第2話 音の無い家

翌日、朝起きると一瞬、見慣れない部屋に戸惑う。


 しかし、昨日屋敷を追い出されたこと、そして、カイルの家にお世話になり始めたことを思い出す。




「そうか私、屋敷を追い出されたんだった……」




 昨日のことを思い出して少し悲しくなるが、切り替えるようにして伸びをするとベッドから立ち上がる。




「お父様も直に解放される。そう信じましょう」




 そして、自分に言い聞かせるようにして気合を入れると扉を開け、部屋を出た。






 昨日は暗くてよく見えない部分もあったが、今は差し込む太陽の明かりに照らされて家の様子がしっかりと見える。




「カイル一人で暮らしているとは言っていたけど。これは……なかなかすごいわね」




 部屋を出るとすぐに廊下があるが、ちらほらと魔道具が転がっているのが見える。


 昨日玄関を開けるとすぐに広い居間があったが、そこから更に進出し、廊下まであふれ出てきているようだった。




 玄関の方へ歩いていき、居間に行くとやはりここにもたくさんの魔道具がある。中には、かなり年季の入ったようなものもあり、もしかしたらカイルだけが作ったわけでは無いのかもしれない。正直、これほどの数の魔道具は貴族の屋敷にすらないだろう。




 また、それを除いても家はあまり丁重に管理されているわけでは無いようで、頻繁に使われるトイレや風呂、そして廊下を除くと埃がたくさん被っている。


 台所も同じくそうだが、全く使っていないことが逆によかったのかもしれない。部屋は埃やチリが充満しているのみで何かが腐ったような匂いは特にしない。




 これはカイルだからなのか、男の一人暮らしだからこうなのかは独身男性の一人住まいを訪れたことがないのでよくわからない。


 ただ、一般的な家とは状況が違うのは確かだろう。












 魔道具はほとんど普及していない。なぜか?


 それは魔法の知識のある物しかそれを作れないからである。




 魔法の行使には魔方陣が必ず必要となる。


 魔方陣を用意し、そこに魔力を通す、そうして魔法が形を成す




 魔方陣とは古き民が使っていたとされるルーン文字で魔法のイメージを書き記す、いわば設計図のようなものだ。


 その文字は貴族なら誰もが扱えるものだが、それは幼少から教育がされているからだ。




 そもそも平民は自分の名を書き記すこともできないものが多く、貴族以外でルーン文字を扱えるものなど、本当にごく一部の人間だけだろう。




 また、この魔方陣にも種類がある。


 無形の魔方陣。魔力そのもので描くように空間そのものに形成される。


 貴族が使うのはほぼこれであり、強力な魔法を使うために不可欠なものであるため、戦争において華々しく活躍することを重要視する貴族にとっても無くてはならないものである。




 有形の魔方陣。石板や鉄板などに掘り刻まれたり、インクで描かれたりして形成される。


 魔法の行使の度に描かなくてはいけない無形の魔方陣と違い、事前に用意することができるため展開速度は速い。


 だが、貴族が使う戦闘魔法は基本的に大量の魔力を通す必要があり、その際にかかる負荷もかなりのものであるため、高価な素材でも何度か使えば崩れてしまう。加えて、書かれた内容の魔法しか使用できないので、様々な魔法を行使しようとすると大量に持ち歩く必要が生じる。


