第4話 オレが告白しろって言ったんだよ

 すこし形の不恰好な唐揚げに食いつけば、じゅわりと肉汁が口いっぱいに広がっていく。いつもなら脂っこいものは飽きてしまうので少しにするのだが、この唐揚げは今まで食べた何より美味しかった。


 なぜならば、これは葵ちゃんが僕のために作ってくれた唐揚げだからだ。ちょっぴり焦げたところも含めて幸せの味がする……


「美味しい?」

「すごく美味しいよ、ありがとう」

 もう何度目かのありがとうを伝えれば、そのたびに葵ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。


「よかったあ、頑張って作ったんだ!」

 前回の反省を活かし、葵ちゃんはまずはまだ簡単な唐揚げにチャレンジしたらしい。そして何度目かの失敗の後、今回美味しそうな唐揚げを作ることに成功したのだった。


「そんなに喜んでくれるなら、また頑張って作っちゃおうかな!」

 張り切ってガッツポーズを取る葵ちゃんは文句なしに可愛い。気立が良くて可愛い上に頑張り屋さんだなんて……こんなにも素敵な葵ちゃんがどうして僕の恋人になってくれたのかいまだに疑問である。


「じゃあ、また授業終わりにね」

 バイバイ、と別れてから僕は浮かれた調子のまま教室に向かう。そうすれば見知った顔が僕を見るなり、フハっと笑いを漏らしたのだった。


「彼氏くん、顔やばいよ〜」

 なんて言いながら堂島は荷物を退けて僕の分の席を作ってくれる。僕はその言葉に慌てて表情を引き締めたものの、堂島は「違う違う」と笑いを堪えつつ答えた。


「口、油でテッカテカなんだわ」

 堂島が差し出してくれたティッシュに礼を言いつつ口を拭えば、確かにティッシュが油でしっとりと濡れる。恥ずかしい、全然気にしてなかった。


「さては葵ちゃんのからあげでしょ。この前上手くできた〜ってめっちゃはしゃいでたんだわ」

 はしゃぐ葵ちゃんを想像してみる。可愛い。

「うん、前に比べると上手くできてたよね」

「あー、そうなん?」

 想定とは違う返事に僕は不思議そうな顔をしていたのだろう。堂島は可笑しそうにことの次第を説明した。


「オレらは失敗分しか食ってねーの。成功したやつは全部彼氏くん用になっからさ」

 その言葉に改めて僕は先程の唐揚げの美味しさを思い出す。なんてことだ。つまり徹頭徹尾僕のための唐揚げってことじゃないか……


「あんな優しくて可愛い子が僕の恋人だなんて、幸せすぎる! どうしてなんだろう……」

 喜びが天元突破して今にも拝み始めそうな僕を、堂島はにまにまとした笑みで眺めている。そして不意にからかうように口を開いた。


「彼氏くん知らないの? オレが告白しろって言ったんだよ」

 え?

 その意味を問いただすよりも前に教授が教室に入って来て、おしゃべりが中断される。教授は厳しい人だし、授業は難易度が高いのでついていくのに必死で内職なんてもってのほか。

 言葉を交わす暇なんてあったもんじゃない。


 なので僕はずっともやもやしたまま、一時間弱を過ごすことになったのだった。


 どういうことだ?

 堂島が告白しろって言ったって……つまり葵ちゃんは最初はその気はなかったけど告白したってことか?

 いやでもあんなに良い子がそんないたずらを仕掛けるわけがないし、そもそも堂島だって……


「彼氏くん、授業終わったよ?」

「えっ」

 その言葉に急に現実に引き戻される。慌てて顔を上げれば、そこには心配そうにこちらを覗き込む堂島の姿があった。


「どーしたん、お腹でも壊した?」

「いやその、さっきの言葉が気になって……」

 慌てていたせいか口を滑らせて、正直に話してしまう。そうすれば今度こそ堂島は噴き出して腹を抱えて笑い出してしまった。


「やべーね。彼氏くん、ノート途中から止まってんじゃん!」

 写させてあげるからコーヒー奢ってよ、という堂島に連れられて僕と彼は二人で食堂に向かう。


「えっと、それで……」

「あーね。それなんだけど、」

 ノートを写させてもらいながら、カフェオレで舌を濡らす堂島の方を見やる。そうすればにま〜と楽しそうに笑った後、堂島はさらりと言い切った。


「葵ちゃんに気になる人がいるからどうしようって言われたから、オレが告白しなよって言ったの」

 その答えを聞いた瞬間、体から一気に力が抜けていく。


 そりゃそうだ。

 葵ちゃんがいたずらで告白するはずないし、堂島だって変にそそのかすことはしないはずだ。それなのに変に勘ぐってしまって……


「その、悪かったよ」

 僕の謝罪に、今度は堂島が不思議そうな顔をする番だった。

「ん? カフェオレでチャラだから気にすんなって」

「いや、そっちじゃなくって……」


 少しの沈黙の後、僕は重苦しく口を開く。

「わかってるんだよ、心配しすぎだって。でも僕なんかにあんな可愛い彼女がいるって信じられなくって、つい疑うようなマネを……」

 だんだんと俯いていったせいか、堂島の顔は見えない。けど、大きなため息をついた声だけは聞こえた。

 

 ああ、これでまた友人をなくすんだ。この心配性はいつになったら治るんだろう……

 段々と気分が暗くなっていく中、パっと明るい声が上から降ってくる。


「彼氏くん、見て?」

 その言葉に素直に顔をあげれば、目の前にスマホの画面が差し出されていた。どうやら堂島と葵ちゃんのメッセージのやりとりみたいだ。


『堂島先輩、お話聞いてくれてありがとうございました。やっぱり私、理人くんのこと大好きです!』

 そして葵ちゃんのその言葉が視界に入った瞬間、また世界が明るさを取り戻したようだった。


「あんまそう言ってやんなって。好かれてんだし葵ちゃんの彼氏って自信持った方が良さげだぜ?」

 堂島がスマホを持っていない方の手で僕の頭をワシワシと撫でる。


「まぁ急にってのは無理だから。それまではオレも友達の恋路を楽しませてもらうんで! マジ笑えるし!」

 心強いような、余計なお世話なような……そんな気分がない混ぜになりながらも僕はペコリと頭を下げたのだった。


「じゃあまあ、よろしく」

「まぁ、この親友に任せとけって!」




「……僕ら親友だったの?!」

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