第8話 育つ青葉
カイルとの非日常が、日常になってきた。
今日は少し目が早く覚めてしまったようで、微睡みながら考えに浸る。
彼と朝食を食べ、魔道具に魔力を注ぐ、家事をして、また昼食をカイルと食べる。
そして、その後は空いた時間でクレアさんの家に行く。夕食も当然カイルと食べる。
料理、掃除、洗濯とやることは多いし、大変ではあるが、だいぶコツを掴んできたので最近はかなり早くなった。
料理は、火をつけるのは木材に燃え移るのにどうしても時間がかかるし、料理によっては細かな火力の調整も必要なので目が離せない。
洗濯は、しつこい汚れを落とすのに揉み洗いや踏み洗いを繰り返さなくてはいけないので体力を使う。最近少し寒くなってきたので今後は億劫になるかもしれない。
掃除は、定期的にやっているから前より楽とはいえ、家が大きいのでどうしても時間がかかる。はたいて、集めて、外に出すという作業があるため広ければ広いだけ大変だ。
体力は当然使う。時間もかかる。でも、楽しさがそれを打ち消してくれる。カイルもどんどんと変わってきているし、自分のしたことがしっかり返ってくるというのは本当に嬉しい。
ちなみに、最近カイルは私の名前を魔法具に彫り込んでいるらしい。
この家の魔道具には必ず名前が彫ってあると彼は言っていた。言われて見てみると確かに、以前作ったものには父親の名前とカイルの名前、そして謎の『k』のような文字が横に彫ってあった。彼の父親の文字はわざとなのか癖なのか、少し崩れた刻み方をしてあるのではっきりこの文字だとは言い切れないが。
家名だろうか?いつものごとくカイルは知らないのでこの家の未解決事件は増えていく一方である。
確かに貴族には自分の名を誇り、その持ち物や作成物に名前を入れるのでおそらくその名残だろう。
そして、カイルの中では私も製作者に加えられているらしい。気づいた時には『カイル&クラウディア k』と最近作成された魔道具に全て掘られていた。最近作成された魔道具の数は尋常じゃ無いのに彼は律義にその全てに彫り込んでいるらしい。
まあ、彼にとっては名前を彫るのはただそういうものだという程度の認識で自分の名を広めたいわけではないのだろうが。
私も、聞いた時は別にいいかと思って聞き流していたのだが、クレアさんから話を聞いて少し驚くことがあった。
どうやら、最近のカイルの魔法具はその出来が以前に比べて格段に良くなってきているようで、それは他人に見世物として見せるのには見栄えがするらしい。
このため、彼の魔道具をこれまで買ってきた金持ちの商人などはもともと自己顕示欲が強いということもあって、よくわからないコレクションお披露目会を開くようになったらしい。
そして、それは街の人も見るような機会があり、クレアさん曰く私の名前を見たという人たちの話を最近聞くらしい。
私の名前はいないではないが、平民には珍しく、あまり聞かない。だから記憶に残りやすいのだろう。別に知られて困るわけでは無いが、あまり目立ちすぎると目を付けられそうで怖いなとは思う。
まあ、珍しいだけで私しかいないわけじゃないので相当なことにならない限り大丈夫だろうが。特にカイルのそれを止めるつもりも無いし。
そこまで考えていると、外が明るくなってきたようだ。とりあえず、今日も朝食の準備を始めるかな。と思い伸びをする。
よし!昨日、美味しそうな腸詰を買ったのでそれを使おう。それと芋を蒸したものにしようかな。
慣れた動きで火を大きくすると、鍋を置く。そして、芋と水を入れて蒸す。
そして、隣に網を置き、腸詰を焼いていった。
もう少しで完成かなというタイミングで足音が聞こえてきた。カイルが朝食を食べに来たのだろう。
最近はカイルは呼びに行かなくてもだいたい決まった時間に上の階へ来るようになっていた。
そして、食器などを準備してくれる。
最初とは全く違うこの光景を見る度、私は昨日までの私達に敬礼をしたくなる。特に最初らへんの過去の私達がもしこの光景を見たら泣いて喜ぶだろう。敬礼!!
ふざけたことを思っている間に朝食の準備はできたので椅子に座る。
『「いただきます」』
二人で食べ始める。早速カイルは腸詰を食べたようだ。
「いつも通り美味しいよ。今日も魔道具の製作は順調に進むだろう」
少しの笑みと共に彼はそう言う。料理に対する言葉はもう催促しなくても言ってくれる。
「ありがとう。それはよかったわ。今日も一日家にいるの?」
「いや。今日は例の商人に呼ばれているから魔道具を持っていく予定だ」
前から定期的に買ってはくれていたものの、数日前に呼ばれたばかりだった気がする。
だんだんと頻度が多くなってきているのは確かだ。
「また?とても評価してくれているのね」
「よくわからないな。どうやって使っているのも知らないし」
彼は変わった。それは確かだ。でも、興味があるものと無いものの落差が激しい。
ここはもう彼の性格で変わらないのかもしれない。
「まあ、そこらへんは貴方らしいわ。じゃあ、今日はお昼はいらないの?」
「そうだな。何か作ってくれると嬉しいんだが。いいか?」
彼は滅多に自分から意志を伝えることは無いが、それでも最近は自分のしたいことを言えるようになってきた。
というよりも、以前はその意志という部分そのものが無かったのでこれは一番大きな収穫だろう。人の気持ちを彼に教えることができたというだけでとても素敵なことなのだから。
このため、私は彼が何かをしたいと言った時は本当に無理なこと以外はしてあげるようと思っている。まあ、そもそも彼の願いはささやかすぎるものがほとんどなので今まで無理だったことは無いのだが。
「ぜんぜんいいわよ。何か食べたいものはある?」
「いや。君の料理ならなんでもいい」
「ふふっ。嬉しいこと言ってくれるわね。いつ頃出かけるの?」
「太陽が天頂に対して半分進んだ程度の頃には出かけたいと思っている。」
朝食と昼食の間くらいか。それなら余裕で作れるわね。
「わかった。準備が終わったら声をかけるわ」
「いつもありがとう」
「好きでやっているんだもの。気にしないで」
「それでもだ。感謝している」
彼の中に、私の行動は確かに染み渡っていっているようだ。
無駄ではなかったことを改めて彼の言葉で聞いたことで、心が暖かくなる。
「だったらその言葉をありがたく受け取っとくわ」
そう伝えると彼は地下に降りていった。
よし、滅多にないカイルのお願いだし、腕によりをかけて作ろう。
私は腕まくりをすると鼻歌を歌いながら、何を作ろうかと考えだした。
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