第3話 色無き足跡

食事を終え、カイルは寄り道せずまっすぐ家に帰るのかどんどん歩いていこうとする。


 正直、歩くのが早くついていくのがやっとなほどだ。 




 だが、どうしても解決しなければいけない問題があるので、心苦しいとは思いつつも声をかける。




「待って!カイル


 ……ごめんなさい。服や雑貨を少し買いたいのだけれど、お金を貸してもらえないかしら?」




 下着などもあるので男性にそれを伝えるのは少し恥ずかしい。だが、さすがに今の一枚で過ごしていくのは無理だと、覚悟を決めてそう伝えた。




 彼は、呼び止めたことに不思議そうにしていたが、話を聞くと納得したような顔で財布を渡してきた。




「これで足りるか?」




 渡し過ぎだ。この人はどうやってお金を稼いでいるのだろうかと気にはなりつつも、とりあえず買い物を優先することにした。




「ええ。大丈夫


 それと……服屋とかの場所も教えて貰えると助かるのだけど」




「そうだな。悪い。案内するよ」




 彼はそう言って歩きだしたので、その後ろをまた頑張ってついていった。


 私のために彼の時間を使わせてしまっているのだし、ゆっくり歩いてとは、言えないよね。


 悪い人だとは思っていないが、気やすさはまだなかった。




「ここの通りにだいたい揃っている。ついていった方がいいか?」




「大丈夫。ありがとう」




「そうか。家までの道は覚えられたか?」




「それも大丈夫」




「なら、先に帰ることにする。後でな」




 彼はそう言うとさっさと歩いて行ってしまった。


 いくらなんでも財布を昨日あった女に渡していくのは不用心すぎやしないだろうか。それとも、かなりのお金持ちなのか。




 正直、ここまでの彼を見ていると、魔道具以外はあまり眼中にないというのが正しいのかもしれないが。




「まあ、下着を買う姿を見られたくないのは事実だしいっか」




 呆れはあるが、気持ちを切り替えて買い物に行く。






 我が家は代々財務を担っていたということもあり、貴族としてはかなり倹約していた方だろう。また、父が偏屈な性格をしており、それに輪をかけて質素倹約を心掛けていたため、私もそれに強く影響を受けている。




 お金の価値や節約の重要さは口酸っぱく言われてきたので当然知っている。それこそ、言い値で払う貴族も多い中、納品する商人との交渉も父に教えられ、最近では私自身でさせられていたほどだ。


 その上、私がそれほど物に執着するタイプではないということもあって、普通の令嬢なら買い替えるところ、外から見てわからないものならそのまま使っていたことも多いので、あまり旨みの無い客だったことだろう。




 もちろん、良き伴侶を見つけ血を繋いでいくということは貴族の責務であるため、誰にも見られることの無い寝室を除いては、アクセサリーの類もしっかりと身に着けていたが。






 しかし、着の身着のままで放り出されしまった今を思うと、それらの経験に助けられたのではないだろうかとも思う。


 貴族用ご用達の店ではなく平民が使う店で衣服を見繕うというのは普通の貴族令嬢であれば耐えられないかもしれない。


 戦場ですら誉れを重視する多くの貴族にとって、見栄とはそれほどに重要なものなのだ。

















 とりあえず、必要なものだけ買うとカイルの家に戻る。




 カイルがいる状態の家を初めて外から見たが、大きい真っ黒な煙突が裏手の少し離れたところに立っていた。そして、今はそれが煙をあげている。


 昨日は恐らく闇夜に紛れたこと、そして煙を吐いていなかったことで気付かなかったようだ。




 玄関とは反対側にあるので朝は気づかなかった。


 おそらく、あれの熱のおかげでお湯が使えるようになっているのだろう。




 でも、本当に大きな家。使われている気配は無さそうだが、簡易の屋根までついた井戸らしきものまである。


 それにかなり立派な構造で作られているようで、その外観は長い年月を感じさせつつも全く壊れる様な気配は無い。


 纏わりついている蔓や伸びっぱなしの植物を整えるだけでその見え方は大きく変わると思う。




 昔は貴族の家系だったというのは本当だろう。


 近年は使うことがそもそも無くなったり、美しくないという目的で取り払われることは多いが、昔の貴族は武具すらも自前で調達しており、その屋敷は家であるとともに生産拠点や軍事拠点を兼ねていたと聞く。 




