第13話 顔を見せた幸福
クレアさんが亡くなった後、悲しみに暮れながら家の片付けや売却の手続きを淡々とした。
どうやら、彼女はできる限りのことを全てしていたらしい。
既に私に必要なもの以外はほとんどなくなっており、家の片付けすら知り合いに手配がされていたようだった。
そして、三日ほど経つ頃にはだいたいのことは片付いてしまった。
やることがなくなったからだろうか、翌朝目が覚めるとどうにも起き上がる気力がわかず、ベッドの中で思いに沈んでいた。
父とはもう会えないだろう。
母のようだったクレアさんもいなくなってしまった。
正直、胸の中にぽっかり穴が空いたような気がする。何をしても心が動かない。
この三日間も家事はしっかりやっていた。
でも、どこか様子が違うことに気づいていたのだろう。
カイルは何も言わず、ただ、心配そうな顔でずっと私を気にしてくれていた。
やるか、やらないか、ただそれしかできなかったカイルが、人を気遣い心配している。
以前の彼なら、無遠慮に話しかけるか、気にも留めず自分の作業をしていただろう。
彼は頑張っている。人には簡単なことに思えるようなことでも、彼にとっては大きな一歩なのだ。
私は、勢いをつけてベッドから立ち上がると、自分の頬を思いっきり叩く。
「ダメよ、クラウディア。約束したんでしょ、幸せになるって。だったら頑張らなきゃ!」
強い足取りで台所に向かい、朝食を作る。
起きるのが遅かったのでカイルが上がってくるまであまり時間が無い。
火が大きくなるまでどうしても時間がかかるので、今日は諦めて火を使わないもので済ませよう。
パンと燻製肉、サラダを皿に盛り付けていく。
そうしていると、カイルが階段を上がってきたようだ。
「おはよう、カイル」
「おはよう、クラウディア」
心の中でごめん、手抜きな料理でと謝りつつカイルの前に食事を出した。
食事の前の挨拶をしようとする彼を止め、話しかける。
「カイル、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫。悲しさはあるけど切り替えれたわ」
彼はこちらをじっと見つめる。そして、少し柔らかい表情をした。
「君が少しでも元気になって本当によかったよ」
「ありがとう。これからは今まで以上に頑張るから期待しててね!」
「ああ。それは頼もしいよ」
二人の間に優しい空気が流れる。
久しぶりのこの雰囲気は、やっぱり居心地がいい。
「そうだ。君が元気になってから教えようと思って置いておいた魔道具があるんだ。
後で地下に行った時に見せるよ」
「作ってたやつが完成したのね。どんな魔道具なのか楽しみだわ。
じゃあ、早くご飯を食べちゃいましょうか」
「そうだな」
『「いただきます」』
朝食を食べ始める。簡単なものしか作れなかったので少し味気ないが、昼はその分力を入れようかな。
朝食を食べ終わり、二人で地下に降りていくと、いつもの作業台が見えてきた。
カイルが魔道具の一時保管場所からそれを取り出す。
ここ数日、どこか上の空で動いていたからだろうか、目の前の魔道具を思い出そうとしても記憶が曖昧だった。
我ながら実はかなり危うい状態だったんじゃと自覚する。これは、カイルが心配するわけだ。
カイルはこちらを見ると苦笑して作業台の上にそれを置いた。
「これだよ。本当は何回か見ているはずなんだけどね」
なんだろう、これは。今までのものよりだいぶサイズが小さい。
それは、間口の広い平たい壺のような形状の魔道具だった。
「これはなに?今までのものより小さいみたいだけど」
「これは……いや、見たほうが話いかもしれない。こうやって使うものなんだ」
彼が壺についた突起のような棒を触ると壺から炎が出た。
しかし、それは今までのように火炎の玉のような類のものではなく、本当に小さい炎だった。
「戦闘向けにしてはとても控えめな炎ね?」
「いや、これは戦闘用じゃないんだ」
驚愕の事実に一瞬動きが固まる。カイルが戦闘用以外の魔道具を作ったのはこれが初めてのはずだ。これまでは、見世物に使われることはあっても元の目的は必ず戦闘用だった。
「……戦闘用じゃないの?正直驚いてるわ」
「だろうね。俺も驚いてるんだから。出来はまだそれほど良くないと思う。
でも、僕にとってはすごく感慨深いものなんだ。なんたって作り終えた時に満足感があったんだから」
どうやら、彼は作りたい魔道具をしっかり見つけられたらしい。その誇らしげな顔を見て、私もつい嬉しくなる。
「よかったわね、カイル。本当に。
ところで、これの使い方は?それと、どんな目的で作られたものなの?」
「ああ。このつまみを動かすと火が強くなったり、弱くなったりする。
そして、奥の溝まで動かすと消えて、もう一度溝から出すと火がつく。使い方自体はとても簡単なんだ」
彼はそこまで言うと私の目を見る。
吸い込まれそうなほどの強い視線に思わずたじろぐ。
「これは、君を手伝ってあげたくて作ったものなんだよ。
どんな時も自分の仕事を放り投げない君を見て少しでも助けたいと思った。」
「特に、ここ数日は正直、見ていられないほど君は弱ってたはずなのに。それでも責任を果たす。その、痛々しいほど頑固な姿を見て改めて思ったんだ。」
「君は言ったね。ただいてくれるだけでいいって。
もちろん、それぞれにしかできないことは当然ある。でも、思ったんだ。
自分のできることで助けてあげたいって、これを使えば火おこしは凄く楽になるはずだ」
「だから、使ってくれないか?
いや、違うな…………どうしても、使って欲しいんだ、君に」
彼は少し照れ臭くなったのか視線を逸らし、頭を掻く。
他の人にとっては些細な気遣いかもしれない。でも、それでいい。いや、それがいいのだ。
私はいつの間にか彼に惹かれてしまっていたらしい。
小さい頃から生まれ育った屋敷は奪われた、貴族ですらもなくなった、それに大切な人達も相次いでいなくなった。
人によっては不幸だという人もいるかもしれない。
不幸?そんなわけないわ、だって隣には彼がいてくれるのだから。
お父様、クレアさん、見ててね。ちゃんと私は幸せよ。
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