第2話 魔女の森
木製のドアを開けて2人は外へ出ると、そこは森の中だった。
「?」
マイアは思わず立ち尽くす。
「ここ、森の中なの?」
「そうです。魔女のクランは森の中にあります」
「そーなの」
マイアはよく分かっていないまま相槌を打つ。森の木々はマイアがこれまで見たどんな木よりも幹回りも太く、背が高い。マイアが見上げても先が見えない程だ。
ミミの家の近くは森の中の少し開けた場所にあって陽が優しく差し込んでいる。
まぁ、雰囲気は良いところよね。
周りを見渡してマイアは気を取り直す。そこで、ふと振り返ってミミの家を見ると、家と樹が融合していた。というよりも樹にドアと煙突が付いている感じだ。
「えっ! ミミ、あんたの家、木と一体になってるみたいだけど……」
「そうですけど?」
まるでそれが普通といった態度である。
だから何か奇妙に歪んでいたの? しかし、どうなってるのかしら……。
ミミに聞いてみようかと思ったが、ここは異世界、たぶんマイアの世界とは違う法則やら何やらがあるのだろう。
うん、きっとそうよ。 聞いても理解出来るか分かんないし。すぐ還るし。気にしちゃ駄目よ。
「それで、魔法に詳しい魔女はどこにいるの?」
「えっと……」
ミミはぐるぐると視線を巡らせる。
「たぶん、こっちだと思います」
「たぶん?」
大丈夫かな、この子……。
一抹の不安を覚えたが、マイアはミミの後をついて行った。森の中へ進むにつれ、樹々が密になり陽の光も薄くなってくる。
いかにも魔女が住んでそうな感じねー。
マイアはそう思いながら、巨木の根がうねる道を進んでいく。
「おい!」
歩いている2人に話しかけてくる者がいた。そちらへ視線を向けると、木の陰から15,16歳くらいの鳶色の髪に青いローブを着た少年が姿を見せた。
「イライアス!」
ミミがその姿を見て声を掛ける。
「誰? 知り合い?」
マイアがミミに尋ねる。ミミは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「はい、そうですね……まぁ、知り合いというか……同じ時期に魔女の森に来たというか……」
つまり、同級生みたいな感じ?
それにしてはミミの顔は嫌そうに見える。マイアが不思議に思っていると、イライアスと呼ばれた若い男が口を開いた。
「お前がこんなところまで来るとは珍しいな。それに、そのデカい女は何だ?」
そう言ってマイアを指さす。
失礼な男ね。
「デカい女って……確かに、背は高い方だけど。 私にはマイアって名前があるのよ」
「ふーん」
イライアスは斜に構えて見せて、マイアの反論にも関心が無いようだ。
「で、ミミお前はこんなところで何してるんだ?」
「……ちょっと召喚術に詳しい魔女に会いに行こうと思って」
「何でだ?」
「それは……」
ミミがたじろぐ。イライアスに自分の失敗が知られたら何を言われるか、分かったものではない。ミミが言いあぐねていると、マイアが口を開いた。
「何だって良いでしょ。 大体、あんたこそ何の用があるのよ。 イライアスだっけ、私達急いでるんだけど」
マイアが不機嫌さを表すように持っていたスティックで地を軽く叩くと、あからさまにイライアスはムッとした表情になった。ミミはハラハラしながら2人の様子を交互に見ている。
「ミミ、そもそも本当に会えると思ってるのか、お前なんか落ちこぼれのクセに」
イライアスの嫌味な言い草にミミは目に見えて沈んだ顔を見せる。庇う謂れはないが、ミミが責められるのを見るとマイアは何となく気分が悪くなった。
「あんた、性格悪いって言われない?」
マイアが半眼になってイライアスを睨む。
「ねぇ、ミミ。 会えないってどういうこと?」
「お前魔女じゃないな」
「そうだけど?」
まぁ、魔女じゃないどころかこの世界の住人でも無いけど。
「じゃぁ、教えてやる。ここの連中は実力の無いヤツに構う程お人好しじゃない」
「どういうこと?」
「魔法使いは群れない。気にするのは己の研鑽だけさ。自分の利になりそうもない、その上弟子でも無いやつに積極的に関わらないんだよ」
それで、ミミがずっと歯切れが悪かったんだ。 でも。
「じゃ、何であんた私達の前に現れたわけ?」
マイアのもっともな言葉にイライアスはギクッと気まずそうな顔になった。
「ふ、ふん、珍しいやつが居たから気になっただけだ」
今度はマイアがニヤニヤする番だった。
何だっけ、こういう奴。 ツンデレ?
