第6話 小さき種

あれから一週間が経ち、家はようやく最低限の生活が送れる程度になってきた。




 掃除道具すらなかった家には着実に物が増えていき、逆にそれが生活感を感じさせつつある。




 まだ細かい部分は汚れているし、埃が積もってはいるものの台所付近は何とか使えるようにできたことがとても嬉しい。




 私は朝に魔力の注入をして、空き時間は近所で仲良くなったおばあさんに家事を教えて貰うという生活を続けていた。


 ちなみに、彼女と仲良くなれた理由は食事の度にカイルを怒りながら連れ出す姿がとても愉快だったようで、あちらから声を掛けられたことが始まりだ。




 だんだんカイルに慣れてきて言葉が強くなってきた私は、どうやらかなり大きい声を出していたらしい。暇な主婦たちがここ数日、決まった時間に街を歩くヘンテコな二人をネタにするくらいには。


 最初聞いた時はとても恥ずかしく、消えて無くなりたい思いだったが、ああしないとカイルは大樹のごとく家に根を張るので開き直ることにした。






 しかし、前は家事なんてやってこなかったからわからなかったけど思った以上に重労働だったのだと知った。




 魔法を使えばある程度短縮できるのだろうが、カイルは私が来てから魔道具の作成スペースを上げたようで、つぎ込むとほぼ空になるようになってきてしまった。


 ギリギリのラインを即座に見極めてくるところはカイルの優秀さというか魔法具作成特化の能力を強く感じる。




 そして、そのせいで魔法を使って手順を簡略化はできなくなっていた。


 でも、それを覚えていくのも楽しいからそれでもいいと思っている。


 おばあさんが教えてくれるのも当然魔法を使わない方法だし。




 料理の時は、薪を集め、火種を起こし、火を育てる。それでようやく料理を作ることができる。


 魔法のように一瞬では火がつかないのだと初めて知った。




 洗濯の時は、ようやく使えるようにした井戸から水をくみ上げ、そして手や足で揉むようにして洗う。煤の付いたカイルの服は何度か繰り返す必要もある。


 魔法のように水は際限なく使えないのだと初めて知った。




 掃除をする時は、埃を落とし、箒で掃いてゴミを集める。長い間放置していたから時間も当然かかる。


 魔法のように風でゴミを簡単に巻き上げられないのだと初めて知った。






 魔法を自由に使えるというのがどれだけ便利だったかを改めて理解させられる。


 そして、それと同時に魔法を持たない平民がどれだけ生活に労力を割いているかも。




 


 おそらく、屋敷を追い出せれることが無ければ一生知ることが無かったことだろう。




 今の毎日は大変だ。手間のかかる家主に、初めての家事、でも私はそれを楽しんでいる。


 我ながら得な性格をしているなと改めて思った。




 ちなみに、カイルの魔道具はこれらに関して爆発、高圧放水、突風しか生み出せないのでとっくに戦力外通告を受けている。










 とりあえず、今日の夕食は唯一作れるようになったシチューを作ることにする。


 ようやく外食頼りの生活が終わることに私は内心感動の涙を流していた。




 最近買いそろえた調理器具を準備すると、火種を作り、薪に火がついていくのを待つ。




 そして、その間に包丁で具材を簡単に切っていった。




 火が大きくなってきたので植物から採れる油を使って鍋で具材を炒めていく。




 そうしていると、薄くこんがりと焼き色がついてきたのでおばあさんの知り合いの牧場主から買ったミルクを入れてコトコトと煮込んでいく。




 ある程度できてきた段階で味見をする。






「よし。我ながら完璧ね。おばあさんも筋がいいって言ってたし私才能あるのかも」




 鼻歌を歌いながら鍋を火から外すとカイルを呼びに行くことにした。






 


 やはり、ここの階段は薄暗いなーと思いつつ炉から漏れる明かりを頼りにしてゆっくり下っていく。見慣れた彼の背中が見えてくる。






「カイル!ご飯の時間よ」




「ああ。もうそんな時間か。すぐ出かける用意をする」




「ふっふっふ、今日は出かけなくてもいいのよ」




「?どうしてだ?」




 カイルが珍しくキョトンとした顔になる。




「それはね……今日は私が料理を作ったからよ!!どう?すごいでしょ?」




 私はドヤ顔をしつつそう胸を張って言う。


 彼は意味が理解できたのか、驚いた顔になってこちらを見ており、その顔を見て更に楽しくなってきた。




「ほら、さっさと上に行くわよ。冷めちゃうでしょ?私の作った!素晴らしい!料理が!」




 早く見せつけたくて子供のように彼の服を引っ張る。




「あ…ああ。わかった。行くから」




 彼を引きずるようにして階段を上がる。




 皿を出して料理を盛り付ける。そして、買っておいたパンを添えて完成だ。


 カイルをじっと見る。彼は無言で食べようとするのでその手を力づくで止めた。




「待って。最初に言うことがあるでしょ?」




「?ああ、いただきます」




「よろしい!」




 彼はスプーンでシチューをすくって口に入れた。そして、腕が一瞬止まる。




 よし!なにを言うつもりかしら。美味しい?天才だ?最高だ?どれでもいいわよ?




 しかし、無情にも彼は何も言うことなくスプーンの動きを再開させる。




「ちょっと!!!」




「なんだ?」




「なんだじゃないでしょ!なんだじゃ。食べてみてなんか言うこと無いの?」




「ああ。そういうことか。少し熱いかもしれない」




「違うでしょーが!!」




「何を怒っているんだ?」




 くそー!この男にまともな回答を期待した私が無駄だった。


 直接伝えるのは癪だがやむを得ない。




「そりゃ怒るわよ。味について何か言って欲しいの!」




「そうだったのか。わるいな、気づかなくて。ちゃんとしっかり味がついている。店で食べたやつのが食べやすいが」




 この男、殴りたい。


 でも、我慢だ。こんなことにもここ一週間で慣れてきたじゃないの。




 …………絶対に美味いと言わせる。絶対に。私はそう固く誓った。




 













 料理が終わるとカイルはまた地下に籠った。




 私は後片付けをするとお風呂に入りながら考える。






 お父さまの音沙汰は全くない。しかし、爵位が剥奪された今の私が行っても王宮に近づけば恐らく罰せられるだろう。最悪思い出したように同じ罪で投獄されるかもしれない。 




 心配ではあるが、何もできることは無い。




 とりあえずの居場所は確保できてるし、時間をかけて情報を得ていこう。






 私がここに住み始めてから一度だけカイルが魔道具を売りに行ったことがある。




 そして、帰ってきたときに持っていた袋の中身を見て正直びっくりした。




 そこには平民の一家が半年は楽に暮らせるほどの金額が入っていたのだ。






 カイルは私のおかげで効率的な開発ができているとは言っているが正直そこまでの大金が動いているとは思っていなかった。




 あの魔導士狂いが他の生き方を考えなくても淡々と生活できる理由がわかった気がする。 




 あれだけのお金がある程度定期的に入ってくるのであれば彼の生活スタイルだと余裕をもって過ごせるだろう。




 あれだけお金を持っていても彼は自分のものをほとんど持たない。




 必要か、不必要か、何をするにしてもゼロか、一かの判断で生きているのだ。






 私が毎日怒り、不機嫌になりつつもここを出ていこうとまでは至らないのはそこが原因だろう。彼に悪気が無いのははっきりとわかるのだから。






 いつまでここにいれるかはわからない。


 でも、彼が自分の意思で何かをやれるようになれたらいいな。そう思った。

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