 このため、一部の物好きや魔力をそれほど通さない、個人的に使う日用品くらいにしか使われない。






 このように、それを作れる人にとってあまり必要なものでないためほとんど普及しないのだ。












 とりあえず、カイルに朝の挨拶をしようかと思い地下室に繋がる扉へ向かう。


 先ほど風呂の前を通った際、排熱用らしき設備は動いていた。起きている間は使えるといっていたし、どうやら彼は起きているらしい。




 扉を開けると階段の奥に炉の光だろうか、赤い光が漏れ出しているのが見える。


 階段はそれほど長くないようで、暗くはあるがその光のおかげでどこに段差があるかが微かに分かる。気を付けながら下っていき、平たい地面にたどり着く。


 段差を確かめるために降りる間ずっと下を向いていたが、前から声がかかったため顔をあげる。カイルがこちらに気づいたようだった。




「よく眠れたか?」




 彼はずっと起きていたのだろうか、無表情ながらも少し眠そうな顔でこちらを見ている。




「おはようカイル。ありがとう、よく眠れたわ。貴方はずっとここに?」




「ああ。もともとは上の階に俺の部屋もあったんだけどな。今はもっぱらここで生活している。それでどうした?なにかあったか?」




 部屋の隅を見ると布団に加えて、水の入った瓶や干し肉のようなものが転がっていた。


 どうやら健康的な生活はしていなさそうだった。




「いいえ。ただ朝の挨拶に来ただけよ」




「そうか。それはわざわざすまなかったな。父との間にはあまりそういった習慣がなかったから、少し新鮮な気持ちだ」




「そうなの?……失礼な物言いに聞こえるかもしれないけど……その、かなり極端な生活をしているのね」




 柔らかい物言いにはしたが、人によっては気にするかもしれない。


 だが、彼は全く気にしていないらしい。相変わらずの平坦な顔を保っている。




「そうかもしれないな。父がいた時も含めて俺の生活はそのほとんどが魔道具作成に充てられてるから」




 確かに、あの居間を見たら容易に想像できる。元々は貴族の家系だったらしいと言っていたがそれが関係あるのだろうか。




「そうなのね。そこまで魔道具を作る理由を聞いてもいいのかしら」




「特に深い理由は無い。物心ついた時から父にそう教えられ、今までそうやって生きてきたってだけだな」




 かなり複雑な家庭環境だったのかもしれない。外と関わりを持たないうえ、そうずっと教えられてきたならそれしか知らないのかもしれない。




「お母さまなどはいなかったのかしら」




「ああ。よく知らないが突然いなくなったと父は言っていた。俺は会ったことすら無い」




 私も長い間男手一つで育てられてきたが、母がいなかったわけでは無い。単純に早くに病気で亡くなったからという理由だ。


 しかし、彼は違ったらしい。一瞬沈黙が流れる。




「……そう。それで?私にも何か手伝えることはある?」




 とりあえず、このままいくと会話が変な方向にいきそうだったので切り替える。それに、なにもせずにただ貰うだけというのも私の主義ではない。




「ああ。いや、その前に朝飯にしよう。ただ、俺の家にはろくなものが無いから外に行くことになるが」




「お世話になっている身だし干し肉でもいいわよ?」




 正直きちんとしたものが食べたいが、まだ何もしていないので若干気が引ける。




「いや。あんたの魔力量は実験にかなり有用だ。空腹で動けないままじゃ意味が無いからな」




「そう?それならありがたく頂戴しようかしら。ありがとう」




 そういう理由なら食べさせて貰おう。後でしっかり働くことにする。




「気にするな。必要なことだしな。以前食料を切らしたときに使った店がある。あまり洒落た店じゃないが、そこでいいか?」




「ええ。食べさせて貰えるだけありがたいもの。文句を言うつもりはないわ」




「そうか。それじゃあ早速行こう」




 彼が階段の先にある小さな部屋に入っていく。


 すると、赤い光が少しずつ弱まってきた。どうやら炉の火を落としたようだ。


 そして、手元に明かりを持つと、私を案内するように階段を上がっていった。















 カイルの後についていくと宿屋だろうか?ベッドのような図の書かれた看板がかかっている建物に着いた。


 彼が中に入っていくのでそれに続く。


 店員らしき人が立っており、声をかけてくる。




「いらっしゃい」




「ああ。朝食のセットを二人分くれ」




「はいよ」




 店の中にはそれほど客はいないが、ちらほらと人がいるようだ。


 ただ、彼は特に知り合いがいるわけでは無いようで淡々と注文だけしている。




「ここにはたまに来るのかしら?」




「いや。前に一度だけだ。以前食料を切らしてからは量をきちんと確認するようにし始めたからな」




 いいことではあるが、いいことではない。若干の呆れとともに彼の人間性が少しつかめたような気がしてきた。


 すぐに料理が運ばれてきて、今彼は目の前で無言のまま食事を続けている。おそらくだが、特に不機嫌なわけでは無く、これが通常なのだろう。




「食事を誰かと食べることはなかったの?」




「無いな。父ともほとんど一緒に食べたことは無い。それぞれが、思い思いに作業をし、空腹のときに何かを口に入れる。そんな感じだ」




 わかってはいたが、ひどい。もう少し人間らしい生活をさせたほうがいいのでは、という思考が僅かながらよぎった。




「……そう。本当に魔道具が生活の中心だったのね」




 そして、私も料理を無言で口に運んだ。


 とりあえず、今の私は手持ちが一切ない。そんな中で食事まで世話になっているのだからせめて仕事を手伝おう。そう思った。

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