第9話 不穏な報せ

 

「変な心配しないで」


 リータは慌てたように手を振る。


「学長が、あ、学長ってこのクランの一番偉い人なんだけど、そんな要求飲むとも思えないし。魔女か騎士かのどちらかに肩入れすることはないと思うの」

「そう、なの?」

「えぇ。3つのクランの均衡は崩してはいけないもの。賢人が定めた秩序に反するわ」

「賢人……何か前にイライアスが言ってたような」

「はい。この世界に秩序をもたらしたとされる伝説的存在です」


 ミミがマイアに耳打ちする。


「つまり、哲学者達はどっちにも味方しないってことね」

「何が確かなのか、誰も分からないもの。あなた達が騎士達を襲ったというのは本当なの?」


 ミミは首を振った。


「わたし達が騎士達から逃げる時に、たぶん他の魔女が呼んだ狼が騎士達を襲っていましたけど……その魔女が何処へ行ったのかは分かりません」

「なるほど。でも、騎士達にはどの魔女が何の魔法を使ったかなんて判断着かないから、あなた達を引き渡せと言ってきたのね」

「私達を捕まえたって何にもならないのに、しつこい連中!」


 マイアがイライラと吐き捨てると、リータは懸念を込めて眉間に皺を寄せた。


「……学長は引き渡さないと思うけど、騎士達がこのクランであなた達を捜索するのは止められないかもしれないわ」

「どういうこと?」

「私達、研究の為に危険な場所に行くこともあるから、その時騎士達に護衛を頼むことがあるの。だから騎士達の機嫌を損ねることはしたくないと思うわ……」

「つまり、表立って協力しないけど、騎士達との関係悪化は避けたいってこと?」

「そうなるわね……」


 リータの言葉にマイアがため息をつく。


「それじゃ、騎士達が雪崩れ込んでくるのも時間の問題ね。次は一体何処へ逃げれば良いのよ?」

「早まらないで、マイア。退避場所なら心当たりがあるわ」

「えっ?」


 驚きを示すようにマイアとミミは目を丸くする。


「あなた達の話を聞いて、騎士達がここに来るんじゃないかと話してたの」


 リータと凶報を伝えに来たクラスメイトが頷いた。


「騎士が本気で探し出したら、星読台が見つかることも、さらにそれを使った形跡が見つかるのも時間の問題だもの。あ、マイア達が使ったやつはちゃんと封印し直してあるから大丈夫よ」

「そうだったのね……それで、私達は何処へ行けば良いの?」

「着いてきて」


 食べ物をそそくさと片付け、リータは2人を連れて再び歩き出す。天文学棟と通り過ぎ、どんどんと石畳を歩いていく。やがて木造の大きな建物の元まで来た。


「ここは自然や動物なんかの研究をしている施設なんだけど、ちょうど今小径が通っている魔法陣があるの。このクランの中で隠れてるよりは安全なはずよ。彼らも流石にそこまでは追ってこない、と思う……たぶん」

「ありがとう、リータ」

「あ、でもイライアスが……」


 ミミが不安そうに振り返った。


「彼のことは探してここへ連れてくるから、安心して」

「でも……」

「ミミ、信じて。私達、力に屈したくないの。例えそれで不利益を被ってものね。それが私達哲学者の矜持だから」


 躊躇うミミに、真剣な顔でリータが説得する。


「ミミ、私達がここに残っていても良いことは無いわ。行こう」

「はい……」


 小さく頷き、リータに続いてマイアとミミは建物の中に入った。中には鹿や熊などの動物の剥製が所狭しと置かれている。


 何かちょっと不気味ね……。


「こっちよ」


 ロビーの剥製達を横目にリータはスタスタと目的の部屋へと進んでいく。小部屋の前に来てドアを開けると、そこには幾つか魔法陣が並んでいた。その内の一つが白く光っている。


「この魔法陣は昨日まで野生動物の観察に行ってた人達が使ってたんだけど、まだ片付けとかするから封印はしてないの」

「分かったわ。色々ありがとう、リータ」


 マイアは礼を言い、魔法陣に近づく。


「ミミ、準備は良い」

「はい」


 覚悟を決めミミも魔法陣の前に立つ。2人は頷き、魔法陣の中へ飛び込む。またあの不思議な浮遊感を体験した後、出たのは小型のログハウスのような場所だ。


「さて、と。この後のこと考えてなかったわね……」


 マイアは魔法陣から出て、そう呟いた。とりあえず、逃げては来たがここに留まった方が良いのか、どこか他の所へさらに逃げたら良いのか、さっぱり分からない。


「そうですね……」


 2人は小屋の中を見回す。この建物に階段はなさそうなので、平屋建てのようだ。置いてあるのは机と椅子、壁にロープや双眼鏡など様々な道具類が掛けてある。


「あっ」


 ミミが壁に掛けてあった地図を見つけた。


「この辺りの地形でしょうか……」

「ま、そう考えるのが妥当よね」


 地図を見ながらミミが呟く。マイアも横に並んでそれを見るが、彼女の見たこともない文字が並んでいる。一部は何となく英語のアルファベットに似てなくもないが、それでもさっぱり分からない。


「どこかの山なのは間違いないみたいです」

「山、ね」


 マイアは地図から視線を外し、再び室内を見る。この中に食料は無い。どこかで調達しなければならない。


「いつまで居るか分からないけど、食べるものが必要よね……」

「湧き水くらいなら、見つけられるかもしれません」

「そうなの?」

「地図を見るとこの近くに川が流れてるみたいですし、どこかで水が湧き出てるところがあると思います」

「それなら一安心ね。あとは食べ物だけど……。とりあえず、外見てみる? 地図見てるだけじゃよく分からないわ」

「そうですね」

「何か水入れられる容器でもあれば良いんだけど……」


 マイアが部屋の隅に置かれた木製の桶を見つけ、それを拾い上げる。ここを使っていた人も、これに水を入れていたかもしれない。


「これで良し、と」


 マイアとミミは鍵を開け、外に出た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る