第7話 どっちがいいか、決めろよ

「ほら、彼氏くん」

「どっちがいいか決めろよ」


 そんな台詞を発しているのがたとえば可愛らしい美少女ならまだ救いがあっただろう。いや、僕は葵ちゃん一筋だけれど。

 けれど僕にそう迫っているのは顔面偏差値クソ高の男たちなのだから、もういっそ気絶してしまいたいくらいだった。


 そもそもなんでこんなことになったかというと話は三十分ほど前にさかのぼる。


 今日は講義が早く終わる日で、僕と葵ちゃんは構内で待ち合わせてお昼を一緒に食べた後デートする予定だったのだが……


「堂島も今日はもう終わりなんだ」

「休講になっちゃったんだよねぇ。だからちょー暇なわけ!」

 偶然大学で鉢合わせた堂島と、どういうわけか待ち合わせ場所まで一緒に行くわけになったのだった。葵ちゃんも堂島のことは良い先輩だと思っているから「喜んで」と言っていた。

 まぁ僕らの仲を応援してくれてるし、テンションはともかく話が合わないわけでもない。


 なので特段嫌がることもなく葵ちゃんとの待ち合わせ場所に向かった僕が見たのは、相変わらず葵ちゃんにちょっかいをかける結城先輩の姿だった。


「へぇ、藤本はこの後彼氏クンとお昼なのか」

 なんて言いながら距離を詰めるもんだから、僕は慌てて結城先輩と葵ちゃんの間に割り込んだのだった。


「お疲れ様です、先輩」

 僕がちょっと敵意をこめてにらめば、むしろ結城先輩は嬉しそうに笑う。

 そう、この人はこうやって彼氏持ちの女に粉かけて彼氏が慌てるのを見るのが何より好きな当て馬希望の変人なのだ。そこに恋心は一切ない。

 わかっていたとしても他の男が自分の彼女と距離が近いのは見ていて気持ちの良いものじゃないし、そもそも結城先輩はイケメンだ。なにがあるかわかったもんじゃなかった。


「今日も頑張ってるなぁ、彼氏クン。それじゃあな」

 そう言ってカラカラ笑いながら、結城先輩が葵ちゃんの肩を叩こうとしたのだが……


「センパイ、ちっす。今日も悪趣味っすね」

 その手をあろうことか堂島が阻んだのだった。

「まーた彼氏持ちにちょっかいかけてるんすか。そろそろ刺されません?」

「え、堂島に関係なくないか。つうか彼氏持ちに好かれてんのはお前もだろ」

 いつも通りにこにこ笑っているものの言葉のとげを隠そうともしない堂島に、結城先輩は手を振り払った後怯んだ様子もなく言葉を返す。


「オレはアンタみたいにわざとやってるわけじゃねえから。つーかマジで葵ちゃんに触んないでくんないすか」

「ひどいなあ、藤本。俺たち仲良しなのにな」


 少しずつ、少しずつ場の空気が冷えていく。顔のいい男たちが敵意や悪意を隠しもせずに交わす言葉の数々は迫力に満ちていて、思わず僕は葵ちゃんをかばう様にぎゅっと抱きしめた。


「彼氏くんと葵ちゃんはアンタみたいな邪魔なんかはいらずにずっと仲良く暮らすんだよ。そんなんもわかんねえの?」

「わかってないのはそっちだろ。たまに波乱があるから二人の愛はより強固なものになるんだって」

 そして話は少しずつ僕と葵ちゃんの恋路の話に移り変わってゆく。コイバナってもっと和やかな雰囲気でやるものじゃないの?

 僕が陰キャだから知らないだけ?

 そして絶対零度の空気の中、堂島と結城先輩は僕に問いかけたのだった。


「ほら、彼氏くん」

「どっちがいいか決めろよ」

 どっちの恋路がいいのか、ということだろう。どっちを選んでも角が立つであろう状況に、がくがくと僕は小さく震え始める。

 いやどっちの言い分もわかるからどっちを選べばいいかわからないし、選ばなかった方に悪いとか思ってしまうともう何も言えなくなってしまった。


「どっちがいいかはわからないし、」

 そんな中、闇を切り裂く光のような声が僕らの耳に届く。それは僕に抱きしめられた葵ちゃんの声だった。葵ちゃんは穏やかな笑みを浮かべながら抱きしめる僕の背中にぎゅうっと腕を回した。


「私は理人くんとずっと一緒なのでどっちでもいいです」

 ぽかんとする二人なんて視界に入らないと言わんばかりの潔さで、葵ちゃんは「ね?」と僕に問いかける。僕が一拍遅れてこくこくと頷けば、葵ちゃんは満足そうに笑った。


「じゃあ、私たち失礼しますね」

 そして未だ呆けたままの僕の手をぎゅっと恋人握りすると、葵ちゃんは颯爽と歩き出す。だから僕は改めて葵ちゃんに惚れ直しながら彼女の隣を歩き始めたのだった。


葵ちゃんは可愛いけど、今日はちょっとかっこよかった。



 

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