 私が外に出ていないため鍵を掛けていなかったのか、閂の掛けられていない玄関を開け、荷物を自室に置くと、朝と同じように階段を下っていく。


 二階部分は採光用の大きな窓が至る所にあるので明るいが、地下は流石についておらず、僅かな赤い光を頼りに下っていく。




 カイルが何やら作業台で何か作っているようだ。金属を叩くような音が断続的に聞こえてくる。




「ただいま!お金ありがとう」




 少し大きめの声をあげるとカイルがこちらを向いたため、お礼を言う。


 戻ってからずっと作業していたのか、その額には汗をかき、髪の先を濡らしていた。




 比喩でもなんでもなく、本当にこの人は一日魔道具を作っているのかもしれない。


 やるか、やらないか。本当に極端な人なのだわ。




「ああ。あんたか。必要なものは買えたか?」




「ええ。ありがとう。財布返しておくわね」




 カイルに財布を返す。だが、一つだけ気に入らないところがあるのでそれだけは伝える。




「昨日も名乗ったけど私はクラウディア、少しの間とはいえ、一緒に住むのだからせめて名前で呼んで頂戴」




 貸し借りはしっかり返す。だが、一緒に住む以上、人同士の繋がりを失ってはいけない。


 私は、彼を取り囲んでいる放置されたままの魔道具と違い、生きている一人の人間なのだから。




「あ…ああ。わかったよ。クラウディア」




 彼は一瞬戸惑ったあと私の名前を呼ぶ。


 気の強い女と思われただろうか。だが、それでもいい。


 偏屈な父と過ごしてきた私は、変わり者には少々強く自分を主張しなければいけないというのはわかっているのだから。















 その後、彼が作った魔道具に魔力を注いでいくことを頼まれたため順番に入れていく。


 彼自身、というか彼の家系は元が貴族だった名残なのか平民よりは魔力を持つもほとんど変わりは無いようで、道具は作れても実証実験が滞ることが多かったらしい。




 平民の中にルーン文字を理解し、魔方陣を構築できるものがいても魔道具作成まで至らないのはこれも理由の一つだ。


 魔方陣はルーン文字をもとにその効力が決められる。そして、貴族はその受け継がれてきた魔方陣構築のノウハウがあり、どのように構築していけばどういった結果が得られるのかを経験的に理解している。さらに失敗しても魔力量が豊富だからあまり影響は無い。






 対して、平民のルーン文字を扱えるものは一からノウハウを組み立て、ほとんど実験もできない。そのような中で有用な魔道具を完成させていくのはなかなかに険しい道のりだろう。


 魔力量が多く、ルーン文字を扱えるようなものがいればどうか?奇跡的な確率でいるかもしれないが、魔力量は両親の影響を強く受ける。




 貴族以外と子を産めば概算では親の半分に、そして、繰り返すごとに平民との誤差の範囲に落ち着いてくる。


 このため、魔道具が平民に普及することはこれまで無かった。






 しかし、凄い数の魔道具が実験が行われないまま作成されていたらしい。しかも、貴族が日常生活用として作る小型のものとは違って、その多くは大型でカイルに聞くと戦闘用のものらしい。




 戦闘用の魔道具なんてほとんど聞いたことがない。目くらまし用等ただの補助的なものなら確かにあるようだが、間違ってもこんな大型なものはない。


 今かなりの魔力を込めていっているこれらの魔道具がどんな効力を持つものなのかというのと有形の魔方陣で本当に動作まで耐えられるのかというのがすごく気になってきた。




 一通り魔力を込め終わったら近くの平野で実験をするらしいから見に行かせてもらおう。

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