第29話 ミミの秘密

 手の平に小さな炎がぽっと浮かび上がる。真っ暗な世界ではあまりにも心許ないが、無いよりはずっとマシだ。


「マイア! レオ! イライアス!」


 ミミは闇の中で仲間の名前を呼ぶが、その残響が木霊するのみである。


「ここは一体どこ……」


 途方にくれるミミだが、助けてくれる者は誰もいない。小さな炎はミミの手元くらいしか明るくならないので、以前周囲は闇だ。


「皆は……」


 ミミはこの深い闇の中を3人の名前を呼びながら走り回るが、やはり返答はない。疲れ果ててしゃがみ込む。すると自分の中から良からぬ声が湧き上がってくる。


 自分が役に立たないからここに置いて行かれたのではないか?


 そんな訳はないと、ミミは首を振るがふと、浮かび上がった疑念はどんどん膨らんでいく。


 自分が居なくても他の人は気にしていない、むしろ足手纏いが居なくなって清々しているのでは? 面倒事に巻き込まれてウンザリしているのではないか?


 ミミの眼に、3人が笑いながら鉱山から出ていく姿が見える。


「やめて!」


 闇の中で思わず叫んだ。




 ”ほらみろ。お前を本心で気に入る人間なんかいない” ”この役立たず!” ”あんたの所為で怪我しちまっただろ” ”早く起きな!”


 ミミはその罵る声にはっと周囲を見回す。

 そこは隙間風の吹く、粗末な納屋の中だった。


「そうだ、わたし起きなきゃ」


 ひどくおかしな夢を見た気がする。自分が友達と冒険する夢。


 ありえない夢だわ。わたしに友達なんかいない。家族でさえわたしを愛さないのに。


 ミミはベッドとも言えない質素な寝床で固まった体を起こす。急がないと、また怒鳴られてしまう。

 納屋の中は農機具や飼料の入った袋などが雑然と置かれている。魔力の制御が出来ず、面倒事ばかり起こすミミは家族から邪険にされ、とうとう家の中へ入れてもらえず、この納屋に押し込められることになった。


 仕方がない、わたしが悪いんだから。何で魔力なんか持って生まれてきちゃったんだろう。


 ミミは重い体を起こす。固い床では寝ても疲れは取れない。


「家畜にエサやらなきゃ……」


 家で飼っている鶏や羊などの家畜の世話はミミの役目だった。重い飼料の袋を持ち、よろよろと外へ出る。陽の昇らぬ早朝はまだ暗い。母屋の方を見れば、まだ誰も起きていない。

 今なら行けるだろうか、魔力のある者が集まるというクランに。


 そしたら、きっとわたしを喜んで迎えてくれるはず。今見た夢みたいなこともきっと出来るはず。


 ミミは衝動的に袋をおいた。




 そこでまたはっと暗闇の中で目が覚める。


「私、今昔の夢を見ていたの…?」


 あれはもうずっと前のこと。かじかむ指を己の息で温めた冬のあの日。


 そう、わたしはもう魔女になったのに。


 ”本当に?”


 聞きなれない誰かの声がする。


「何を言っているの? わたしは魔女だからここにいるのに」


 ”どうかな”


「だってわたしは魔女のクランへ来たわ」


 過去と現在いまが行き来し、混ざり合う。


 ミミは期待に胸躍らせて、魔女のクランへ来た。ここが自分の居場所になると。けれど、他の魔女は誰もミミのことに関心を持たなかった。


 でも、家族の所にいるよりずっと良い。


 ミミはそう言い聞かせる。ここでは誰もミミを苛めたり、怒鳴ったりしない。


 ずっと快適で、良い所よ……。


 時折襲いくる寂しさを除けば。


 それにここなら実力さえあれば、きっと認めてもらえるはず。どうすれば良いだろう……そうだ! 高度な魔法に成功すれば……。


 ミミは本を開く。そこに載っていたのは召喚術。


 これだ!


 ミミはそう思い立ち本を読みながら床に魔法陣を描いていく。


 これで道は出来た。あとは呼ぶだけ。どんな妖精を呼ぼう。火の妖精、水の妖精、それとももっと大きな力のある妖精?

 いいえ。わたしの呼び掛けに答えてくれる、わたしだけの、わたしに寄り添ってくれる。わたしが今まで一度も持ったことないもの。

 それは……。


 そして呼び出されたのが、マイアだった。


 ”君はまんまと君の望む者を呼び出した訳だ。それを知ったら、マイアはどう思うかな? ずっと隠してきた卑怯なミミ”


「違う! 隠してなんか……」


 ”本当にそうかい? 君は本当は彼女が還る方法を知っている。君がただそれを望めば良いだけ”


「それはっ」


 ミミは激しく動揺する。確かにミミが芯からそう望めば、道は再び開けたはずだ。


 ”でも君は彼女に居て欲しかった”


 その通りだった。自分ミミとは正反対の、きっと周りの誰からも愛されて育ってきた自信に溢れる少女マイア。強気で何でもはっきりしていて物怖じしない。ミミがこうありたいと思う、一番なりたい姿。

 マイアと一緒にいると、自分もそうなれるような、そんな気がした。


 ”彼女を還す気はあるのかい?”


「も、もちろん」


 ”ふぅん”


 どこか笑いを含んだ言い方に自分の心を見透かされた気がした。再び、真っ暗な闇に1人落ちる。傍には頼りない炎だけ。


「わたしは……」


 言わなくちゃ、マイアに。

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