第7話 緩やかな芽吹き
料理のレパートリーは次第に増え、部屋はますます生活感を感じさせるようになってきている。
地上階に限って言えば、私が買いそろえた雑貨や小物の方が、魔道具よりも頻繁に目に映るほどだ。
自分の色が出てきたせいか、この家にも愛着が湧いてきている。
鼻歌混じりに朝食の準備をする。
今日は昨日貰ったチーズを使おうと思い、火を起こす。
以前は火を起こすのにも慣れておらず、時間がかかることもあったが、今では慣れたもので種火を起こしてから火を大きくするまでの時間がとても短くなってきている。
ちなみにここまで上達した理由の一つは、火がつくまでの時間を計って昨日の自分と戦い続けてきたことだと思っている。流石に魔法で付けるほどに短くはできないが。
火が育つと網を準備し、薄く切ったパンを載せていく。そして、その上にチーズを置くと食欲を誘う濃厚な香りがすぐに漂ってくる。
下から覗き込むといい感じに焦げ目もついてきたようなので食器に盛り付けていく。
よし、完成!カイルを呼びに行こう。
夜はあまり見えないが、朝は上からも光が差し込むのでスルスルと下っていく。
いつも通りの彼の背中が見えてくる。
「カイル!」
「わかった。すぐ行く」
「ちゃんと冷める前に来てね」
「危ない物だけ置いたらちゃんと行くさ」
カイルも家での食事に慣れてきたようで、もはや決まった時間に声をかけるだけで理解するようになった。
着実とカイル人間化計画は成果を結びつつあり、嬉しい。
少し待っていると言った通りカイルはすぐに上がってきた。
『「いただきます」』
この一言が何も言わずに出てくるようになってしばらくが経った。
最初は無言で食べ始めようとしていたが、毎回修正しているとちゃんと言うようになってきたのだ。
何か犬のしつけをしているようにも感じるが。
私も朝食を食べ始めながら、カイルの方をじっと見る。
「?ああ、美味しいよ。綺麗に焦げ目がついているから食感がとてもいい」
「でしょ?完璧なタイミングだったと自負しているもの」
私が自慢げにそう言うと彼は何か考えるような素振りをして言った。
「……クラウディアはすごいな」
「どうしたの、突然?」
彼は少し周りを見渡すとこちらをじっと見つめた。
「この家は変わった。俺でも気づくほどに」
「まあ、これだけ変わって気づかないようなら医者に連れて行くわ」
「ふっ。そうだな」
彼が最近たまに見せるようになってきた小さな笑い顔を見せる。
まだ本当にたまにしか笑わないが、彼の人生に少しは色がついたことに確かな達成感を感じる。最初見た時は文字通り小躍りしたくらいだ。
「俺は魔道具しか知らないから細かいことはわからない。
でも、最近は魔道具を前よりも早く、正確に作れるようになってきたのが分かる。
体は軽いし、疲れにくくなった。君が来たおかげなんだろう。感謝する」
感謝のしかたは不器用だ。普通の令嬢なら赤点をつけるかもしれない。
でも、カイルらしくとても真っすぐな気持ちだと思った。
私にとってはとても心地がいい。
「いいのよ。私も正直いろいろ知れて楽しいの。
持ちつ持たれつでいいじゃない」
「ありがとう。そして、ご馳走様。
あと、今日は魔道具を売りに行くから昼は必要無い。」
「お粗末様でした。わかった、じゃあ昼は私も適当に食べるわ」
カイルは食器を片付ける。これすらも彼は最初はできなかった。
家では食器を使う機会など無く、店ではお金さえ払えば全てやってくれる。
人は経験の積み重ねで形作られる。彼は今赤子のように初めてを繰り返して成長しているのだと思った。
カイルが地下に降りていった後、私は今日分の魔力補充を終えるといつものように近所のおばあさん、クレアさんの家へ向かった。
少し坂になった道を歩く、少し年月を感じさせるこじんまりとした家が見えてきた。
扉をノックすると声が聞こえてきたので中に入る。
