第4話 心すらも持たぬ者

とりあえず、一通り魔力の充填は終わった。


 さすがに疲れた。それに、魔力もほぼ空だ。今日はこれくらいで勘弁してもらおう。


 今日使ったお金分くらいは十分働いたと思う。




「カイル。終わったわ。でも、これで魔力はほとんど使い切っちゃったから明日以降にして貰えると助かるわ」




 そう伝えると、ずっと魔法具を弄り続けていたカイルの動きがようやく止まり、こちらを見た。


 そして、淡々とした表情の多い彼には珍しく驚いた表情になる。 




「それを全部?すごいな。やはり手伝ってもらって正解だった。これだけの量を一日で補充できるならこれまでと実験効率が段違いだ」




 発言の内容から少しは嬉しそうな顔をするかな、とは思ったがそうでもないようだ。ただ、事実をそのまま述べているだけのようにも見える。


 この無表情で私に全く関心が無い顔を見てを笑わせるにはどうしたらいいのかさっぱり想像がつかない。いつもムスっとした顔の父の方がまだ笑わせるのは簡単そうだ。




 ただ、無理、できないと思うと逆に手を出したくなるのだから本当に私は難儀な性格をしているなと改めて自分に呆れている。 




「これから実験に行くの?かなりの量から運び出すのにも苦労しそうだけど」




「いや。炉の熱で生じさせた水蒸気を使って動く台があるからそれで外に搬出する」




 なるほど、本当にこの場所はよく考えられているようだ。炉はまだ現物を見ていないのでどんなものなのか非常に興味があるが、暗くなる前に実験しなければならないので流石に我慢する。




「すごいわね。実験の後でいいから炉を見せて貰ってもいいかしら?」




「かまわない。では運び出すからこの台車に乗せるのを手伝ってくれ」




 台車に乗せ炉があるらしい小部屋の横にある引き戸を開けると中に滑車付きの台のようなものがある。大型の魔道具も搬出できるようにするためかかなり大きい。


 正直、こんなものは今まで見たことが無い。本当にこの家は謎に包まれている。


 重量もかなりのものが運べるようで、私達二人も台に乗るとかなりゆっくりではあるが、少しずつ斜め上に動くようにして登っていく。




 初めて乗るけどこれはちょっと乗っていてワクワクするかもしれない。ただ、かなりゆっくりな上、そこそこ昇りきるまで距離があるようでなかなか止まる気配が無い。


 カイルも黙っているだけで特にすることがあるわけではなさそうだし、気になってたことを聞いてみようかしら。




「そういえば、けっこうお金を持っていたようだけれど、収入はこういった魔道具から発生しているの?」




「ああ。だが、本来の作成目的である戦闘用として使われることは無いな。単純に珍しさから金持ちの商人や物好きな貴族が買っていくことがほとんどだ」




「確かに珍しいわよね、これ。でも、なんで戦闘用ばかり作るの?」




「もともと俺の家系自体がそういったものしか作ってこなかったらしい。父から教えられたのもこれだけだ」




 それは少しおかしい気もする。魔道具はそもそも日常道具として作られることがほとんどで、戦闘で使うのはほとんど無い。


 それに、需要があって作っているならまだしも戦闘用で作ってる魔道具なのにそれ目当てで買う人もいない。




「そうなの。なぜ戦闘用しか作ってないか理由は知ってるの?」




「いや、聞いてない。ただ、一族の悲願がどうのと父は言っていたような気がするが」




「それってすごく重要な部分じゃないの?」




「そうなのか?あまり興味ないが」




 めちゃくちゃ大事な部分じゃないのそれ?なんでこの男はそこに興味ないのよ。


 ツッコミたい。すごくツッコミたいが、無駄に終わる気配しかしないので我慢しよう




 そんなことを話していたらようやく終わりが見えたようだ。台が移動する部分の端が見えた。


 そして、台が止まる。カイルは操作用と思われる棒状の何かを触った後、台車を押して動かし始めた。




「ここはどこなの?」




「家からそこまで離れていない。ただ、家の裏手には小高い崖があってそれに阻まれている関係上誰もここに来ないん場所になっている」




  エレベーターを取り囲むように簡易的な小屋のような形になっているようだ。そして、エレベーターを降りてすぐ先に大きめの引き戸があり、それを開けると周りに何もない大きな平野が広がっていた。




「なるほど、確かにここなら実験にうってつけね」




「そうだな。早速取り掛かろうと思う」




 カイルはまず大きい筒状の魔道具を取り出した。そして、地面に斜めに突き刺し土をかぶせて固定する。


 そして、魔力解放用と思われる仕掛けを触った。




 その瞬間筒から火球が発射され、当たった場所で破裂する。 


 放った後すぐに片付け始めたところを見ると一回打ち切りのようだが、魔道具自体も壊れている気配は無く、有形の魔方陣としては破格の耐久力を持っているようだった。


 確かに凄い。だが、すごく中途半端で、これが戦闘用として使われない理由が一瞬で分かった。




「これ魔道具として凄いとは思うけど正直戦闘に使われるような需要は無いと思うわ」




 少々酷な物言いにはなるが、こんなものが戦闘用で使われることはまずない。無駄な努力をさせないためにも教えてあげようと思った。


 だが、彼は別に気にするでもなく言った。 




「ああ。わかっている。さんざん言われてきたことだ。


 無形の魔方陣で作る魔法のが圧倒的に威力があるうえ、大型で持ち歩くのには不便。


 その上連発もできずコストもかかるとなれば耐久性以外特筆すべき点が無いとでもいうのだろう?」




「……分かっていたのね。なら、なぜそれを知りながらいまだに作っているの?」




「それしか俺は知らないからだ。


 幸いにも元々の目的とは違うが、これらを買うやつは少数ながらもいて、生活にも全く困ったことは無い。それが理由だ」




「それは……結果だけ言えばそうなんだけど。 何か他のものを作りたいと思ったことはないの?」




「無いな。全く」




 この男はやはり変だ。人間味が無いと言ってもいいだろう。恐らく、これからも変化はないだろう。ただ、延々と、そして淡々と魔道具を作り続けている気がする。


 それは少し悲しい。そう思った。




「これから作りたいものを探しましょうよ」




「いや。これまで散々作ってきて嫌だと思ったことは無いしな。逆にこれが作りたいと思うこともないだろう。だから必要ない」




「…………あなたがそういうのならもう何も言わないわ」




 それからは無言で実験が行われた。


 そして、様々な魔道具が試されるも、それは全て戦闘用で、最初のものと同じくその中に戦闘用として需要があると言い切れるものは一切無かった。

















 実験の後、朝と同じ店に夕食を食べに行き、家に戻ってきた。


 その間、私は考え込んでいて、カイルはもともとほとんど自分から喋らないため、お互い無言だった。




 カイルの生き方は悲しすぎると勝手に思う。


 それに、今は私がいて一緒のものを食べているからまともなものを口にしているが、それも恐らく私がいる間だけだろう。




 この家には生活感が無さ過ぎるのだ。それこそ魔道具しか住人がいないように感じられた。




 余計なお世話だろう。それでも、この家にもう少しだけ、命を吹き込もう。


 これまで家事なんてしてこなかったから正直どうすればいいかはあまり知らない。




 でも、少なくとも今よりはマシになるはずだ。




 魔道具しか知らない彼に少しだけ人の温もりを与えてあげたい。そう思った。




≪全てを失ったはずの彼女でも、彼よりは持っているものが多かったようだ。心そのものすらもその時の彼にはまだ無かったのだから≫

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