第一章 追放対策

第1話


「……無佐君。才無佐君……。才無佐君!」


 徹也の耳に、そのような声が聞こえた。それによって徹也は目を覚ます。すると目の前には、優愛の顔があった。


「才無佐君!良かった……!」


「っ……。光浦……?何が……」


「……全員、目覚めらたようですな」


 徹也には聞き慣れない声が、耳に入ってきた。それが聞こえた方を向くと、そこには見慣れない老人が立っていた。その老人はそのまま話を続ける。


「突然召喚してしまい、申し訳ありません。ですがどうか、どうか私達の国をお救いください」


 老人はそう言って頭を下げた。だが、これに対する言葉は徹也達から何も返ってこなかった。皆、この状況が一切理解できずに気が動転しているのである。


「……重ね重ね、申し訳ありません。いきなりこんなことを……。しかし、どうかご理解ください。歓迎の宴をご用意しておりますので、そちらの方でご説明できればと……」


「……分かりました」


 老人の言葉に答えを返したのは、刀夜だった。徹也達の教師として自分がしっかりしなければと、気持ちを持ち直したのだ。


「今の私達には、何が何だか分かっていません。ですので、具体的な説明を求めます」


「もちろんでございます。どうぞ、こちらへ」


 老人の後に続き、刀夜が先頭となって歩き始める。生徒達も戸惑ってはいるが、続々と刀夜の後に続く。徹也も例外ではなく、優愛達と共に歩き始めた。


「……ねえ才無佐君。これって……」


 少し歩くと、優愛が徹也に話しかけた。この状況について話したかったのだ。


「……ああ。ラノベで流行りの異世界召喚ってやつだな……」


「や、やっぱり、そうなんだ……。これからどうなるのかな……?私達……」


 徹也のその言葉を聞いて、舞がそう言う。不安なのだ。そんな気持ちになっているのは舞だけではなかった。恐らく、このクラスの全員がそう思っていることだろう。


「……そうね。分からないことばっかりだわ。そういう意味では、頼りにするわよ。才無佐君」


「いや何でだよ……。俺も今何も分かってないぞ」


「だってよく異世界転生・転移のライトノベルを読んでるじゃない。この中では一番この事態に対する知識があるでしょ?」


 治伽のその言葉に、徹也はうっ、となる。確かに、そう言われればそうかも知れないが……、創作の世界と現実では違うところが多々ある。徹也は自分のこの知識が役に立つかどうかは保証できなかった。


「……だが、それが役に立つかどうかなんて――」


「分かってるわ。……でも、そう思わせて。お願い……」


「っ……!」


「「治伽ちゃん……」」


 治伽のその顔は、優愛や舞と同じ不安に満ちた表情だった。治伽は刀夜と同じように、自分達とは違って冷静でいてくれると、自分達を引っ張ってくれると、そう徹也は思い込んでいた。


 だが、それは違った。いかに徹也達よりも大人びていて、纏めてくれていようとも、徹也達と同じ高校生なのだ。


 何か一つでも安心できる要素を見つけようとし、冷静であろうとする。それだけでも、高校生にとっては酷なことだ。むしろ、それができている治伽は凄いと言えよう。


 徹也はそんな治伽に対して、尊敬の念を抱く。それと同時に、少しでも治伽の力にならなければと思った。


「……大丈夫、とは言えないが、頼ってくれていい。俺にできることなら、協力させてもらう」


「わ、私達にも頼ってくれていいからね?治伽ちゃん」


「そ、そうだよ!一人じゃないからね!」


「……ええ。ありがとう」


 徹也達の言葉に対して、治伽はそう返して口を綻ばせた。その顔は優愛の笑顔とはまた違った可愛さがあり、徹也は少し顔を赤らめて治伽から顔を背けた。


 すると、徹也は誰かから睨まれている風に感じた。徹也はその人物を探したが、徹也のことを睨んでいる人物は徹也の視界にはいなかった。代わりに徹也の目に入ったのは、徹也のことをジト目で見てくる優愛と舞の姿だった。


「徹也君……。照れすぎじゃない……?」


「確かに私でも可愛いって思えるぐらいさっきの治伽ちゃんは可愛かったけどさー……。それにしても……ねえ?」


「い、いや……。べ、別に照れてないけど……」


(な、なんか光浦も小早川も怖いんだが……。何で俺をそんな目で見てくるんだよ……。望月、俺はどうすれば……)


 そういう意味を込めて、徹也は治伽の方を見る。すると治伽は徹也の視線に気づきフフッ、と笑ってから、優愛と舞に話しかけた。


「優愛。才無佐君は優愛の笑顔を見た時もこんな反応をしてるわよ」


(ちょっ!望月!?)


 徹也は治伽のその言葉に驚き止めようとするが、時すでに遅し。治伽の言葉に対して優愛がすぐに反応した。


「え!?そ、そうなの!?」


「ええ。それに才無佐君、去年の文化祭での舞のダンスに見惚れてたし」


「ふえ!?そ、そうなんだ……。ふ、ふーん……」


「や、やめてくれ望月……!もうやめてくれ……!」


「あら。私は本当のことを言っただけだけど?それよりも、優愛も舞も顔が赤くなってるわよ?」


 徹也が恥ずかしさで先程よりも顔を赤くしながら治伽に訴えるが、治伽はそれを相手にしない。それどころか、顔が少し赤くなった優愛と舞をからかっている。


「う、うう……。き、気のせいじゃないかな……?」


「そ、そうだよ!べ、別に照れてなんかないんだからねっ!」


(いや、その言い方したら本当は照れてるって言ってるようなものだぞ……。まあ、ふざけてるだけなんだろうけど……)


 舞のツンデレのようなセリフに対して、徹也はそう思う。徹也はよもや、舞が本当に照れているなどとは思っていなかった。まあ、実際は本当に照れているのだが……。


 ともあれ、徹也はもうこの空気で耐えられる気がしなかった。なので、徹也は今度こそ止めてもらおうと、治伽に訴えかける。


「も、もういいだろ望月……。勘弁してくれ……」


「ふふふっ。分かったわ。止めてあげる。丁度、目的の場所に着いたみたいだしね」


 治伽のその言葉を聞いて、徹也は足を止めて前を見る。するとそこには、大きな扉があり、徹也達の前を歩いていた生徒達もその扉の前で止まっていた。


 徹也がその大きな扉を見て驚いていると、周りからいくつもの視線を感じた。徹也が周りを見渡すと、その視線はクラスメートの男子達から睨まれているものだった。


(え?何で俺が睨まれ――……ああ。そうか。そりゃそうだわ)


 一瞬、徹也はなぜ睨まれているのか分からなかったが、優愛に舞、それに治伽を見て合点がいった。クラス、いや、学年でもトップレベルの少女達三人と話しながら歩いてきたのだ。話している内容が分からなかったとしても、その事実だけで嫉妬するに値する。


 徹也はそれに気付いた後、小さくため息を吐いた。しかし、もうこれはどうにもならない。後で追求はされるかもしれないが、今は気にしないでおこうと徹也は考えた。故に、その視線を無視し、気持ちを整える。


「……では、どうぞこちらへ」


 老人はそう言って、大きな扉を開いた。

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