「ミミのこと心配してたんじゃないのぉ?」
「なっ、違うっ、そんなんじゃない!」
大仰な身振りで否定するイライアス。どうやら当たりのようだ。
「あの~……」
当のミミを放っておいて繰り広げられるやり取りに、本人が当惑気味に声を掛ける。そこで我に返ったマイアが本来の目的を思い出した。
「そうだったわ。 ミミ、本当に他の魔女に会えないの?」
「えっと、それは……」
「止めとけ。無駄だ無駄」
イライアスが調子を整える為に咳払いを1回してからそう告げた。
「大体、こいつは一体どこの誰だ?」
「それは……」
イライアスはミミに近付いて腰に手を当て睨む。ついにミミは白状した。
「ちょっと、その、召喚術に問題があって……」
恥ずかしそうにマイアの方をちらりと見る。
「だから、その……マイアが還れなくなっちゃって、それで……」
イライアスは吹き出した。どうやらミミが何を失敗したのか掴めたらしい。
「アハハッ! お前らしい失敗だな。 還れないってそれで他の魔女の手を借りようとしたのか。 お前、一体何を召喚したんだ?」
そう言ってイライアスはマイアを上から下へしげしげと眺める。
「何って、人間に決まってるでしょうが。見て分かんないわけ?」
不躾な視線を跳ね返そうとするようにマイアも睨み返す。ぷいっとイライアスはマイアから視線を外し、再びミミの方を向いた。
「ふん、只の人間を呼び出してどうするんだ。自力で還れないなら、還る方法無いんじゃないか」
ミミは黒い帽子の縁を両手で掴み、顔を隠して小さく震えた。
「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ。 女の子苛めて何が楽しいのよ」
庇うようにマイアはイライアスとミミの間に立つ。2人がどういう関係かは知らないが、弱い者苛めのような物言いは許せなかった。
「な、なんだよ。僕は事実を言ったまでだ」
イライアスは動揺したが強気な態度は崩さない。
「知らないようだから教えてやる。いいか、召喚術って言うのは自らの魔力で径を作り妖精なり何なりに助力を請うものだ。請われた方はその魔力を見て、強力に値するかを測る。そして相応しい相手と認められれば魔女の作った径を通って召喚に応じるわけだ。そして用が済めばその径を通って還っていく。つまり、道を通した本人以外その径は分からんという事だ」
「……そうなの、ミミ?」
マイアが聞くと、黒い帽子が縦に揺れた。
「でも、もっと知識と経験のある魔女ならっ」
ミミは泣きそうな声で叫ぶ。
「大魔女なら出来たかもな」
「誰それ?」
「魔女・魔法使いの中で極めて傑出した者のことだ。でも、今はその位には誰も居ない。だから無駄だと言ったんだ」
「困るわそれじゃ。ねぇ、ミミ他に何か方法はないの?」
森に野鳥の声だけが広がる。
「ホントに?」
「えっと、その、可能性だけなら色々あるんですけど……妖精に頼むとか、願いを叶えてくれる石とか、
「どれも現実的じゃないな。まず妖精は会えても願いを聞いてくれるかは分からない。気まぐれな連中だし。願いを叶えてくれる石なんて見つかる可能性の方が低い。そもそも宮廷(コート)は普通の人間じゃ入れない」
「そんな、それじゃ還れないの……」
マイアが流石に意気消沈したように呟く。
「まぁ、ミミが径をもう1度同じように繋げられるようになるまで待つしかないな」
「……」
マイアにだって、元の世界での生活がある。学校へ行って勉強し、部活をやって、友達と遊ぶ、至って普通の日常が。突然いなくなったら両親もどれだけ心配するだろう。
このまま還れないなら、一体どうしたら良いの?
黙りこくってしまったマイアに流石にイライアスも気まずいのか何も言わない。奇妙な沈黙だけが3人の間に流れる。すると、今まで下を向いていたミミが顔を上げる。
「わ、私が径をもう1度開きますっ」
ミミが意を決して叫んだ。
「ミミ……」
「お前、本当に出来るのか?」
イライアスの問い掛けに少し怯んだ顔を見せたが、ミミは頷いた。
「やってみる。呼んだのは私だもの。マイアを還せるのは私しかいない」
「ふん、まぁ精々頑張るんだな」
そう言って、イライアスは樹々の間に去って行った。
「何か、嫌味なんだか、心配してんだか、分かんないやつだったわね」
マイアの呆れた口調にミミが苦笑いを浮かべる。
「そういう人なんです。口は悪いですけど」
「それでどうするの? 他の魔女には頼らないの?」
ミミは頷いた。
「分かった。頼むわよ」
そうして2人は道を戻り、家へと帰って来た。そしてマイアは奇妙な文様の円陣の真ん中に立つ。
「これで良い?」
「はい」
ミミは召喚した際に開いていた本を再び取り出し、魔法を唱え始める。
「……」
ずいぶん長い間唱えているが何も起こらない。
あー、これ、長く掛かりそう。
マイアは無言で天を仰いだ。
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