第5話 夜陰の逃亡劇
「まさかそんな……」
炙り出されたという言葉に、ミミが顔色を失う。
「でも、一体何の為に?」
「さぁ、知るもんか。ただ問答無用で殺さなかったってことは何か目的があるんだろ」
「目的……」
「ちょっと聞きたいんだけど、私の世界では魔女って昔は忌み嫌われて、迫害やら拷問にかけられたりしてたけど、こっちでも似たようなことがあるの? まぁ、こっちの世界と違って魔法が使える本物の魔女じゃないんだけど……」
ミミとイライアスは顔を見合わせた後、小さく頷いた。
「……無くはないな」
「そうなんだ……」
マイアは呆然と呟く。てっきりこういう世界だから、魔女の存在は当たり前だと思っていた。
「だとしたら、イライアスの言う通り、ここに留まるのは危険ってことね。気になることは他にも色々あるけど、ここから無事脱出できたら聞くわ」
「でも一先ず逃げる方向だけでも決めておかないと、暗闇の中でバラバラになってしまうと思うんです」
「そうだな……」
3人は黙りこくる。ここは荒野、目印に出来そうな建物など無いし、周りが暗くてはそれを見つけることも困難だ。
「あの……」
そんな中でミミが躊躇いがちに声を出す。
「星を目印にするのはどう、かな?」
「星か、なるほど」
「どういうこと?」
マイアの疑問にミミが答える。
「今の時期に東の方角に一際明るい青い星が地平線近くに現れるんです。それを目指して行けば少なくとも同じ方角へは逃げて行けると思うんです」
「そっちに何があるか分からないけど、ここに居るよりはきっとマシね」
3人は顔を見合う。
「行くか」
イライアスが覚悟を決めた声に、マイアとミミは頷く。イライアスは目を閉じて、小さな声で呪文を唱え始める。
「……雷鳴よ、今ここに至れ」
詠唱を終えると、大地が震える程の轟音が西側から響いた。何が起こるか知っていたマイアやミミでさえ、ビクッと驚く。
さらに数回同じく大気を切り裂く雷鳴が数回、今度は野営地のあちこちで起きた。すると、馬の嘶きと狂ったように暴れる蹄の音、騎士達の騒ぐ大きな声が聞こえてくる。
だめ押しでもう数回鳴らすと、馬達は完全に制御を失いでたらめに走り出した。
「よし、今だ。行こう」
3人は天幕の一部をめくり、用心深く外の様子を見る。少なくとも自分達を監視している者は居ない。月明かりの下で馬と騎士が走り回っている足音と焦った声だけが聞こえてくる。
「マイア、あれが目印の星です」
そう言ってミミが指を指す方角を見れば低い位置に青く輝く星があった。
「あれね、分かった」
それを合図に3人は駆け出した。なるべく見つからぬよう、身を低く保つ。
しかし、ミミの前に暴走する馬が行く手を阻むように躍り出ててきた。馬は突然の人に驚き、前足を大きく振り上げ、踏み潰そうとする勢いで襲いかかる。
ミミは恐怖で動けず反射的に目を閉じた。
「ミミ!」
マイアは咄嗟にミミの体を掴み、2人して大地を転がる。間一髪、馬の足はミミの側すれすれを踏みしめる。
2人は馬を刺激しないように土にまみれながらゆっくりと立ち上がった。そこへ、松明を持った騎士が近づいてくる。
「逃げるわよ、ミミ!」
「はいっ」
マイアはミミの手を取り走り出した。
「おい、待てっ!」
騎士が動く人影に気付き追いかけてくる。そのとき、獣の遠吠え聞こえてきた。
「えっ……」
マイアが不審に思っていると、ミミが驚いたように叫ぶ。
「
「じゅう、なに?」
「他にも捕まっていた魔女が居たみたいです。獣笛は近くにいる獣を呼ぶ魔法で、たぶん、この遠吠えは狼のものです」
「オ、オオカミ!?」
マイアがさらに驚く。このまま走り続けて大丈夫だろうか。
