第3話
***
「……なぁ、倉井って本当に霊感あると思うか?」
好きな作家の名前が並んだ本棚を眺めながら、文司が尋ねる。
「まっさかぁ」
椅子の背にもたれ掛かって欠伸を噛み殺しながら、石森は文司の疑問を笑い飛ばした。
「あるわけねーだろ。霊だのなんだの」
「……うん」
文司も目を伏せて苦笑を浮かべた。
それにしても本が多い。と、文司は天井まで届く本棚を見上げて感心する。本が好きな文司には嬉しい場所なのだが、石森にとっては頭が痛くなるだけらしく、奥の方に入ってこようとしない。
奥の棚の本にはうっすらと埃が積もってしまっている。本屋で平積みにされているような中高生が好んで読みそうな本は少ないので、利用者はさほど多くなさそうだ。
埃を払いながら奥に進むと、一番奥の壁にドアが一つ、ぽつりと貼り付いていた。校舎全体が古く重々しい内大砂に似つかわしくない、比較的新しいアルミ製のドアだ。その、あからさまに後から取って付けたような感じが図書室の雰囲気から浮いていて、文司は引き寄せられるようにドアに近付いた。
「なあ、こっちは図書準備室として、このドアはなんだろ?」
図書準備室の扉はきちんと別にある。そちらは古い木の扉だ。
「倉庫じゃねぇの?」
本棚に遮られて見えないが、興味がなさそうな石森のいらえが返ってくる。
「あ、開いてる」
ノブに手を掛けると、錆びた音がしてドアが開いた。わずかなカビの臭いが滑り出てくる。
「うぉ、埃っぽい」
そこは八畳ほどの広さの小部屋だった。
本のぎっしり詰まった本棚が二つと、それに収まりきらない本が床に山のように積み上げられている。
「すげえ、本の山。もったいないなぁ」
本好きが見たら眉をひそめるだろう光景に、文司も思わず吐息を漏らす。一歩足を踏み入れると、ひやりと冷たい空気が頬を撫ぜた。
いったい何のための部屋なのだろう。こんな風に図書準備室とは別に物置部屋を造る必要があるのだろうかと、文司は首を傾げた。
その時、足元でばさっと大きな音がして、文司はびくっと肩を揺らした。目を下に向けると、床に赤い表紙の絵本らしき装丁の本が広がっていた。
(どこから落ちたんだろう?)
不思議に思いながら腰を屈め、本を拾い上げた。
繊細なイラストに英語の詩が付いている。
「マザーグースか……」
英語のみで訳は付いていない。文司はなんとなく読めるが、中学生で訳の付いていない本を読める者は少ないだろう。だから、こうして物置にしまい込まれているのかもしれない。
(きれいな本なのに……もったいないな)
ぺらぺらと頁をめくりながらそう思った時だった。
突然、背筋が総毛立って、体が硬直した。自由の利かなくなった手から本が滑り落ちて床に広がる。息がかかるほどすぐ後ろに誰かが立っている。その視線を痛いほどに感じて、文司の額から汗が噴き出した。
振り返らなければ。振り返って正体を見なければ、取り返しの付かないことになる。文司の本能がそう告げていた。だが、蛇に睨まれた蛙のように体は硬直していて、指一本動かせない。
背後の何者かが、動く気配がした。文司はぎゅっと目をつぶった。
(捕まるっ!)
右の肘の辺りを、何かがそっと撫ぜた。
「おい、もう帰ろうぜ」
入り口から覗き込んだ石森に声をかけられて、その途端に背後の気配は消え空気がぐっと和らいだ。
「どうした?」
様子に気付いた石森が心配そうに尋ねる。
「……何でもないよ」
文司は額の汗を拭って答えた。内心の動揺を押し隠して、足早に部屋から出た。
「樫塚?」
「早く帰ろう」
心なしか、右腕が重いような気がした。その重さを振り払うように、文司は右腕をぎゅっと握り締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます