第28話 イライアスの憂鬱

「見つからないわね……」


 マイアがいつ終わるともしれない階段を下りながら、心配そうに呟く。


「それにここは本当に坑道の中か?」

「確かにね」


 マイアとレオが下っているのは螺旋階段だった。


「鉱石を掘るのに螺旋階段など必要だろうか……」

「私達が竜と戦った場所も単なる坑道の広い空間って訳じゃなかったわ。なんというか、宮殿の大広間みたいなところだったのよ」

「ではここもその地下宮殿の一部ということかか」

「おそらくは。ミミ、大丈夫かしら……」

「イライアスは心配じゃないのか?」

「あいつのことは別に良いわよ」


 マイアの言い草にレオが苦笑いする。


「ひねくれるには、ひねくれるにはだけの理由があると思わないか?」

「どうかしら……でもま、レオの言いたいことは分かるわ。ミミの態度があまりにも自信無さげなのは、たぶん過去に何かあったんだろうなって思うことあるもの」

「イライアスにもそういうことがあったんだろう」

「魔女や魔法使いは好かれないから?」


 レオが頷く。


「魔力の資質を持つ者、というか発現する者というべきかな、というのはそもそも圧倒的に少ない。だから俺も詳しくは知らないが、幼い頃は魔力の制御が難しいらしい。それで予期せぬ事故が起きたり、悪気無く不吉な予言をしてしまったり、本人の意図とは関係なく事件を引き起こしてしまうそうだ」

「つまり、あの2人も多かれ少なかれそういうことがあったってこと?」

「それは分からないが、何かしら偏見やら嫌な思いはしただろうな」

「なるほど」


 それならイライアスが皮肉気なのも、ミミが妙に人の顔色を窺う瞬間があるのも理解出来る。ある種の防衛反応なのだ。


「変なことになってないと良いわね……」






「一体どこに跳ばされたんだ?」


 イライアスは光の玉を作り出し周囲を照らす。自分がいる場所はどうやら螺旋階段の途中のようだ。


「上にも下にも続いているな」


 どちらへ行くべきだろうか。それとも誰か来るのを待つべきか。次の行動を決めかねているイライアスの眼に突然映像が映し出される。


 ”……は優秀ね。飛び級なんて” ”最年少で教授になれそうだな”


 1組の男女が1人の15、16歳くらいの少年を前に誇らしげに褒めそやす。


「……ふん、趣味の悪い見世物だな」


 その男女はイライアスの両親で、少年は彼の亡き兄だ。兄は両親の自慢の息子だった。そして部屋の片隅で寂し気に立っている幼子がイライアスその人である。


「こんなものを見せてどうしたいんだ」


 魔法の気配を感じ、イライアスは片眉を上げる。誰かが自分の過去を穿り返そうとしているのだと悟った。

 イライアスは本を読みだすよりも早く己の魔力で遊ぶことを覚え、勉強するよりも魔力を鍛えるほうを好んだ。しかし、学者である両親はそれを好まなかった。イライアスと両親との最初の齟齬そごであった。


 ”どうして魔法の素晴らしさが分からないんだろう?”


 そして兄が病で早世すると、今度はイライアスにもっと勉学に励むように迫った。イライアスも別に学ぶことそのものは嫌いでは無かったら、両親の期待に答えるべく励んだ。だが、両親は幾らイライアスが成果を収めても満足しない。


 ”父さんも母さんもどうしたら認めてくれるだろう。教授になること? それとももっと上の……賢人?”

 ”賢人? 何をおとぎ話みたいなことを言ってるんだ” ”お前は兄のように哲学者のクランで教授を目指せば良いの”


 イライアスが、両親がただ単に兄の代わりを求めているのだと知ったとき、彼の心は冷ややかになった。


 こいつらはアホだ。僕と兄の違いも分からない。


 イライアスと両親の関係は破綻した。そして、哲学者のクランへの入学許可を貰った年、イライアスは魔女のクランへ来た。

 同じ時期にやってきた、ミミという少女。


 こいつを見てるとイライラする。せっかく魔力という才能ギフトを与えられているのに、おどおどして自信が無くて。そんなんだから、魔法に失敗するんだ。おまけに変なヤツ召喚したり、面倒な任務を押し付けられたり、見てられないな、まったく。マイアとレオは考えなしだし。世界はバカばっかりだ。


 でも、その”バカ”達と関わりを楽しんでいる自分がいる。心地良いと思う自分がいる。


「そんなはずは……」


 そこでイライアスははっとした。


「僕は何を見せられているんだ」


 うっかり過去に見入ってしまったが、そんなことをしている暇は無いはずだ。


 もしかして、過去を見せたのは僕を足止めする為だったのか……?


「他の連中がどうなってるか分からないのに。僕がいないとあいつらすぐピンチになるからな」

「あ! イライアス」


 上から声がして、イライアスが顔を上げると、階段を下ってきたマイアとレオがいた。その2人の顔を見たとき、イライアスは妙に安心したことに戸惑う。


「イライアス、何もなかった? 変な声とか聞こえてきたりとか、ない?」

「……まぁ、声じゃなかったけど、変なものは見たな」


 イライアスは居心地悪そうに頭を掻く。


「大丈夫だった?」

「お前たちに心配されるなんて、僕も情けないな」

「そんなこと言って、ホントは寂しかったんじゃないの?」


 マイアがニヤニヤと笑う。


「そんなワケないだろっ」


 イライアスが図星を突かれたように怒りだす。


「どうかしらね」

「なんだと!」


 マイアとイライアスの間にバチバチと火花が散る。


「おいおい、2人とも。ミミを探す方が先だろう」


 呆れたレオが2人を制止する。マイアとイライアスが揃うとすぐこれだ。放っておくと丁々発止のやり取りを始めてしまう。だが、レオには少々うらやましくもあった。相手が誰であれ、自分ではこういうやりとりは出来ない、と彼は分かっていたからだ。


「なんだお前たち、一緒じゃないのか?」


 イライアスが目を丸くし、2人の周囲を確認する。


「イライアスこそ一緒じゃないの?」


 マイアはイライアスに広間で会った男が掛けた魔法の説明をした。


「俺たちが降りてくる間にミミは居なかった。一本道だったから、どこか別の道に入ったということもないと思う」

「そうなると更に下か……」


 イライアスが螺旋階段の暗がりの先を睨む。3人は階段を再び下り始めた。


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