第20話 坑道入口

「これは……魔法で封印されているな。これをどうと取るか……」


 イライアスが柵に着けられた赤い印をつぶさに観察しながら呟く。


「どう取るかって、どういう意味?」

「ただ単に徒に人が入るのを防ぐためか、封印しなければならない何か理由があったのか……」


 イライアスの危惧にマイアが反応する。


「ちょっと、不吉なこと言わないでよ。何か封印しなきゃいけない理由って、それって絶対何かヤバいものが出てくるパターンじゃないっ」


 定番なら坑道を深く掘り過ぎて、危険な魔物を目覚めさせたちゃったって話よ。


「……」


 マイアの核心を突いた言葉に一瞬全員が押し黙った。


「ま、まぁでもそう決まったわけではありませんし……」


 取り繕うようにミミが手をわたわたと振る。


「では、行くか?」


 レオが口を開く。一抹の不安は拭えないが、ここにずっと立っていても仕方ない。


「そうね……」

「行きましょう」


 マイアとミミが覚悟を決めたように頷く。


「石を見つけないことにはどうにもならないしね」

「じゃ、封印を解くぞ」


 イライアスが赤い印に手をかざし、何かを唱えると赤い印はすぅっと消えた。柵が独りでに開き、坑道からひんやりと冷たい空気が吹き抜ける。

 全員が緊張したように生唾を飲み込んだ。


 一体何が出てくるか……。


 ありがちな展開だと竜よね。ゴブリンやオークの大群もあり得るかも。あとは変な生き物となぞなぞ合戦して魔法の指輪ゲットとか……。

 ま、最後のは無いとしても、危険な生き物は出ませんように。


 マイアはそう祈りながら坑道の中に一歩踏み出す。


「ミミ、何かいる気配はあるか?」


 イライアスが聞き、探るようにミミが坑道の壁に手を当てる。その瞬間、坑道の中に規則的に灯りが点いた。


「!?」


 レオが驚いて咄嗟に剣の柄に手をかける。


「いや、大丈夫だ。魔力に反応して灯りが点く仕組みなだけだ」


 イライアスがミミと同じく壁に触れながら、安心させるように言う。


「へースイッチ押したら電気つくみたいな感じなのね」


 感心したようにマイアが呟く。


 奥まで行くのにこれなら苦労しなさそう。


「正直、魔女のクランから持ってきたランタンだけじゃ心許なかったし」

「それでミミ。何か気配はあるか?」

「ううん、今のところは何も」

「じゃ、奥に進んでも大丈夫そうね」


 少し心が軽くなった一行は先へ進んでいく。今のところは一本道だが、入口の穴は徐々に見えなくなって、ついに外からの明かりが入って来なくなった。

 響く音は4人の足音だけで、緊張感がいや増す。その不安を紛らわせるようにマイアが口を開いた。


「ねぇ、ミミ。赤冠モルチエ見せてくれない?」

「あ、はい。良いですけど」


 そう言ってミミが鞄の中から木箱に入った赤冠モルチエを出す。マイアはその箱を開けてその宝冠を手に取った。


「新しい石嵌めろって言うけど、見つけたら加工してくれる職人も探さないといけないのかしら?」


 マイアは繊細な曲線が織り成す赤冠モルチエの真ん中の空洞を見つめる。


「そうだな。ま、その辺は哲学者達が何か伝手持ってるだろ」


 イライアスがマイアの疑問に軽く答える。

 何せ宝飾職人を探すより、赤い宝石を探す方がずっと大変なのだ。見つかれば任務のほとんどは終わると言っても良い。


「これって大魔女の証なんだっけ? やっぱり2人は大魔女というか大魔法使い目指してるの?」

「えっと、それは……」


 ミミが何とも言えない顔をした。


「少なくとも僕は違うな」

「ま、確かにイライアスの頭に赤冠モルチエは似合わないわね。あ、変な意味じゃなくて、見た目的に。何かこれってお姫様が着けるような雰囲気の宝冠だし」

「それは魔法の資質を持っているのは圧倒的に女性が多いからだと思います」

「そうなの? 不思議ね。でもそれなら赤冠モルチエが繊細な感じの宝冠なのが分かるわ。折角持ってるんだし、ミミ被ってみたら?」


「えぇっ」


 驚いて固まるミミの黒いとんがり帽子をひょいっとマイアが取って、代わりに赤冠モルチエを被せた。


「うん、良く似合うじゃない」


 1人ご満悦な表情をするマイアとは対照的に眉を八の字にするミミ。


「私なんかが被れるものじゃ……烏滸がましいです」

「良いじゃない。目指しなよ、大魔女」

「私なんて……大魔女目指してるなんて言ったら他の魔女に笑われます。なれるはずありませんから」


 ミミが顔を伏せる。


 たまにこう謙遜し過ぎるところがあるのよね、ミミって。


「ミミ。なれるかなれないかは問題じゃないわ。なろうとする気持ち、高みを目指して頑張るとこに意味があると思うのよ」


 マイアは自分にも言い聞かせるように言う。


 私だって最終的にはフィールドホッケーで日本代表になって、オリンピック出るのが目標だし。もちろん誰にも言ってないけど。


「目指すのは自由なのよ。それに人にわざわざそれを言う必要もないし」


 時にそんなの絶対無理だ、と言ったり揶揄ったりする者がいることをマイアも承知していた。

 彼女の意見にレオも頷く。


「まぁ、確かに何か目標があることは良いことだな。ミミ、君は魔女として何か目標があるのか?」

「いえ……私はとりあえず一人前の魔女になれればと……」

「じゃ、その先に大魔女を目指すのはありよね」

「はぁ……」


 ミミは頭に被せられた赤冠モルチエを外し手に持って見つめた。


 自分がこれを着ける未来は想像出来ない。でも……落ちこぼれの自分でもなれるだろうか。マイアの言う通り、大魔女を目指しても許されるだろうか……。


 赤冠モルチエが坑道の明かりに照らされきらきらと輝く。ミミはこの宝冠が道を示してくれているような気がした。




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