第10話 紅葉の森で手負いの騎士と出会う

 扉を開けると、目の前は見事な紅葉の森だった。はらりはらりと落ちる赤い葉の様は形容しがたい程美しい。


「おー綺麗なところね」


 ってここの世界今秋だったの?


 目の前の光景に感動しかけて、マイアははっとした。


 魔女の森はばりばり緑だったような……まぁ、良いわ。深く考えてもしょうがないし。


「どうしたんですか?」

「何でもない」


 ミミが不思議そうに振り返るのを見て、速足で追いつく。


「で、水のありそうなところ分かるの?」

「はい。こちらから清き水の流れを感じます」

「そうなのね」


 ミミの案内に従い、道なき山道を歩いていく。大地に落ちた葉が歩くたびにかさかさと音を立てる。気持ちの良いところだ。


「ここでどんな野生動物観察してたんだろうね」

「鳥でしょうか?」

「ありえるかもね」


 追われている現実をしばし忘れ、まるでハイキング気分でなだらかな斜面を登っていく。もう少し歩くと水の流れる微かな音がマイアの耳にも聞こえてきた。


「川が流れてる?」

「はい」


 水の音を辿って見通しの悪い、傾斜のきつくなった森の中を歩いていると、突然何か大きなものが上から転がってくる音が近くで聞こえた。


「!?」


 マイアとミミが驚いて音がした方を見る。重心を低くし警戒しながら近づくいていくと、人がうつ伏せに倒れていた。大分ボロボロになっているが、見覚えのある銀色の鎧を纏っている。


「足を滑らせたのか、動物にでも追われてたのか……」

「さぁ……でも、この鎧、騎士達のものに似てるような気がします」

「こんな所まで、もう追手が来たの?」

「どうでしょうか……」


 ミミが気配を探るが、他に人がいる様子はない。


「少なくとも近くに他に誰も居ないみたいですから、騎士のクランの人じゃないのかもしれません」

「なら良いけどって、この人にとっては良くないか」


 ひそひそと話しながら、2人は身を屈めた。とはいえ、金髪ということ以外、男か女かも分からない。


「あなた、大丈夫?」


 おっかなびっくりマイアが声を掛けるが、反応はない。


「死んでるとか……無いよね……」


 そっと体を触って揺らしてみる。それでも反応は返って来ない。


「まさか……」

「とりあえず、ひっくり返してみませんか?」

「そうね、この状態じゃ、もし生きてるなら息苦しいだろうし」


 2人は騎士の体を押して、反対側に寝返られた。現われた顔を泥に汚れていたが、若そうだ。しかも。


「あら、イケメン」


 マイアが意外そうに呟いた。体格的にはほぼ間違いなく男性だが、閉じられた瞼の睫毛は長く、鼻筋も通り薄く形の良い唇は僅かに開いていた。


「血色は良さそうですから、亡くなってはないと思います」

「良かった」


 ミミの言葉にマイアは安堵し胸を撫で下ろす。


 知らない人だけど、もし亡くなってたら目覚めが悪いし。


 ミミはその若い男の上に手をかざす。


「ミミ?」

「怪我の様子を見てます」


 そういえば、前に治療術使えるって言ってたもんね。今やってるのは、さしずめCTとかMRIで悪いところ探している感じ?


 マイアは黙ってミミが魔法を施していくのを見守った。しばらくすると、ミミが手を引っ込めた。


「これで大丈夫だと思うんですけど……」

「お疲れさま、ミミ」


 マイアは労いの言葉を掛けると、ミミは控えめに笑って頷いた。


「あのー……」


 再びマイアが声を掛けると、小さく唸るような声がその若者の口から漏れた。


「意識が戻りそうね」

「良かったです」

「あなた、大丈夫?」


 若者はゆっくりと瞼を開いた。吸い込まれそうな青く澄んだ瞳がまた魅力的だ。じっくる見れば顔は中性的というか女性的な感じを受ける。


 こいつは……モテるわね。


 生きていることに安心したのか、マイアは若者の顔に見惚れながらそんな呑気なことを考えていた。


「俺はいったい…」


 掠れた声で若者が呟く。


「あなた、急に上から落ちてきたのよ」

「落ちてきた……?」


 若者は理解出来ないというように、眉根を寄せる。


「覚えてないですか?」


 男は顔を歪めて上体を起こす。まだ痛みが残っているのかもしれない。


「あ、大丈夫?」

「問題ない。君達は誰だ? それにここは……」


 マイアとミミは顔を見合わせる。


「ここがどこかって、山の中だけど。 詳しい場所なら近くに哲学者が立てた小屋があるからそっちに行けば分かるわよ」

「そうか……」

「私はマイア、こっちはミミ。 魔法であなたの治療してくれたのよ」

「……魔法、だと? まさか貴様魔女かっ!?」


 男はいきなり怒りの表情になり、立ち上がった。


「そう、ですけど……」


 ミミが体を強張らせる。


「くそっ、何てことだ!」


 忌々し気に男が吐き捨てる。


 イケメンのくせに性格悪いわね。


「ちょっと、どういう意味。 ミミはあなたを助けたのよ!」

「えぇい、魔女め! 何を企んでいるっ」


 男が腰に佩いた剣を抜こうとする。


「いい加減にして! 何疑ってるか知らないけど、ミミはあなたを治してくれたのよ。何かするつもりなら、助けるワケないでしょ!」


 マイアも負けじと立ち上がる。チーム競技のキャプテンを任されている所為か、仲間を侮辱されて黙っていられるタイプではなかった。


 こんな短気な男、ほっとけば良かった! せっかくのイケメンが台無しよ!


 マイアはこの男を残念なイケメンに分類した。


「マ、マイア……」


 はらはらと2人のやりとりをミミが見守る。イライアスに対してもそうだが、マイアは全然衝突を恐れないので、心臓に悪い。しかも、武器を持っている相手にも、である。


「冷静になって考えてもみてよ。 殺すにせよ、何かするにせよ、怪我してる間にやった方が面倒じゃないでしょ」

「それはっ……そう、だな」


 険しい顔でマイアと男は睨み合うが、彼女の気迫の方が勝ったのか男が剣の柄を握る手を緩めた。まだ完全には信用していないようだが、話をする気にはなったようだ。


「じゃ、改めて。私はマイア、こっちはミミ。 今事情があってこの場所に逃げてきてるのよ」

「俺はレオデグランス。 レオで良い」


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