第13.5話 彼氏クンを見てる
うちの弟の話をしようと思う。
弟の春太は小学生の頃はそれはもう可愛かった。サラサラの黒髪とタレ目がちな大きな瞳がまるで絵本に出てくる王子様みたいだって近所でも評判の男の子だったのだ。父に似て吊り目なせいで女子高生にして「女帝」とかいう失礼極まりないあだ名で呼ばれる私とはまるで正反対。
「あさって、学校行きたくないな……」
そんな弟がぽつり、とこぼした弱音は普段の明るさとはうって変わってひどく小さかった。
「へー、そうなの?」
私が特段驚きもしなかったのは母からあらかじめ「理由」を聞いていたからだった。なんでもクラスの出し物で劇をすることになった際、王子様役に推薦された弟の相手役を巡って女子の間で争いが起こったらしいのだ。
女子からは「私が春太くんのお姫様になる!」「わたしの方が結城くん好きだもん!」と争いの末の戦利品として扱われ、男子からは「お前のせいで結局決まんなかったじゃん!」と争いの種としてやっかまれてすっかり参ってしまったらしい。
「うん。だって、女の子……怖いし」
母からは「泣いて帰ってきたから優しくしてやって」と言われていたが、さてどうしようか。すっかり女子に対する苦手意識が芽生えてしまっているようで、下手に慰めるのもよくないと判断した私は「えー」となんでもないことのように言ったのだった。
「じゃあお姉ちゃんも苦手?」
「……お姉ちゃんは、平気」
「そ。なら遊ぼうよ」
遊ぼう、と声をかければほんの少し春太の表情が明るくなる。しめしめ、わかりやすい奴め。
そこからは私の部屋で春太の好きなことばかりした。今日は特別に好きなだけゲームをしてもいいって母からお許しが出たからいつもよりちょっと長く対戦したり、小学校で流行ってるって本の話を聞いたり……
「……お、これ気になる?」
散々遊び尽くして「さあ次何をしようか」となったタイミングでふと、春太が私の机の上に散らばっていた少女漫画に目をとめた。
ストーリーとしては王道な三角関係だ。主人公の女の子がいて、彼女には憧れの男の人がいて、応援してくれる幼馴染の男の子は実はこっそり彼女が好きってやつ。
「え、でもこれ女の子の漫画じゃ……」
「誰が読んでもいーっていーって! おもろいから読んでみな」
半ば押し付けるみたいに本を手渡せば、少し恥ずかしそうにしながらも弟は大人しく漫画を開く。けれど読み始めてからはだんだんとのめり込んでいって、気づけばまた次の巻、その次の巻へと手を伸ばしていった。
「かっこいいね、この男の人……」
「ね。わざとヒロインにちょっかいかけて、ヒーローとの仲を応援してるのが泣かせるよね〜」
そして最終巻で幼馴染の後押しもあってついに主人公が憧れの人と結ばれたところまで読み終えて、不意に弟はそっと口を開いたのだった。
「……ほんとは僕、王子様じゃなくて、魔法使いの役がやりたかったんだ。誰かと一緒にじゃなくて、誰かが楽しそうにしてる方が見る方が好きだし……」
ああ、そういうことかとやっと納得した。この子はただ誰かに傷つけられて泣いてたんじゃなくて、自分のやりたいことができなくて苦しかったのだ。
春太は
「……じゃあいつか、頑張ったらハルにもお姫様が出来るのかもね。王子様としてじゃなくて、魔法使いとしてのお姫様」
「ほんとに? 頑張ったらできる?」
私の言葉に弟はパッと顔を上げて期待に満ちた眼差しを向ける。未来のことはわかんない。もしかしたら普通に好きな子ができるかもしんないし、恋愛に興味はないままかもしれない。
それでも今の弟の瞳がキラキラ綺麗に輝いていたから。
「うん。だからまずは魔法使いの役がいいって次学校行ったら言ってみようよ」
ぽん、と軽く背中を押してみればまだ春太は少し迷ってるみたいだったけど、ぎゅうと拳を握りしめてからこくりと頷く。
そしていつも通りの元気な笑顔で生まれたばかりの憧れを口にしたのだった。
「うん。僕、頑張ってみる。この漫画のお兄さんみたいになりたいから!」
「姉貴、俺……お姫様できたかも! 一年の可愛い子だけど全然俺なんか眼中にないっぽいんだ!」
「良いけど百合にはちょっかいかけんなよ!」
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