第3話 あーあ、これ浮気じゃん

「それで足りるの?」

「う、うん。夜ご飯しっかり食べるから」

 今日は葵ちゃんと一緒にお昼を食べる日だ。僕は菓子パンで、葵ちゃんはサラダ。本当にあの量で足りるんだろうか。不思議だ。


 ちらりと彼女の様子を窺えば、葵ちゃんはそのうるうるの目でこちらをじぃっと見つめてくる。

「なぁに?」

 その様はまるでお姫様みたいで、僕は彼女を見るだけできゅんきゅんとときめかされてしまうのだ。

 それに比べて僕の高校時代のあだ名は「骨」

 やたらでかいくせに骨張っているから名付けられたのだった。


 骨とお姫様。

 僕と葵ちゃんは存在からしてもう正反対と言っていいほどだった。


 そんな僕らの共通の話題の一つが、SNSに載せられている猫ちゃんの画像である。魔性のふわふわ、気まぐれなかわいさ……どれをとっても猫はパーフェクトだった。僕も好きだし、女の子もこういうふわふわは好きな人が多いだろう。


「それでこのあずきちゃんが可愛くって……」

「ほんとだ、伸びしてる〜!」

 やっぱりいつも通り葵ちゃんは楽しそうに猫の映像を眺めている。けど、ほんのわずかだけその表情に翳りを見つけたのは僕の気のせいだろうか。


「葵ちゃん、何かあった?」

 だから正直にそう訊ねれば、葵ちゃんは少し驚いたように目を丸くした後「なんでもないよ」と笑ってみせた。

 その後は授業があるから、僕らは笑って別れたのだが……


 怪しい。しかも怪しいのはそれだけじゃない。

 葵ちゃんはニットとスカートが大好きなのだ。夏でもサマーニットを着るくらいだし、可愛らしいスカートをいくつも持っている。

 けど最近の彼女はブラウスやパンツばかりでスカートを履くそぶりが見られないのだ。


 も、もしかして誰か他の男の影響だったりしたら……!


 そう思うといてもたってもいられなくって授業に集中することもできない。


 いやでも百歩譲って誰か他の人の影響なのはいいとしても、葵ちゃんに少しでも悲しそうな顔をさせるのは許せないのだ。

 だから僕は家に帰ってからもずぅっと陰鬱な気分のまま過ごす羽目になっていたのだった。


「うぅ、葵ちゃん……なにがあったんだよ……」

 ぐったりと机につっぷしていれば、不意にスマホがヴーと着信を知らせる。僕のスマホに連絡を入れるのは家族か葵ちゃんか、もしくは……


「ちーっす、彼氏くん。元気してる?」

 何の因果か知り合いになったチャラ男、堂島くらいだった。


 いや、ただのチャラ男と侮ることなかれ。金髪褐色肌ピアスバチバチの見た目にそぐわず、堂島は人の恋路を応援してくれるいいやつなのだ。

 ただどうしてもその見た目に対する先入観のせいで僕はまだちょっぴり警戒してしまうのだが……


 彼からのメッセージに「まずまず」とそっけない返事をすれば、すぐに「元気出して!」と羊が励ましてくるスタンプが送られてくる。堂島、スタンプ色々持ってるな。


「まぁ、これ見れば嫌でも元気出るっしょ。彼氏くんにはちょっと酷かもだけど……」


 続いて送られたメッセージに、思わず僕は姿勢を正す。僕には酷かもしれないけど、元気が出る……?


「これ、葵ちゃんね」


 そうして送られた映像に映し出されていたのは、小型犬に乗っかられてメロメロになっている葵ちゃんの姿だった。


 ふわふわの毛玉に好き勝手ぺろぺろされながらも、葵ちゃんはもうにっこにこだ。


「あぁ〜〜、かわいい〜〜♡」

 ポメラニアンのふわふわの毛にくすぐられて、葵ちゃんはもうとろけそうな笑みを浮かべている。犬より葵ちゃんが可愛い。


「あーあ、これ浮気じゃん。確か葵ちゃんって前は猫派だったよね」

 堂島のその言葉に、ふと葵ちゃんと交わした会話を思い出す。結婚したお姉さんが犬を飼い始めた、という話だ。きっと葵ちゃんはそれをきっかけに犬の良さにも目覚めたのだ。犬と遊ぶために毛がつきやすいニットは避け、遊びやすいパンツスタイルに変えた。


 そしてそれを猫派の僕に申し訳なく思っていたのだろう……


「彼氏くんは完全猫派だったよね?」

 確かにそうだ。僕はあの気まぐれで可愛い猫ちゃんが好きだ。けど……


「うん。でも、好きな人の好きなものは自分も好きになってみたいから」

 好きな人の好きなもの、最初っから否定するなんて真似はしたくない。

 僕のその返事に堂島からは「カッコいいじゃん!」と背中を押すようなメッセージが返ってくる。少し恥ずかしいけれど、おかげでちょっぴり勇気が出た。


 そして僕は画面を切り替えると、葵ちゃんにメッセージを送ったのだった。

「今度葵ちゃんのお姉さんのワンちゃんの写真見てみたいな」


 すぐに既読がついて、「もちろん!」という元気の良い返事がくる。きっと今頃葵ちゃんはいかにお姉さんのワンちゃんが可愛いかを説明するための準備をしているだろう。


 だから僕は改めて堂島に「ありがと」とお礼を伝える。なんだかんだいつもお世話になっているからな。

 堂島からは「どういたしまして!」と犬がお腹を見せているスタンプが送られてきて、不覚にもそのふわふわにきゅんときてしまった。


 いやほんとに色々スタンプ持ってるな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る