第15話 やだ、こんなとろけた顔見ないでぇ!
今日の講義も終わり、文芸サークルに向かってみたがあいにく部室には誰もいなかった。
せっかくだから、と本を読んで葵ちゃんを待っていればピロンと携帯が高らかな着信音を奏でる。前に比べたら随分おしゃべりなスマホになったなと思いつつメッセージを確認すれば、堂島からの写真のお届けだった。
内容はもちろん葵ちゃんに関してで、先日のサークル活動でメンバーと共にさわやかな汗を流す彼女の写真はやっぱり今日も可愛かった。
「……はぁ」
だと言うのに僕の口からはわずかに重いため息が出てしまって、我ながら情けなくなる。
いや、もしかして僕の勘違いかも。堂島に「ありがと」とメッセージを返した後、僕はスマホのアルバムを開いて確認する。
そこには昨日のデートで撮った彼女の写真とたった今堂島からもらった彼女の写真が並んでいた。しかし堂島が撮影した彼女は満面の笑みであるのに対し、僕が撮った彼女の写真は心なしか少しぎこちない表情に見えた。やっぱり勘違いじゃなかったらしい。
「撮り方、なのか……?」
普段の葵ちゃんの笑顔はそれはもう眩しいほどの可愛らしさに満ちているし、堂島が撮ったやつは自然なのだから、考えられる原因としては僕の腕以外に考えられない。
「ちょっと練習しようかな」
思い立って適当に部室内を撮影していれば、不意にキィと音を立てて扉が開いた。
「センパイ。お疲れ様でぇす……何やってるんです?」
「あ、醍醐さん。お疲れさま…………ちょっと写真撮影の練習を」
僕に軽く頭を下げて挨拶した後、彼女は「なんかあったんですかぁ?」と不思議そうに首を傾げる。
そういえば醍醐さんっておしゃれだし写真撮影も得意そうな気がする。もしかしたら何かいいアドバイスがもらえるかもと思って僕は素直に彼女に訊ねた。
「実は、葵ちゃんの写真をもう少し可愛く撮れるようになりたくて。よかったらアドバイスとか」
「アタシにできることならなんでも協力します」
さすが葵ちゃん大好き強火大親友。食い気味の返事に少々面食らいつつもありがたく彼女の助けを借りることにした。
「なんか堂島が撮ってくれた写真に比べると少し笑顔がぎこちない気がするんだよね」
「まあ葵はいつ撮ってもどんな表情でも可愛いですけどぉ、確かにちょっと違和感ありますね……うーん、一回アタシのこと撮ってみてもらえます?」
ものは試し、と言うことでいつも通り何も考えずに醍醐さんを写真に納めてみる。出来上がった写真の出来はそう悪くないもので、ぎこちなさとかおかしな点とかは見受けられなかった。
「あれ? アタシは普通ですね。じゃあセンパイの撮り方が悪いってわけじゃないのかぁ」
醍醐さんの言葉にドキ、と心臓が跳ねる。僕の腕が悪いわけでもなく。葵ちゃんが写真慣れしてないわけでもない。けど普段僕に向ける笑顔とはちょっと違う。それってつまり……
「つまり、写真を撮ってる時の僕が特別キモいから……?」
「はぁ?!」
確かに彼女にカメラを向ける時の僕は彼女が可愛いことしか頭にないのだ。なので知らず知らずのうちにデレデレしてキモい顔を晒している可能性は大いにある。誰かないと言ってほしい。
「……いや、あり得ますね。葵見てると自然と笑顔になるのでアタシもニマついてる自信あります」
ダメだ。全くもって否定しないどころか同じ穴のムジナとして賛同してきた。けどこれで原因はわかったのだから、あとは変な顔を晒さないように表情筋を引き締めるだけだ。
二人して「これならちゃんとキリっとして見えるかな」なんて表情を確かめ合っていれば、再び部室の扉が開く。
「お待たせ、理人くん! あ、万里菜ちゃんも一緒だったんだ!」
部屋に足を踏み入れたのは、絶賛話題の中心である葵ちゃんだった。
「葵ちゃん!」
「へ?」
僕は勢いよく立ち上がると、早速練習の成果を活かすべく彼女へと詰め寄る。目を白黒させて扉に背を預ける葵ちゃんに対して僕は精一杯表情筋を引き締めると、肩を抱きしめてお願いを口にしたのだった。
「写真、撮ってもいい?」
「……え? あっ、う、うん!」
一瞬惚けた表情を見せたものの、すぐに葵ちゃんは快く頷いてくれる。だから僕も精一杯表情筋を総動員してだらしない表情を浮かべないようにしたのだけれど……
「…………おかしい。やっぱり葵、いつもとなんかちがくない? なんかあった?」
醍醐さんの鋭いツッコミの通り、葵ちゃんはいつもの屈託のない笑顔とは違って何かを抑えているような表情を浮かべている。
彼女も思い当たる節があったのか、少し申し訳なさそうな、バツの悪そうな顔をしてチラリと視線を逸らした。
……ああ、ついつい最近良いこと続きなせいで調子に乗ってしまってたらしい。きっと何か彼女の笑顔を曇らせるようなことをしてしまったんだろう。
けど今ならまだ間に合うかもしれないから、僕は真っ直ぐに彼女を見つめて口を開いた。
「……葵ちゃん。僕、なにか気にするようなことしちゃったんだね。直せることがあるなら教えてくれないかな」
僕の言葉にサッと彼女の顔が青ざめる。そのまましばらくの沈黙を保った後、葵ちゃんは恐る恐ると言った風に口を開いたのだった。
「……ニヤけちゃうの」
「えっ」
「はい?」
今度は僕と醍醐さんが間の抜けた声をあげる番だった。ニヤけちゃうって何? もしかして葵ちゃんが?
詳しく訊ねるよりも前に葵ちゃんはバッと顔を両手で覆うと「だってぇ!」と悲鳴混じりの弁明を叫ぶ。表情は見えないものの、ちらりと覗いた耳はリンゴのように真っ赤だった。
「だって理人くんっていつもニコニコしてて可愛いのに、写真撮る時は真剣な顔しててすごくかっこいいんだもん! だからニヤけないように抑えてたら……変な顔になっちゃって…………」
珍しく大声をあげたかと思えば、見る見る内に声は尻すぼみになってゆく。
つまり葵ちゃんにとって僕の顔はにやけててキモいどころか、むしろかっこよくて彼女の方がにやけてしまっていたと言うわけで……
彼女曰く「真剣なかっこいい顔」をしていたはずの僕はあっという間にニマニマと頬を緩ませ、隣で見守ってくれていた醍醐さんと共に二人して葵ちゃんのにまつき顔を拝むべく覗き込みまくったのだった。
「あ、葵ちゃ〜ん。顔見せてほしいな〜」
「やだ、こんなとろけた顔見ないでぇ!」
最終的に、僕らは「写真を撮る時はお互いに笑顔を抑えない」と約束をして解決したのだった。
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