけど、やり方を知っていて損は無いし今日はこれを使うよ」




「これは植物かしら?」




「まあ見ときな。まず、こうやって実を落とすんだよ。話はそれからだ」






 二人で黙って作業をする。時たまクレアさんの咳をする音が響いていた。


 少し時間をかけて全ての実を回収できたようで、次の説明が始まる。






「次はこれを臼ですり上げるよ。ほら、こうやってやるんだ」






 クレアさんは臼に米を入れ、ぐるぐるとすり上げる。


 そして、それを私に渡すとやれと言わんばかりに顎をしゃくる。




「これでいいのかしら?」




「ああ、そんなもんだ。そのままやりな」






 すり上げた後、米の洗い方や、鍋での煮たき方を教わった。




 どうやらこの米というものはなかなか、手間がかかるらしい。




 だが、食べてみると不思議な食感と味で食が進む。独特の感じは好き嫌いはありそうだが、私はかなり好みかもしれない。








「どうだい?なかなかうまいだろう」




「本当ね。人を選ぶかもしれないけど私は好きよ」




「だろうね。今までのあんたの好みからして好きなんじゃないかと思ったのさ」




 自慢げな顔でクレアさんは言う。だが、私の好みを知ってくれているというのは嬉しい。


 素直に喜ぼう。




「さすがクレアさんね。まだまだ料理の腕は勝てなそう」




「はっ。料理の腕も、の間違いだろう?」






 しばらく二人で睨み合う。そして、どちらともなく笑い出した。


 だが、その笑い声でもクレアさんは咳込んでしまう。




 水を渡し、背中をさすっているとだんだんと落ち着いてきたようだ。


 そして、彼女は少しだけ下を見た後、こちらへ向き直って目を向けた。








「クラウディア。私はもう長くないかもしれない」




「…………大丈夫よ。そんなに元気なんだから」




 自分でも信じれていない言葉を彼女に投げかける。








「いや、自分のことは自分が一番よくわかってるさ。


 あと少し、できる限りのことをあんたに教えてやるから頑張りな」




 クレアさんは柔らかい笑顔でそう言う。


 その笑顔はいつに無いほどの穏やかさで、それが逆に彼女の終わりを感じさせた。




 涙が流れそうになり、唇を噛む。


 しかし、その甲斐も空しく一粒一粒と涙はこぼれていった。






「なんて顔してるんだい。ほら、涙を拭きな」




 続々と滴る涙に視界がぼやける。


 かけられた声色だけで彼女の顔がどんな顔しているか思い浮かぶ。


 そして、それは私に彼女と積み重ねた時間の長さを教え、余計に涙がこぼれる。








「しょうがない子だね。大丈夫さ、あんたにはあの旦那がいるだろう?


 変な男だとずっと思ってた。でも、あんたを見るあいつの顔は誰よりも優しいとみんなわかってる。それに、人生はまだ長いんだ、こんなこといくらでもあるんだよ」






 彼女は母親のように私を抱きしめ、なだめた。


 私は母の記憶がほとんど無い。その優しさに甘えるように縋りつき、大声で泣いた。


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