第13話 狂乱の魔女

 哲学者達はどこから持ってきたのか、机や椅子を建物を巡る列柱の間に立てて騎士達が入れないようにしていた。マイア達が出会った若者たちも建物入口に集まっている。皆、厨房道具や掃除道具、またはどこからか持ってきた石など武器とも言えないものを手に持って騎士達を睨んでいる。


「大丈夫かしら……」


 クランの行く末を心配し、リータが呟く。一方騎士達はその様子を微動だにせず見ている。彼らの沈黙が不気味だ。


 何か、いつでも突入出来るって感じね。


 マイア達も学長の居る建物の近くまで来た。


「あーあ。もう良いかしら」


 騎士団長の隣にいる黒髪の魔女が退屈そうに欠伸をした。


「哲学者達があたふたする姿を見るのは楽しかったけど、それも飽きちゃったわね」


 気だるげな口調に妖しい色香が漂う。その魔女のローブは大胆にも短く、マイアの世界でいうミニスカートのようだ。そこから白い足がすらりと覗いている。


 ……セクシー魔女ってわけね。 あの色気で騎士達を洗脳したのかしら?


 その魔女が白い指をすっと左から右へ動かすと、バリケードを組んでいた机や椅子、さらに手に持っていた道具などがが浮き上がり広場のあちこちの場所へ落ちた。


「!!」


 哲学者達は唖然とした表情で固まった。マイアの足元にも掃除道具や小石が落ちてきた。


「うわっ、危なっ」


 マイアは部活で鍛えた反射神経で咄嗟に避けたので怪我はしなかった。


「さ、余計な手間掛けさせないでくれる?」


 魔女はニンマリと笑む。暗に無駄な抵抗するなと仄めかしている。


「う、うるさい! 絶対中には入れさせないぞっ」


 はっと気を取り直し、哲学者達は徒手空拳となっても再び威嚇の構えをした。


「私、服が汚れるのはイヤなのよね。 彼らの始末はお願いするわね」


 今度は騎士達に蠱惑的な笑みを投げかける魔女。その赤紫色の瞳が爛々と輝いている。隣に立つ壮年の騎士が右手を虚ろに上げると、騎士達が一斉に剣を抜いた。


「そんなっ!」


 陽射しに輝く剣の切っ先が眩しい。その光にマイアとミミの体に戦慄が走る。


 まさか、本当に殺す気なの……!


 何かしなければと思うが、体は恐怖で動かない。そのときだった。マイアの横を誰かが走り抜けていった。


「レオ?」


 レオは哲学者達を守るようにただ1人剣を抜いて騎士達と対峙する。


「だめっ!」


 マイアが悲鳴のように叫んだ。


「……あいつも大概考え無しだなっ」


 うんざりしたようにイライアスが髪の毛を無造作に掻く。


「騎士のクランを剥奪された者が、こんなところで何をしているのだ?」

騎士団長グランドマスター……」


 冷ややかな騎士団長グランドマスターの言い草に、レオは傷ついた顔になる。


「あら、誰かと思ったら麗しのレオデグランスじゃない。 私が折角、争いからその綺麗な顔を遠ざけてあげたのに」

「黙れ魔女め」


 科を作り、誘惑するような口ぶりの魔女にレオは嫌悪を隠さない。


「まぁ、こわぁい」


 魔女は心にも無い吐き、隣の騎士団長グランドマスターにしな垂れかかった。


騎士団長グランドマスター、目を覚まして下さい!」

「お前のような愚か者に用は無い。去れ。それとも殺されたいか?」

「俺の血で皆が正気に戻るというのなら喜んで命を捧げます。 ですが、今はここをどくわけにはいきません」


 睨み合うレオと騎士団を見て顔を青くするマイアとミミ。あまりに多勢に無勢だ。


「あらあら、勇ましいわぁ。 ね、騎士団長グランドマスター、この子を殺しちゃイヤよ。 私の”好い子”にするから。 お・ね・が・い」

「貴様の奴隷になるくらいなら死んだ方がマシだ!」

「まぁ。 聞き分けのない子には反省が必要ね。殺さない程度に痛めつけて頂戴。あ、顔は傷つけないでね」

「……努力はしよう」


 騎士団長グランドマスターは興味が無さそうに答え、魔女が余裕綽々に蠱惑的な笑みをレオに向ける。


「どうしよう……レオが死んじゃう!」

「まぁ、何とかしてみるさ」


 嘆くマイアを励ますようにイライアスが軽く言い放つ。


「イライアス、何をするつもりなの?」


 ミミが尋ねると彼はニヤリと笑った。


「前回は音だけだったけど、今回はホンモノだ」


 イライアスがそう言って呪文を唱え始める。


「……裂く雷よ、我が敵を撃て!」


 詠唱が終わると同時に空に数回稲妻が光ったと同時に、その光は騎士達を襲った。次々と並んでいた騎士達が大地に倒れていく。


「ま、あいつらの持ってる剣も鎧も金属だし、外しようが無いな」


 つまり騎士達を感電させたのだ。


「人数が居た分威力は落ちたけど、これで有象無象の騎士達はしばらく動けないだろうよ」

「イライアス、すごい!」


 ミミは素直に称賛したが、マイアはその光景を驚いたまま見つめている。なぜ魔法使いが恐れられているか、その一端を見た気がした。たった1人で数十人の騎士を一時的にとはいえ戦闘不能にしてしまうのだ。

 マイアはこれが現実に起きているのか、分からなくなった。


「あら、誰かしらないけどやるわね」


 魔女が冷ややかにこちらを向く。そして軽く息を吹きかけるような仕草をした瞬間、イライアスの体が吹き飛んで近くの木に激突した。


「イライアスッ!」


 ミミが悲鳴を上げる。彼はずるずると倒れ動かなくなった。


「邪魔しないでもらえるかしら」

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