第14話 オレが女にしてやるからさ


「百合、かあ……」

 食堂での昼食を終え講義に出席する結城先輩を見送った後、僕は食堂で一人悩んでいた。あの人の思いもよらぬ弱点を手に入れたはいいが、一体どうやって活かせばいいんだろう。

 僕と葵ちゃんの間を邪魔しなければそれでいいんだけど……


「おっす、彼氏くん。なーにしてんの?」

「うわっ! っと……なんだ、堂島か」


 思考に意識を割かれすぎていたせいか、勢いよく背中を叩かれてようやく我に返る。手に持っていた空のコップを取り落としそうになって慌てて掴み直した。


「なんだってなんだよ。彼氏くんがぽけーってしてっからどうしたんかなって思って来たのにさあ」

「えっ、そうだったのか」

 

 口調とは裏腹になんだか楽しげに笑いながら堂島は僕の向かいの席に座る。はたから見てもあからさまに様子がおかしいレベルで考えこんでしまっていたらしい。少々恥ずかしさを抱えつつ、僕は結局堂島に話を聞いてみることにしたのだった。


「いや、思いがけず結城先輩の弱点というか……ちょっかい出されない条件を知ったからなんか活かしたいなって思ったんだけど、なにも出てこなくって……」

「げ、アイツの?」


 一瞬顔をしかめた後、堂島は「そんで?」と興味津々で僕に続きをうながしてくる。堂島も僕と葵ちゃんの仲を邪魔されないために協力してくれるんだと思えばなんだか元気づけられて、僕は意気揚々と説明を始めたのだった。


「実は結城先輩あの人は百合の間には入れないらしいんだよ」

「なに百合って」


 百合の説明からかよ。前途多難だ。


「えっと、百合っていうのは女の子同士の深い関係って言うか……友情っていうか……その間に無理やり割り込むのは良くないよねって話で……」

「なんで女同士だけ? 相手が誰でもダメじゃね?」


 ごもっともです。いやでも今はそういうことじゃないんだ。


「なんて言ったらいいんだ……? 実際言葉で定義しようとすると難しいし、習うより慣れろって感じだしなあ……」


 いっそのこと僕が持ってる作品をいくつか貸してみるか、と検討したあたりで「じゃあさ」と堂島はずずいと前のめりに距離を詰めると名案と言わんばかりの眩しい笑顔を向けたのだった。


「彼氏くん家に読みに行けばよくね?」





「おっじゃましまーす!」

「どうぞ……?」

 数十分後。結局僕は押し切られる形で堂島を部屋に招き入れていたのだった。あんまり片付いていなかったから呼びたくなかったんだが、まあ仕方ない。

 堂島は部屋のごちゃつきを大して気にしたそぶりもなく、僕のおすすめを手に取ると黙々と読み始めたのだった。


 僕の部屋で金髪褐色のチャラ男が百合作品を読んでいる。なんともミスマッチで非現実的な光景だけど、不思議と居心地の悪さは感じない。

 むしろたまに読みながら「おー」とか「えー、どうなんの」とか感想を漏らしながら読んでいる様を横目で眺めているのはなんだかやけに楽しかった。


 僕も同じように漫画を読み始め、堂島が持って来たお菓子を開けてたまにつまみ、腹減ったということで適当にコンビニで夕飯を調達し、ついでに缶ビールなんか買っちゃって、そして…………



「つまりさあ、僕が女の子になれば、ゆーき先輩もあおいちゃんにちょっかいださないんとおもうんだよねぇ!」

「すげー! 彼氏くんてんさぁい!」


 僕たちは非常に楽しくなってしまってワケのわからないことをわめいていたのだった。

 いやでも結城先輩が百合の間に割り込めないなら、僕と葵ちゃんが百合になれば無問題ではなかろうか。証明完了。完璧。


「でもぉ、女の子になんのむずくねえ? 女の子のさぁ、定義がさぁ……」

「いやできる! かわいいは作れるって聞いたことある!」


 何が起きても楽しくて、ふわっふわの万能感のままに言葉を口にして。そのままの勢いで僕は立ち上がると堂島を連れて再びコンビニに向かう。

 そしてコンビニコスメをいくつか買い込むと、酔っ払ったテンションで顔に色々塗ったくったのだった。


「どう?! これなら葵ちゃんと百合になれる?!」

「いやダメすげーヘッタクソ!」

「そんなに言うなら堂島もやってみなよ!」


 いやこれ難しいな。いつも可愛くおめかししている葵ちゃんの偉大さを感じながらメイクを落としていれば、不意に手元が暗くなる。

 不思議に思って顔を上げれば、メイク道具を手ににんまりとイタズラっぽい笑みを浮かべた堂島が僕に迫っていたのだった。


「よぉーし。じっとしてなよ、彼氏くん……ちゃんとオレが女にしてやるからさ」




 数十分後、僕は堂島なりの精一杯のメイクを施された状態で結城先輩に自撮りを送り、無事「馬鹿じゃないか?」と冷静な一言を返されて酔いが覚めたのだった。

 

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