「私達を襲ったりしないよね……」
「それは……」
正直ミミには分からない。獣を操る術を彼女は持っていないからだ。
丁度、向こうから白い毛並みの狼がこちらへ駆けてくる。2人は思わず立ち止まった。後ろからは怒れる騎士、前からは野生の狼、万事休すだ。
白い狼が速度を上げて、2人目指してやってくる。襲われるのも、もう目前だ。
「っ……」
狼に噛まれる、と思った瞬間、白い狼はマイア達の横を通り抜けていった。
「?」
その直後、後ろからは悲鳴が上がる。白い狼は、2人を追いかけていた騎士に襲いかかったのだった。さらに、あちこちで悲鳴や怒号が聞こえてくる。狼が他にもいるようだ。
ミミは何か違和感を覚え、怪訝な顔で白い狼を振り返る。
「おい、ぼけっとするな! 今のうちに逃げるぞ」
イライアスの叫ぶ声がして、マイアとミミは我に返り、進む方角を確認して再び走り出した。 馬と騎士と狼の混乱ただ中をよろめきながら、何とか抜け出したが、まだ油断ならない。
青く輝く星に向かって走り続けていると、体力の無いミミとイライアスが遅れ始める。
「ちょっと、2人とも頑張ってよ。追い付かれたら元も子も無いんだから」
「そんなこと……言われてもな……」
イライアスは息切れが激しく、話す声も絶え絶えだ。ミミに至っては返事を返す余裕もない。
「ほら、しっかりして」
部活で毎日のように走り込んでいるマイアはまだ余裕があるが、魔法使いの2人は息も絶え絶えだったが、気力を振り絞ってまた走り出す。
どこまで走ったか分からないが、騎士達の野営地からはだいぶ離れてきた。
「も、もう、だめ……」
ミミが倒れるようにしゃがみ込んだ。イライアスもその声で気が弛んだのか、同じく座り込む。
「そうね……」
さすがにマイアの息も上がっている。休みたくなる気持ちも理解出来た。
でも、どこか身を隠せる場所が必要よね。大きな岩とかでも良いからあれば……。
目が暗闇に慣れてきたのでマイアは辺りを見渡すが、見たところ草原が広がるだけだ。目を凝らしてさらに注意深く見ていくと、地平線に小さい建物のような陰が見えた。
建物か岩山か、どっちかな。
月と星の明かりだけでは判別出来ないが、何にせよ身を隠せるかもしれない。
「ねぇ、あそこに何か有るみたいなんだけど」
「何がって何だよ?」
疲れている所為かイライアスは不機嫌な声音だが、マイアが指し示す方を見ると表情が変わった。
「確かに、何か建物みたいなものがあるな」
「本当?」
ミミが顔を上げる。
「建物でしょうか……でも、何の?」
「分からないけど、とりあえず行ってみない? こんな見晴らしの良いところで休むのは危険だと思うし」
「そうだな。行ってみよう」
走る体力はもう残っていないので、3人は歩いてそちらに向かっていくと、3階か4階建ての背が高く細長い、形の建物だと分かる。奇妙なのは鉛筆の先のような三角の形の屋根の先端に大きな皿のようなものが載っている点だ。
何かTVのアンテナみたい。この世界にTVがあるとも思えないけど。
マイアが不思議に思っていると、イライアスが嬉しそうに声を上げた。
「やったぞ。 これは星読台だ!」
「星読台って?」
マイアがミミに尋ねる。
「えっと、星の動きを観測したり、記録を取ったりするところです」
「あー、なるほど」
つまり、この世界の天文台ってことね。
「それで、イライアスどうするの?」
ミミが改めて問い直すと、イライアスはしょうがない、とでもいうように腰に手を当てる。
「良いか、観測者達はどうやって星読台まで来てると思うんだ?」
「え……あっ!」
ミミも気が付いたようだ。
