第10話 重い曇り空

少し気分を落ち着けるため、ミルクティーを入れると、ゆっくり話をするためソファに移った。




 息で冷まして少しだけ口に含む。ミルクの甘さと紅茶の熱さが体に染みる。




 そして、私はポツリポツリと話し始めた。








「まず、謝っておくわ。私、貴方に言っていなかったことがあるの。


 でも、隠していたつもりは無くて、毎日を忙しく過ごして、そして、貴方もまるで聞く気もなかったから今になってしまった。


 いいえ、これは言い訳かもしれないわね。


 聞いてみて、許せないようならちゃんと出て行くつもりよ」






「許すよ。それが何であれ」






 カイルがいつにないほどの力のこもった目でこちらを見てくる。




「聞く前に許しちゃダメよ。ちゃんと聞いて欲しいの」




 なだめるようにそう伝えると彼は頷く。






「ああ。ちゃんと聞く。でも、許す。それはもう決まりきったことだ」






 ああ。本当にこの人は。


 どうしようもない人だけど、そのまっすぐさにとても勇気づけられる。






 私は父が捕まり、全てを奪われ屋敷を追い出されたこと、最後に父が死ぬだろうことを彼にゆっくりと話していった。






 彼は何も言わず聞いていた。


 そして、話し終わったころにはせっかく入れた紅茶も冷めてしまったらしい。




 カップを持って一口含む。


 あまり美味しくない。それに、先ほどは甘かったミルクティーがどこか塩辛く感じる。




 カップを持ってぼんやりとしていると力強い腕に包まれた。




 初めての抱擁に少し戸惑っていると、彼はそれ以上に戸惑っているように見えた。






「悲しそうに話す君を見て聞くことしかできなかった。


 でも、泣いてる君を見て、そしたら君が腕の中にいたんだ」






 意味の繋がらない、子供のような言葉をカイルが言う。


 でも、想いは伝わってくる。彼は動揺しながらもその手は力強く、それでいて優しく包み込んでくれた。






「いいのよ、それで。貴方は泣いている人を目の前にしたことが無いのよね。


 別に慰める言葉なんていらないの。ただ、黙って横にいてくれればいいのよ」






 雨が屋根に当たる音が響く。私達は、その音を聞きながら静かに抱きしめ合っていた。















 ふと目が覚める。 


 どうやら、二人で寄りかかるようにして寝てしまったらしい。




 少し体が痛い。起き上がろうとすると、動けなかった。


 どうやらカイルの手が強く巻き付いているようだ。抜け出せる気がしない。






 苦笑すると、私は朝の家事をすることを諦め、二度寝をすることにした。




 彼の体温と鼓動の音を感じているととても安心できる。


 悲しさは当然残っている。


 でも、この暖かさがあれば、ただ、そこに彼がいてくれれば、もう少し頑張れる気がした。















 何か音がする。


 目を開けると、カイルが何やら台所でやっているようだった。




 近づくと頑張って火をつけようとしているらしい。


 だが、常日頃は魔力炉を使って火を起こしている彼には、魔力を使わない火起こしは難しかったのだろう。かなり苦戦しているようだった。






「おはよう、カイル。ありがとう。でも、いいの。私がやるから」




 彼の不器用な優しさだろう。何か私のためにしたかったのかもしれない。






「しかし、君はもう少し休んでいてもいいはずだ」




「本当にいいの。貴方がいてくれるだけで助かってるわ。だから、気にしないで」




「…………わかった」




 心なしか気落ちしたように彼は答える。少しフォローが必要かも。






「貴方には貴方にしかできないことがあるのよ。貴方が売った魔道具のお金で生活できてる。


 私は家事をする。貴方は魔道具を作る。それが私達の生活の形でしょ?」




 そうだ。彼は十分やってくれている。むしろ、普通の人より明らかに稼ぎがいいくらいだ。






「そうかもしれない。でも最近俺は思うんだ。


 君の手は人を幸せにできているのに、俺の手が作るものはどこまでいっても見世物だ。


 俺は、君に寄りかかり過ぎているのではないかと」




 意外だった。今まで、彼は自分の作るものが評価されていなくてもそれを作り続けてきた。


 欠点すらも知って、それでも関係ないと。


 少し、魔道具に対する考え方が変わってきているのかもしれない。






「そんなことはないわ。私の方こそ……。


 ダメね。このままじゃ相手の方が、と言い合うばかりで話は進まないわ。いいじゃないの、二人が不満無く過ごせているんだから。はい!話は終わりよ」




 強引に話を打ち切る。この類の話は決着がつけられるわけがないのだから。






「というか、もう昼過ぎね。今日は昼食を簡単にとって夜を豪勢にしましょうか」




 悲しさを吹っ切るためにもやけ食いしてやろう。


 いつまでも泣いてはいられない。切り替えて行かなきゃ。






「そうだな。それがいいかもしれないな。好きにやってくれていい」




 カイルはこちらを見ると、少し考えるそぶりでそう言う。




 まあ、家主もそう言っているようだし派手にやろう。






「その言葉を待ってたわ。じゃあ、早速昼食を作るから待ってて」




 夜を思うと少し気持ちが上がってきた。 


 普段はあまり無駄遣いをしないようにしているから、この機に食べたいものを食べようと頭の中で買うものを思い浮かべる。




 外を見ると雨は止んでいた。しかし、重い雲がまだかかっているようだった。


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