第26話 鉱山に住む者

「誰だ、貴様?」


 レオが謎の若い男に剣を向ける。


「いやいや、そんな怪しい者ではないよ。そんな物騒なものはしまっておくれ。私は強いて言うなら、この鉱山で寝てた者かな」

「寝てた……?」


 怪訝な言葉にマイアが聞き返す。


「そう。入口に封印を施して快適に眠ってたんだけど、君達が来ちゃったから」

「あの入口の封印、お前の施したものだったのか……」


 イライアスが呆れたような感心したような口ぶりで、その男を見る。


「でも、何でこんなところで寝てるの?」

「ちょっと世の中に飽きちゃったんだよねー」

「はぁ……」


 マイアの目にはこの男がそんな厭世的えんせいてきになるほど年老いているようには見えない。


「あなた、”魅入られし者”なんですね?」


 ミミが警戒しながら尋ねる。


「やっぱり魔女には分かってしまうな」


 その若い男は顎に手を当てた。


「なっ」


 レオとマイアが再び武器を構える。


「だから、そんなことは必要ないんだよ」

「しかし、貴様が岩を転がしたり、蛇の化け物や竜を使って襲ってきたんだろう」


 レオが険しい顔で睨む。


「うーん、そこはねぇ。寝起きで機嫌が悪かったから、ちょっと揶揄からかってやろうと思って」

「やはり貴様の所為ではないか!」

「待って待って、君達は別にここへ腕試しに来たワケじゃないんだろう?」

「そうだけど……」


 もしや私が拾った武器の持ち主はここへ腕試しに来て死んだ、とか……。

 