「"小径"ね」
「そうだ、ようやく分かったようだな」
ふん、とイライアスは自慢気に鼻を鳴らした。3人はとりあえず、建物の側まで歩いていく。
「ねぇミミ、"小径"って何?」
小声でマイアがミミに耳打ちする。
「そうですね……ここから観測者が居る場所まで相当に離れていて、歩くのはおろか馬車でも来るのも大変な場合、ここと観測者の拠点を繋げるんです。そしたら、一瞬で行き来出来ますから」
つまり、ショートカットというか、ワープみたいなものってことか。
「へぇ、便利ね」
星読台まで来たが、真っ暗で中に人がいる気配はない。
「今は使われてないのかな」
マイアは窓から中を覗いてみるが、人の姿は見えない。
「それに入り口も閉まってます」
ミミが扉のノブを回して押したり、引いたりしたが開かない。
「ミミ、イライアス、鍵開ける魔法とか使えないの?」
「そんなもの無い」
イライアスは素っ気なく答え、ミミは悲しそうに首を振った。
「中に入れなきゃ意味ないよね……」
「そうですね、"小径"はたぶん中にあると思いますし」
それを聞いてマイアはTVで見たアメリカの刑事ドラマのあるシーンを思い出していた。刑事が犯人の家に突入する場面で、ドアを蹴って無理やり開けていたことを。
やってみるしかない。幸いドアは木製みたいだし。
マイアは試しに扉を右足で蹴ってみた。ガタガタと揺れたがまだ開く気配はない。
でも、もしかしたら、もっと強く、勢い付けたらいけるかも?
そこでマイアはドアから少し離れて、走り出す姿勢をとる。そして一気にドアにぶつかっていった。
バァンと音がしてドアが開いた。
「いたた……」
マイアは体を擦る。
「やったぞ」
「すごい……」
中に入ると、床に黒い絵の具で描かれたような奇妙な魔方陣があった。ミミの家にで見たものとは明らかに模様が違う。
「これが例の"小径"?」
「そうだ。だか、今は使えないようになっているな」
「えっ、じゃぁダメじゃない」
マイアが不満を漏らす。
「焦るなよ。闇雲に使われないように魔法で径を封印しているだけだ。僕とミミの魔力で強引にこじ開ける」
「そんなこと出来るの?」
「もちろん、僕は天才だからな。やるぞ、ミミ」
「うん」
イライアスとミミは魔方陣の上に手をかざす。2人の体がほんのりと光だす、神秘的な光景だ。その光が魔方陣の上に粒子となってこぼれ落ちていく。すると、魔方陣が白く光り始めた。
「これで良い。この上に乗れば、どこに出るかは分からないが、僕の予想ならそう悪いところではない場所に出るはずだ」
「ミミ、手を握っても良い?」
「えっ?」
マイアの思いも寄らない言葉に、ミミがびっくりして彼女の顔をまじまじと見た。
「いや、だってどうなるか分からないし。はぐれても困るし」
「わ、分かりました」
ミミは恥ずかしそうに左手を差し出す。マイアはその手を右手握った。
「さぁ、行くぞ」
イライアスに促され、2人は同時に魔方陣の上に乗る。奇妙な浮遊感をほんの一瞬味わった後、次の瞬間には明るい場所に移動していた。
イライアスの言う通り星読台からはここは相当に距離があるようで、向こうは夜だったがこちらはまだ明るい。
夜の暗闇から突然明るくなったので、最初は眩しくて顔をしかめたが、徐々に慣れてくるとそこはどこかの教室のようだった。
教卓にローブを着こんだ中年の男性が、その反対側には階段上の席に若者が何人か座っている。皆一様に驚いた顔をしていた。
……あー、私達まずいタイミングで出てきちゃった?
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