第27話 レオの怒り

 まずはきっと一番最初に会うのは、レオのはず。魔法使いではないし。


 マイアはそう考えながら、階段を下っていく。そして彼の名を呼んだ。


「レオ! 何処にいるの」




 一方、そのレオは真っ暗な闇の中に立っていた。


「困ったな……」


 自嘲したように呟く。何せ明かりの類は何も持っていないのだ。

 何も見えない。誰の声を聞こえてこない。


「どうなってるんだ、くそっ」


 人知れず悪態をつくと、どこからか声が聞こえてきた。


 ”ほーら、こいつの本性はこんなもんさ” ”顔が良いから皆騙されるんだ” ”可愛い顔して怖い怖い” 


「誰かいるのかっ!」


 レオがキョロキョロと話し声の出所を探すが、声は収まらず次々と彼に浴びせ掛ける。


 ”顔が良いから何をやっても許される” ”可愛い子ちゃん” ”顔のおかげで贔屓されてるよな”

 ”顔の良い奴は得だな” ”女の子みたいだねー” ”顔が良いからちょっと笑えば女がすぐ助けてくれる” ”貴方は何もしなくて良いのよ、ただそこに居てくれれば良いの”


「やめろっ!」


 レオは思わず叫んで、剣を抜く。しかし、声は止まない。それはかつてレオが言われた心無い言葉の数々。

 彼にとって容姿は常に悩みの種であった。レオは基本的に努力家だ。とはいえ、顔の所為でしばしば謂れのない嫉妬ややっかみを浴びせられてきた。実力を実力と認められない辛さ。

 また、異性であれ同性であれ、露骨に迫られたり、関係を持つ代わりに見返りをちらつかせた者もいる。生来生真面目で潔癖なレオにとってそれは心底気持ち悪かったし、ただ迷惑であった。


「だから、俺は……」


 誰よりも強い、騎士になりたかった。誰にも有無を言わせない程の強い騎士に。


 ”どうせ騎士に成れたのも、誘惑したからだろ” ”体で買った地位だ”


「うるさい黙れ! 俺は一度たりともそんなことはしていないっ」


 レオは止めどなく流れてくる言葉を振り払うように、闇雲に剣を振り回す。


「俺は、誰よりも気高く誇り高い騎士になるんだ!」

「レオ!」


 振り下ろした剣の先に火花が散る。剣を握っていた指先に衝撃が走った。鎚が剣の先を撃ったのだ。

 レオが顔を上げるとそこにはマイアが居た。


「レオ、大丈夫? さっきからずっと呼んでたんだけど……」




 マイアは暗い坑道を降りていると誰かが叫んでいる声が聞こえ始めた。警戒しながら進むと声の主がレオだと分かった。


「レオ?」


 鬼気迫る表情で剣を振り回す彼にはマイアの声は聞こえていないようだ。


「レオ、落ち着いてよ!」


 今度はもっとはっきりと呼びかけるが、それも届かない。


「どうなってるの……」


 一体、何と戦っているのか。


「とりあえず、剣を何とかしないと私が斬られちゃうわ」


 マイアは覚悟を決めて、ランタンを床に置き鎚を両手で握る。慎重に間合いを取りながら、レオに近づく。チャンスは剣を振り下ろした時だろう。そこを押さえるしかない。

 そして、そのタイミングが来た。

 マイアが鎚を勢いよく振り降ろし、剣先に当てた。金属同士のぶつかる甲高い音が辺りに響く。




「……マイア?」

「ようやく落ち着いたみたいね」


 マイアはホッとして鎚を剣先から逸らし、ランタンを拾い上げた。レオの顔を照らせば酷く疲弊した顔をしている。


「俺は……」

「一体、何があったの?」

「声がしたんだ……」


 レオがまだ呆然したように呟く」。


「声? 他に誰も居ないみたいだったけど……」

「君には聞こえなかったのか?」

「私はその魔法に掛からなかったの。魔力をまったく持ってないから」

「どういうことだ?」


 レオが剣を鞘に収める。


「あの男の話だと、魔力が強い人ほど深くに跳ばされる魔法を掛けたんだって。私はこの世界の住人じゃないから、その魔法に掛からなかったのよ」

「そうだったのか。では、あの声をあの男の仕業か?」

「たぶんそうなんじゃない。あいつ趣味悪いし」


 そう言ってマイアが上を見上げ睨む。


「人が苦しんでるのを見るのが好きなのよ」

「そう、なのか?」

「絶対そうよ」


 マイアが自信を持って頷く。何となく、ひどいなぁ、という声が聞こえた気がした。


「そうか……」


 レオが目を閉じる。乱れた息と心を整えるように深呼吸した。


 ではあれは、心の中の声だったのだろう。


「レオ?」


 マイアが心配そうに彼の顔を覗き込む。


「俺も、まだまだ未熟だな」

「未熟?」

「あぁ。昔言われた事をうじうじと悩んでしまった。俺も修行が足りないな」

「そう……でも、何か分かるかも。勿論レオが具体的に何を言われたかはわからないけどさ。人って大仰に褒められたことより、何気なく言われた一言の方がずっと心に引っかかってることあるし」


 マイアにも覚えのあることだった。

 部活でキャプテンを任されることになった時、部員全員から信任されていた訳じゃないし。相応しくないとかマイアで大丈夫かとか言われたことはある。


「そうだな……マイア、俺は騎士として失格だろうか?」

「えぇっ」


 いつになく自信のないレオの言葉に驚くマイア。


「そんなことないと思うけど。だってレオはいつも私達を守ってくれてるじゃない。ここの世界の騎士の条件がどういうものか知らないけど、私にはそれで十分」


 マイアがニッと笑った。


「そりゃ、色々言う人はいるだろうけど。レオのことちゃんと認めてる人もたくさん居ると思うから、あんま悩まなくて良いと思う。私も人のこと言えないけど。私だって皆にどう思われてるんだろうとか、私がキャプテンで良いんだろうかとか考えちゃうし」

「そうか……」


 何となくマイアと話をして心が軽くなった気がした。


「ありがとう、マイア」


 レオがマイアに微笑みかける。その麗しさに思わずマイアは顔が赤くなるのを感じ、咄嗟に顔を逸らす。


 イケメンの不意打ちはいけないわ。


「や、やめてよ急に。それよりもミミとイライアスを探さなきゃ」

「そうだな。君の話だと、魔力のある方が下へと跳ばされるんだったな。相当下まで行っているかもしれない」

「そうね。一緒に居てくれると良いんだけど。趣味の悪い仕掛けもあるみたいだし」

「急ごう」


 2人は坑道を走り出した。


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