第5話 あれぇ、葵ちゃんオチちゃったね?

 青い空、白い雲、そして輝くビーチに海!

 そんな自分とは正反対な場所に連れてこられた僕は、強い日差しに今にも倒れそうになっていたのだった。


「ほらほら、彼氏くんもシャキシャキ動く!」

 褐色肌にアロハシャツを羽織った姿がまぶしい堂島に軽く背中を叩かれる。けれど元はと言えば、こいつが元凶なのだった。




「今度、みんなで海の清掃行くんだよね。水着で」

 先週のことである。堂島が二人で飯を食ってるときにそんなことを言い出したのだ。ざわざわと騒がしい食堂の中で、彼の言葉だけがやけに明瞭に聞こえる。

「……それって、葵ちゃんも?」

「もち。ボランティア部の活動だからね」


 ボランティア部の活動だろうが海は海。海と言えば水着。いつもと違う魅力的な姿、そして芽生える恋……考えただけで吐きそうだ。

 そもそもそんな布一枚だけの無防備な恰好の葵ちゃんを狼の群れの中に放り込むなんて、そんなの彼氏としては見過ごせなかった。後普通に水着も見たかった。

「僕も行く」

 なので、僕も外部の手伝いとしてボランティア部の活動に参加したのだが……


「全然メンバーいないじゃないか!」

「ごーめんって!」

 実際待ち合わせ場所に向かってみれば、ボランティア部のメンツは堂島と葵ちゃん含む数人しか集まっていなかったのだった。

 これなら別に葵ちゃんと誰かに恋が芽生える可能性は低そうだし、全くの杞憂だったと言うわけだ。

 しかも肝心の葵ちゃんはパーカーを上に羽織っているので水着も拝めない。何のために来たんだ。


「いやぁさ、今回全然人集まんなかったし、葵ちゃんの話すれば彼氏くんも来てくれるかなって思ってぇ」

「つまり僕は騙されたってわけ?」

 じろりと恨みがましくにらめば、やっぱり堂島は困ったように笑って手を合わせるばかりだった。


「……まあいいや。せっかく来たからには楽しんでみるよ」

 ため息を吐きつつじりじりとした日差しに焼かれながらまた一つ缶を拾えば、堂島が意外そうに目を丸くする。そんなに僕は根暗の虚弱インドアに見えるってわけ?

 

「その、堂島にはいつも世話になってるし……」

 口にしながらなんだかだんだん恥ずかしくなっていって、しりすぼみになってしまう。けれどもしっかり堂島の耳には届いたのか、彼は太陽みたいな笑みで勢いよく肩を組んでくるのだった。

 やめて、陽キャ怖い。


「も~、彼氏くん素直じゃないんだから。お礼と言ってはなんだけどなんか好きな物買ってきていーよ」

 そろそろ疲れただろうし一休み、なんて言って堂島が千円札を手渡してくる。同級生に奢られるのは抵抗があったけれど、「まあ今回のお詫びだと思って」と押し切られてしまった。

 なので僕と葵ちゃんは二人で連れ立って海の家に向かっていたのだが……


「彼女、可愛いじゃん。ちょっとでいいから遊ぼうよ~」

 絵に描いたようなチャラ男二人組に行く手を阻まれてしまったのだった。

 日に焼けたチャラ男という点では堂島と同じだが、僕と言う彼氏連れでありながら葵ちゃんに声をかけてきたこいつらは闇のチャラ男だ。光のチャラ男とは違う。


「いや、その、彼女僕と来てるんで」

「お前には聞いてないから」

 勇気を最大限ふりしぼって反論してみても秒で返されてしまう。ひぃ、怖い。

 僕は背ばっかり大きくなったものの体力も筋肉もないので、こういう水着姿だといつもにまして弱そうに見えるのだろう。

 でも僕は葵ちゃんの彼氏なんだ。なので彼女の手を強く掴むとぐいと勢いよく引っぱって守るように抱きしめた。そして精一杯の威嚇として彼らを睨む。


「はぁ、ふざけんなよ。ブサイクのくせに」

 その視線が気に食わなかったのだろう。彼らはこぶしを振り上げると僕に向かって振り下ろそうとする。僕はせめて彼女に当たらないようにと抱きこんだのだが……


「ふざけてんのはそっちだろ」

 いつもは明るくはずんだ声が、地を這うように低くなるのを耳にした。

 慌てて顔を上げれば、僕と葵ちゃんを守るようにして立つ堂島の背中が目に入る。殴ろうとしたチャラ男の腕を力の限り掴んでいるのか、その腕には軽く血管が浮き上がっていた。


「な、なんだテメエ」

「彼女のために頑張ってるのがカッコ悪いわけないって言ってんの!」

 怒りをあらわにした堂島は、それはもう迫力があった。美形がすごんでいるというだけでも恐ろしいのに、筋トレで鍛え抜かれた体が喧嘩に持ち込んでも勝てないということを如実に伝えてくる。


 そして結局闇のチャラ男二人組はすごすごと去っていったのだった。

 彼らの姿が見えなくなって、ようやく僕は葵ちゃんをそっと解放する。と同時に膝に震えが来てぺたりとしゃがみこんでしまった。


「理人くん!」

「いや、ケガとかはしてないんだけど安心しちゃって……ごめん、カッコ悪いね」

 庇ってくれた堂島とは大違いだ。自虐の意味も込めてへらりと笑ってみせれば、目に涙を浮かべたままの葵ちゃんが僕にタックルするみたいに抱き着いた。


「そんなことない、カッコよかったよ。すごくすごくステキだったよ」

 彼女の涼やかな声が僕の耳を優しくくすぐる。その言葉がじわじわと少しずつ僕の胸に染み込んでいって、僕はたまらずまた彼女を抱きしめたのだった。


「あれぇ、葵ちゃんオチちゃったね。彼氏くんを惚れ直させる作戦だったのに」

「え?」

 しばらくぎゅうっと抱き合った後、不意に堂島がおかしなことを言い出す。どういうことかと思って葵ちゃんの方を見れば、もごもごと口を動かした後小さな声で囁いた。


「……実は、私が堂島先輩にお願いしたの。理人くんを連れてきてほしいって。もっと好きになってほしかったから……」

 まさかの展開にえ、と思わず声が漏れる。じゃあこれって堂島の策略じゃなくって葵ちゃんの作戦?


「だからその、こんなことになっちゃったけど……よければちゃんと見てほしいな」

 その言葉と共に、葵ちゃんが羽織っていたパーカーをするりと脱ぐ。真っ白なフリルのビキニがまぶしくって、僕は危うく叫びだすところだった。

 すごい。可愛い。似合ってる。セクシーだ。


 けれど今僕が言うべきことはそうじゃないだろう。なので僕は深呼吸して気持ちを落ち着けると、僕は心からの気持ちをこめてこう言った。


「僕も、葵ちゃんの事もっと好きになったよ」

 笑顔で抱き着いてくる葵ちゃんを見ながら、たまには海も悪くないな、と思った現金な僕なのだった。



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