第8話 哲学者のクラン

 マイアが部屋を出ようとすると、ちょうど誰かが部屋をノックした。


「ミミ、マイア起きてる?」


 リータの声だ。


「起きてるわ」


 マイアがそう答えるとリータが中に入ってきた。


「どうしたの?」

「お腹減ってるんじゃないかと思って」


 リータはニッコリ笑って手に持っていた紙袋を見せた。


「わーありがと」


 まさにお腹が減っていたときだけに、リータの気遣いがありがたかった。


「せっかくなら、外で食べない?」

「どうしようか」


 マイアはミミと顔を見合わせる。


「ここを案内がてら、どう?」

「そうね、部屋に閉じこもって食べるのも何だし、行ってみようか」

「そうですね」


 リータは2人の返事を聞いて嬉しそうに頷いた。3人は外に出ると、並んで石畳を歩いていく。陽はすっかり地平線から顔をだしていた。


「そういえば、何でそんなに嬉しそうなの?」


 マイアは先ほどの様子を見て、リータに聞いた。


「魔女を見るのって、私初めてなの」


 リータはミミに視線を注ぐ。それに気が付いてミミは少し落ち着かない気持ちになった。


「そうなんだ」

「でも、何だか想像と違うわね。もっとこう自信満々というか、我儘な性格してると思ってたけど」


 マイアは苦笑する。ミミはそういう性格とは程遠い。


「まぁ、確かにそういう人もいますけど……」

「イライアスとかね」

「やっぱり、生で会ってみないと実態は分からないものね」

「その、イライアスはどこへ行ったんでしょう?」


 心配そうにミミがリータに尋ねた。


「さっき男子と何か話してたのを見たわ。向こうも同じようにしてるんじゃないかしら」

「それなら良かった」


 ミミはホッと胸を撫で下ろしたが、マイアは思案顔をした。


「イヤミ言って嫌われてないと良いけど」


 女子寮の木立を抜けると、昨日出てきたプラネタリウムみたいな建物が見える。昨日は気が付かなかったが、他にも煉瓦造りの建物や古代の神殿みたいに列柱が並ぶ白亜の建物などが幾つも点在している。その建物の間を繋ぐように石畳が続き、それ以外の場所は芝生だったり、木が植えられたりしている。


 この前オープンキャンパスで行った大学みたいね。建物の雰囲気は全然違うけど。


「あの辺で座ろっか」


 リータは大きな木の下を指さす。日影があって気持ちが良さそうだ。リータは紙袋に入れていた敷物を敷き、そこに腰をおろした。


「そう言えば、ここって哲学者のクランっていうのよね。やっぱり哲学の勉強してるの?」


 ここに着いた時にイライアスが言っていた事を思い出しながらマイアが尋ねる。


「それだけじゃないのよ。天文学や医学、数学、その他にも数多の学問を研究しているの。あらゆる研究は真理へと繋がっているから」

「真理……」

「そう。ここにいる人は皆世界の謎を解き明かしたいって思ってここに来てるのよ。ま、そうは言っても私はまだ学生の身だから大した事は何もしてないけれど」

「そうなんだ」


 本当に大学みたいね、とマイアは話を聞きながら一人ごちる。


「私の話は良いのよ。さ、食べて」

「じゃ、遠慮なく」


 マイアとミミは紙袋に入っていたサンドウィッチと瓶に入っている水を頂いた。


「食べながら聞いてね。さっきも言ったけど、あらゆる学問を研究するところだから、このクランのあちこちに建っている建物は全部研究施設なの。学生や教授の住む寮や家も幾つものあるのよ……」


 リータはその後も色々と哲学者のクランの事を教えてくれた。


「魔女のクランにはこういう学校っていうのか、集まって研究する場所はあるの?」


 マイアが果物を齧りながら聞いた。


「いいえ。魔女は前にも言った通り、資質の差というか得意不得意の差が激しいので、まとまって何かを学ぶことはありません。例えばイライアスは雷を起こしたり、風を操ったりするのが得意です。騎士に縛られた縄を切ったのも風の力の一部です。でも、私は出来ません」

「じゃ、完全に自力なのかしら?」


 リータが興味津々に聞く。


「弟子をとることはあります。似たような能力の者同士なら、ですけど」

「ミミは? 誰かのお弟子さんなの?」

「い、いいえ。わたしは誰の弟子でもありません……」


 ミミは顔を伏せる。誰にも選んで貰えなかった、とは言えなかった。


「独学かぁ。魔女も大変なのね」


 リータはミミの内心に気づくこともなく、のんびりと呟いた。マイアはミミの態度に思うものはあったが、敢えて深く掘り下げることはせず、果物を腹に収めた。

 ちょうどその時、リータと同じくらいの若い男子学生が一人こちらへ向かって走ってくるのが見えた。


「リータ、誰かがこっちに来てるみたいだけど」

「あら、本当」


 リータはマイアの言葉に、眼鏡の位置を直してそちらを見た。


「同じ天文学の講義を受けてる男子よ」

「リータ、大変だ!」

「どうしたの?」

「今、学長のところに使者が来てて、騎士達を襲った魔女達を引き渡せって言ってるぞ。ここのクランに逃げ込んでいるだろうって」

「!」


 マイアとミミの顔が蒼白になる。


「そんなっ……」

「それで、私達どうなるの?」


 マイアが厳しい顔つきになった。


 もしかして引き渡されるのだろうか。

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