「おはよう、クレアさん」
「おはよう、クラウディア。今日もしっかり扱いてやるから覚悟しな」
背は曲がっていながらも力強い言葉でクレアさんはそういう。
かなりの歳に見えるけど、ほんと元気ね。
彼女は何度聞いても年齢を絶対言わない。それに、どうやら病を患っているらしいのだが、たまに咳き込むくらいでぜんぜん元気だ。
以前聞いた話によると旦那さんは既に亡くなり、娘夫婦は遠くにいる。今はこの家で一人で過ごしているらしい。
口が悪く、その上偏屈な性格だが、それは父のようで親近感が湧くし、私は母が幼い頃になくなっているので年齢は全く異なるものの少しだけ母親というものを感じさせてくれる。
彼女のおかげでいろいろなことが知れた。本当に感謝している。
今日はどうやら裁縫を教えてくれるらしい。
彼女はいつものようにその口調とは正反対なほど丁寧に刺繍を教えてくれた。
「あんたは本当に器用だねぇ」
「そう?でもそうかもしれないわ。昔からいろいろ手を出してきたから似たような動作があると覚えるのも早いし」
「本当にあの変わり者の旦那にはもったいないくらいだ」
「何度も言ってるけど旦那じゃないのよ?家主と居候、ただそれだけなの」
何度言ってもこのおばあさんはカイルのことを旦那と言う。
その度に私も訂正するのだが次もまた同じことを言ってくるし。
「けどあんた、あの男と話してるときはずいぶん楽しそうじゃないか。最初していたふざけた掛け合いも無くなってきたようだし」
楽しそうか。周りからどう見えていたかを改めて聞かされると少し驚きがある。
そこまで楽しんでいるつもりは無かったのだが。
「楽しそうって聞いて少し驚いたけど確かに日々変わっていく姿を見ていくのを楽しんではいるかもしれないわ。最近は料理もしっかり褒めるようになってきたのよ?どう?凄い進歩じゃない?」
最初の頃と見違えるような変化を誰かに伝えたくて自慢げに伝えた。
「はいはい。わかったわかった。惚気話は他所でしてくれ」
彼女はどうでもよさげにそう答える。
少しモヤっとはしたが、無理に聞いて欲しいわけじゃないので我慢する。
「惚気話じゃないのに」
「まあ、相性が良さそうで何よりだ。
あの家の主は正直、ほとんど家を出ないし不気味だったんだ。父親もそうだったし」
初めてカイルの父親の話が出たので少し興味がある。
「そのお父さんってどんな人だったの?」
「わたしゃ長くここに住んでるけどほとんど会ったことは無いね。少しの間は女と一緒に住んでいたようだが、そいつはあんたと違って我慢できなかったみたいで子供を産んですぐに出て行ったようだし」
母親はあまりカイルに愛は無かったらしい。それに、聞いた感じ父もそうだ。
寂しいという気持ちすら知らないほどに人との繋がりが無かったのだと今ならわかる。
「そうなの。そういえばあの家がどういう一族だったか知ってる?元貴族らしいんだけど」
クレアさんは街のことならなんでも知ってるというくらいの物知りなので一応聞いてみる。
「いや。ほとんど知らないね。噂じゃ没落した貴族が返り咲こうとしてたらしいとは聞くけどほんとかどうかはわからない」
返り咲くか。没落した貴族が返り咲くのに戦場での栄華を魔道具に求めたというのはあり得るかもしれない。
戦場で大戦果をあげれば貴族の誉れを取り戻すには十分だろう。ほんとのところはわからないが。
「クレアさんがそれなら他の人はほとんど知らなそうね。ありがとう」
「私よりこの街を知ってる奴なんかいないからね。感謝しなよ」
「はいはい。いつも感謝してますよーだ」
クレアさんと一緒に昼食を作り、再び裁縫をやっていると
いつの間にか夕方になっていた。
彼女に別れを告げると、暗くならないうちに家に戻った。
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