第3話 森が燃える
ミミが何をどれだけ唱えても魔方陣は何も反応しない。本人も内心かなり焦っているのか、額に汗がうっすらと浮かんでいる。
「す、すみません。他の魔法も試してみますから」
ミミはそう言って本棚から本を漁りだす。
「これじゃない……この本も違う……これなら……」
本を開いては落として、足元に本が貯まっていく。そんなミミの様子をスティックに体重を預けぼーっと見ていたマイアは 、真面目に待つのに飽きだしていた。
ずっと立っていたら体が鈍りそう。
マイアはそこでスティックを握り直し、シュートフォームの確認をし始めた。フィールドホッケーはサッカーと同じくフォワードやディフェンスなどのポジションがある。マイアは敵陣に切り込むフォワードだった。
想定されるシュート場面を思い浮かべ、スティックを振っていると、入り口の方から何かが焼ける匂いが漂ってきた。
誰か近くで焼き芋でも焼いてるの?
ミミは本を深刻な顔で読んでいて匂いに気が付いていないようだ。マイアはスティックを置いて入り口に行き玄関のドアを開ける。
「わっ!」
途端に煙が部屋の中に入って、マイアの視界を奪う。マイアは思わずドアを締めた。
「ミミ!何か燃えてるんだけどっ」
「え?」
ミミが本から顔を上げる。
「ここじゃ何か燃やすの普通なの?」
「いえ、そんなことは……」
ミミは本を仕舞い、部屋を眺めると確かに煙たい。入り口に近づき、マイアと共にドアをそっと開ける。すると、やはり煙が辺りを取り巻いていた。
「え……」
ミミが呆然とその光景を見た。焦げ臭い匂いもどこからか漂ってくる。
「ねぇ、これもしかしてどっか火事になってるんじゃ……」
マイアが絶え間なく涌き出てくる煙を見ながら不吉なことを呟く。
「まさか。森には熟達の魔女が居ますし、火なんてすぐ消すことが出来ますから」
ミミはそう言ったが熱気を帯びた風と煙は収まる様子が無い。
「ここに居たら私達もヤバいわよ。何か熱さが増してる気がするし、煙も心なしか酷くなってない?」
「家に入って待ってればそのうち……」
その時、獣のような雄叫びか上から聞こえてきた。2人が驚いて見上げると、何か黒いモノが上空を通るのが煙の隙間から見えた。大きな翼竜のようなフォルムに腹の部分がぼんやり赤く光っている。ミミの顔に驚愕が広がる。
「まさか……そんな、火竜っ!?」
「えっ、なに、竜?」
それってゲームとか映画に出てくるやつ? でも空想上の生き物でしょ、あれ。
それが自分達の上を飛んでいる。リアルな存在として。 火竜は旋回を繰り返し、突如として火を吐いた。近くの木々が赤く燃え上がる。
「!」
尋常でない熱さが2人に襲いかかる。火の手はすぐそこまで来ていた。マイアは咄嗟にミミの腕をとる。
「あの……」
「逃げるのよ、ミミ!」
「でもっ」
ミミが名残惜しそうに自分の家をチラチラと見る。
「ミミ! あんた、この火を消せる魔法が使えるの、今すぐ?」
「それは……」
もちろん、ミミにそんな魔法は使えない。
「無理なんでしょう。行くしかないわ。ここに居たら焼かれて死ぬか、煙を吸って窒息して死ぬかの2択しかないのよ」
どこへ行けば良いのかは分からないが、とりあえず今ここから逃げなければ生命すら危うい。
ミミは未練を振り払うように首を振って、2人で走り出した。煙と熱さが僅かでも少ないところへ向かいながら、マイアは何だってこんなことに、と思った。
私、何か悪いことした?
荒い息の中、闇雲に走り抜ける。今はとにかく逃げ切るしかない。背中に熱をひしひしと感じながら命からがら森を抜けると、徐々に木が少なくなり、だだっ広い草原に出た。
何とか、助かった……?
走る速度を弛め、熱さを感じないところまで来てマイアは膝に手をつき、肩で息をする。
いくら運動部でもこれはキツいわ。
近くにいるはずのミミに目を向けると、地面にまるで死体のようにうつ伏せになっている彼女の姿があった。とりあえず、肩の辺りは動いているから、息はしているようだ。
まぁ、どう見ても毎日走り込んで体力作ってますってタイプじゃないよね。
黒い三角帽子は逃げている最中に脱げてしまったのでミミの長い金髪が夕日にキラキラと輝いている。それを見ながらある事を思い出した。
あ、スティック忘れた! 今頃燃えてる、ううん、燃えかすになってるだろうな……。
マイアが凹んでいると 、突然ミミが顔を上げ、周囲をキョロキョロと見回す。
「どうしたの、ミミ?」
「何か、来る」
「え、 何ってなに?」
ミミは目を閉じ神経を集中させる。
「南の方から走ってくるものが……動物、だと思います」
「動物?」
「はい。それも複数」
「この火事に驚いて逃げてるってこと?」
「それにしては規則的というか……」
「規則的?」
マイアは首を傾げる。すると、本当に南の方から馬の嘶きのような声がした。そちらを見てみると、土埃を上げこちらに向かって駆けてくる馬のの一団が見える。
「馬の上に人が乗ってるように見えるんだけど……」
それも何やら揃いの物々しい銀色の甲冑を着込んでいる。
「何か如何にも騎士って感じ」
あー、こういうのもゲームとか映画によく出てくるよねー。
マイアが呑気に呟く傍でミミがしんどそうに体を起こした。怪訝な顔をしている。
「騎士……こんなところに?」
「珍しいの?」
「はい。騎士にもクランがあるんですが、ここからはとても離れているんです。なのでこんなところを走っているのは、かなり珍しいです」
「そうなんだ」
2人がのんびり話していると騎士達はどんどんこちらに近づいてくる。まるで彼女達を目指しているかのように。あれよあれよという間に騎士達は2人を取り囲むんだ。
「え、ちょっと何?」
マイアとミミは震えながらお互いに体を寄せた。10名の騎士達は馬上から一斉に槍を向ける。
「お前ら魔女だな」
「私はそうですけど……」
怯えながらミミが答えた。それを聞くな否や、数名の騎士が素早く馬から降りてきて、2人の体を掴む。
「ちょ、ちょっと何するのよ!」
マイアの抗議の声にも耳を貸さず、2人の手を後ろ手に縛り抱え込んで、馬の背にくくりつける。
「何なの!? 私達をどうするつもりなわけ?」
マイアはじたばたと暴れるが、騎士達はびくともせず、足も縛り上げる。
「止めて下さい! その人は魔女じゃありませんっ」
同じく縛りつけられいるミミが蒼白な顔で叫ぶ。
「一緒に居たのなら、無関係ではあるまい。連れていけ」
騎士達は2人を馬の背に縛りつけ終わると、再び馬に乗り集団でどこかへと走り出し、魔女の森からどんどんと遠ざかっていく。
冗談じゃない、一体何なの?
口も布で覆われしゃべれないが、マイアは何とか抜け出そうともがき続けていた。
「おい、暴れて落ちたら助からんぞ」
一緒に乗っている騎士が冷たく言い放つ。マイアの動きが止まった。確かに馬の背は思ったよりもずっと高い。そこから落ちたら大怪我は間違いない。その上、他にも疾走する馬に囲まれているのだ。踏まれればまず助からない。
マイア、本日2度目の生命の危機である。
今日は一体何回トラブルに巻き込まれたら気が済むの? 私、何か悪いことした?
考えても答えが出る訳では無かったが、考えずにはいられないマイアであった。
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