第21話 イライアスの目標

「なろうとする意思か……まぁ、確かにそれは基本だな」

「イライアスは大魔女、じゃなくて大魔法使いか、に興味が無いなら何が目標なの?」

「それは勿論、賢人に決まってるだろ」


 イライアスが自信あり気にふん、と鼻を鳴らした。


「賢人って、この世界に秩序をもたらしたっていう凄い人だっけ?」


 マイアが事実を確認するように呟く。


 以前哲学者のクランに居たときに聞いた気がするわ。


「そうだ」

「しかし、賢人は伝説的な存在だろう?」

「何か問題があるのか?」


 レオの疑問にイライアスが少々不機嫌に答える。


「いや、イライアスはもっと現実的な目標を立ててると思ってな」

「十分、現実的さ」

「それで最近、哲学者のクランに頻繁に行ってるのね」


 ミミが赤冠モルチエを丁寧にしまいながら言った。


「でも、3つの宝冠がそれぞれ賢人の能力を象徴してるなら、知識と魔法と物理も相当凄い人だったってことでしょ?」


 そう言って、マイアはイライアスを上から下まで眺める。


「な、何だよっ」


 イライアスが居心地悪そうに体を引く。


「魔法と知識はどうにかなるかもしれないけど……」


 魔法使いって見るからにインドア派よね。それにイライアスが体鍛えてる感じしないし。


「賢人として認められるなら騎士としてもそれなりの腕前にならないといけないってことでしょ。騎士ってそんな簡単になれるものなの?」

「簡単、ということはないが……まぁ、見習いになるのは別に難しくはない。まずは入団テストがある。と言っても、身体能力を見るものだから、それで落とされることはあまりない……よっぽど体力がない、とかでなければ」


 レオが言葉を選びながら、騎士のクランの仕組みを説明する。


「まずは見習いから始め従者となって、そこから騎士になる試験を受ける。まぁ、そこまでにそこそこ振り落とされるが。正式に騎士になったら、部隊に配属されて最終的には騎士団長グランドマスターを目指すのが定石だな」

「なるほどね」


 騎士ってつまり軍隊みたいなものだもんね。騎士団長グランドマスターを頂点に完全なピラミッド構造してるってことかな。


「厳しい訓練やしごきに耐えられるなら問題ないぞ」


 と、レオは励ますように爽やかに笑うのと対照的に半眼になるイライアス。


「……」

「あ、ついでに聞きたいことあるんだけど」

「……何だ?」

「前に聞きそびれてた、”魅入られし者”って何?」


 22週間前の、妖精に取り憑かれたらしいあの魔女のことだ。マイアが聞いた話だと、例の魔女は魔女の森ではなく、何処か別の所で研鑽を積んでいたらしい。そこで妖精に目を付けられたと推察されていた。


「あぁ、それか」


 イライアスは眉根を寄せた。どう説明したものかと考える。


「……まぁ、早い話が妖精になる人間のことだ」

「人間が妖精になる? どういうこと?」


 マイアの頭の上に疑問符が並んだ。今日一意味が分からない、といった顔をしている。


「妖精は人間よりずっと魔力のある存在だ。そういう意味では人間より高位の存在と言えるな。ミミが失敗した召喚も、その妖精に助力を乞う行為なんだ。つまり、魔法使いが妖精の力を借りて何かをしたり、妖精の世界で修行することは珍しいことじゃない」

「それだけなら別におかしく聞こえないけど?」

「そうだ。だが、妖精の世界に入り込み過ぎると戻れなくなる。そうなれば、もうその魔法使いは人間じゃ無くなるんだ」

「人間じゃ無くなる……? 良く分からないわ」


 理解出来ないといった風にマイアは首を振った。


「妖精に変容するとも、同質になるとも言われてるが、僕にもそこは分からない」

「理解は出来ないけど、あれみたいね。深淵を覗き込んだとき深淵もまたこちらを見つめているのだってやつ」

「なんだそれ……まぁ、言い得て妙ではあるな。ま、ある意味魔法使いは常に妖精からの誘惑に晒されていると言えるかもな」

「じゃぁ、あの魔女はそれに屈したってこと?」


マイアの言葉にイライアスが頷く。


「恐らくな。強い魔力を得る代わりに、言いなりなるように誘惑されたんだろ」

「何とも恐ろしい世界だ……」


 話しを聞いていたレオが呟く。


「言っとくけど別に大半の魔法使いはちゃんと制御出来てるじゃらな。そういう意味ではミミが召喚したのがマイアで良かったな」

「それどういう意味…」


マイアが半眼になってイライアスを睨む。


「”魅入られし者”になる可能性が無いからな」

「まぁ、そうだけどね……」


 召喚された身としては良かったかどうかは分からないけど……別にここが嫌なところってわけじゃないだけに。


 そんなことを話しながら坑道の中を歩いていると、ミミが急に立ち止まって後ろを振り返った。


「どうしたの、ミミ?」


 マイアが問いかけるとミミの顔が険しくなった。


「何か魔法の気配が……」


 レオが振り返り警戒するように剣の柄に手を掛け、マイアとイライアスも後ろを注視する。


「一体何なの……」


 ほの暗い坑道に何かを見つけようと4人は来た道を睨みつける。すると、大きな地響きとごろごろと何か大きなものが転がってくる音が聞こえてきた。


「まさか……落盤?」


 全員の顔に焦りと絶望が広がる。巻き込まれたら命は無い。その音はどんどんこちらに近づいてきている。


「とりあえず逃げなきゃいけないんじゃないの、これ……」


 顔から血の気が引いているマイアが呟く。


 嬉しくないけど、これ、イン〇ィ・ジョーンズなら絶対巨大な石が転がってくるパターンのやつ!


「そうですね……」


 ミミとイライアスが呆然と頷いた。


「行くぞ!」


 レオの掛け声と共に全員が一気に走り出した。

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