 マイアは嫌な予感がしたが確かめるのは怖いので止めておいた。若い男はマイアの杞憂を知らずに優美にニコリと笑う。


「君達の探しているものは、そう、これかな?」


 男は丈の長い水色のローブの懐から、赤い小さな石を指でつまんで4人に見せる。


「それは!?」

「ていうか何で探してること知ってるのよっ」


 4人が驚いた顔になる。


赤冠モルチエを飾った赤い石、ロード・ティス・エリームだ」

「どうしてそれを?」

「まぁ、ここに住んでいるからね」

「良く分からないけど、丁度良いわ。それを貰えれば、私達は帰るから。そしたらもうあなたの睡眠の邪魔はしないわ」


 マイアの言葉に男はうーんと唸った。


「何だ、何か問題があるのか?」


 男の躊躇う様子を見ながらイライアスが不機嫌そうに尋ねる。


「これは私のものだからねぇ。そうだ、自分達で探してみると良い。下の階層まで送ってあげよう」


 男はそう言うな否や、唖然とする4人を他所に指をパチンと鳴らす。すると、強い光が一瞬瞬いた。眩しさに4人は思わず目を閉じる。




 マイアが再び目を開けると、特に変わらず、銀髪の男が目の前にいた。


「え?」


 てっきりどこかへ移動していると思ったが、マイアの目に見えるところは別段風景は変わっていない。相変わらず薄暗い広い空間の中に立っている。


「あれ? 君は跳ばないね」

「は? 君はなに……?」


 マイアが周りを見回すと、他の3人が居ない。


「ちょっと、皆は何処よ?」

「うーん、もっと奥深くかな」


 男の気軽な物言いにマイアは眉間に皺を寄せ、男に詰め寄った。


「ロード・ティス・エリームの為に送ってあげたんだよ。魔力を持っている者なら必ず行けるはずなんだけど……おかしいなぁ?」


 男は首を捻った。


「この世界に魔力を持たない人は居ないはずだけどね。発現するかどうかは兎も角」

「そりゃ、私はこの世界の住人じゃないもの。魔力なんて持ってないわ」

「ほう……」


 興味あり気に男はマイアをしげしげと見る。そして何か得心がいったのかうんうん、と頷いた。


「なるほど」

「ミミ、魔女の先の曲がった三角帽子を被った子が妖精を召喚しようとして、間違えて召喚したのよ」


 男は首を振った。


「いやいや、あの子は別に失敗した訳じゃないよ」

「は? 私妖精じゃないけど」


 男の言葉聞いて、マイアが胡散臭そうに返す。


「まぁ、彼女は彼女の望むものを呼び出したってところかな」

「意味分かんないわ。別に普通の人間呼び出しても何の得にもならないでしょうが」

「さあ、それはどうかな」


 男は意味深に笑った。


「それよりも皆のいる所へ連れて行ってよ」

「うーん、あの魔法は魔力が強い者程遠くに跳ばすものだからなぁ」

「……つまり皆バラバラなところにいるってこと?」

「そうなるね」


 事も無げに言う男にマイアは無言で鎚を上段に構える。マイアは今まで生きてきた中で人を本気で殴りたいと思ったことは断じて無かったが、初めてやっても良いかなと思っている。


 だって鎚ってそもそも武器だし、この人も人間じゃないらしいし。


 男はマイアの気を宥めるように両手を胸の前で上下させる。


「まぁまぁ。君達ロード・ティス・エリームが欲しいんだろう。これくらいの試練がないと面白くないじゃないか」

「このっ……バカ、アホ、マヌケ、ひねくれ者、変態、天邪鬼!」


 マイアは知る限りの言葉で男を罵った。男は怒るでもなく、顎に手を当てる。


「どれも否定はしないけどねぇ」

「変態くらい否定しなさいよ!」

「まぁ、良いさ。それに心配ない」


 男はそう言って、指を再び鳴らした。すると暗い空間に眩しい程の明かりが灯る。今まで歩いてきた坑道とは打って変わり、ここは壮麗な宮殿と言って良い場所だった。天井まで伸びる見事な柱が何本も並び、壁には見事な彫り物が施されている。


「何これ……地下宮殿ってこと?」


 もしかして、これが鉱山を閉じた理由? 妖精の地下宮殿を掘り当ててしまったから……。


 どう考えても、鉱石を採掘するのにこんな派手な装飾が必要だったとは思われない。


「ほら、見てごらん」


 男が床を指差す。マイアがつられて足元を見ると、まるで映像のように3人の人物が写し出されている。

 ミミ、イライアス、レオだ。皆、一様に戸惑った顔をしている。


「何これ、どういうこと?」

「これで他の子の様子が見られるよ」

「これで始めから私達の様子を見ていたのね。だから何が目的か知っていた」

「そう。これで君も安心だろう?」

「そんっなわけないでしょっ!」


 マイアが鎚を離し、男の胸倉を掴んで、思い切り揺らす。


「なかなか乱暴だな、君は」

「私だって人の胸倉掴んだのはこれが初めてよっ。皆をここへ連れ戻して」

「まぁまぁ、落ち着いて。大魔女なり賢人目指すならこれくらい乗り越えなきゃ」


 男はマイアの手首を握る。


「そういう問題じゃないわよ!」


 マイアは乱暴に胸倉から手を離す。


 やっぱり魅入られし者ってロクなヤツじゃないわ。人の苦労を楽しむなんて。


「じゃ、どこから下に行けるのよ?」

「探しに行くのかい?」

「当然でしょ。仲間なんだから。こんな趣味の悪いもの見ながら待ってるなんて性に合わないわ」

「それは残念」


 大してがっかりして無さそうに男が言う。マイアが探しに行くと言い出すことを予測していたのだろう。


「下に行くなら、そこに階段があるよ」


 男が優雅な仕草で手を動かす。その先の壁に下へ降りる階段の入口が見えた。マイアは鎚とランタンを拾い、急いで階段へ向かい、男はその背を見ながらにこやかに手を振っている。そしてマイアが階下に消える直前、一言呟いた。


「君達に赤冠モルチエの祝福のあらんことを」



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