第2話 オレ仕込みのキス、やばくね?

「ごめんね。今日もちょっと友達と食べるから……」

「いや、いいよ。友達によろしくね」


 お昼休み。葵ちゃんと過ごせる至福の時間の一つだが、今日もどうやらそういうわけにはいかないらしい。

 わざわざ講義終わりの教室に来て平謝りする葵ちゃんに僕はまるで気にしてないように頭を撫でる。そうすれば彼女はほっとしたように息を吐いた後、僕に手を振って去っていった。


 けれど僕は知っている。葵ちゃんが持ってきているお弁当は二つあると言うことを……


「はぁ……」

 元から友人に作ってあげてた、とか、今日はたまたま、なら分からなくもない。けど葵ちゃんがお弁当を二つ持ってくるようになったのはここ最近ずっとなのだ。


 しかもやんわりと「友だちと二人だけがいいな」と言ってついてこないでほしいと言われてしまった。

 お昼休みのみならず、最近は授業終わった後もそそくさとどこかにいっちゃうし……

 正直、僕からすれば怪しいことこの上ない。


「どうしちゃったんだ、葵ちゃん……」

 どうしよう。もしその友達とやらが実は男で、そいつといい感じになっていたら……

 陰キャで天パで消えないクマのある僕なんてすぐにポイされてしまうに違いない!


 そんなこんなで食堂でため息をついていれば、不意に僕の目の前に誰かが腰掛ける。そちらに視線をやれば、そこに座っていたのはチャラさの権化こと堂島だった。


「彼氏く〜ん、なに辛気臭い顔してんの。そんなんじゃ幸せ逃げちゃうよ?」

「そんなこと言っても落ち込むものは落ち込むし……」


 堂島は見た目こそ陽キャのチャラ男だが、実は僕と葵ちゃんの橋渡しをしてくれるキューピッドなのだ。だからなんだかんだこうやって相席をすることも少なくない。

 ふと、僕は気になって堂島に声をかける。


「最近葵ちゃん、なんだかよそよそしいんだけど堂島は何か知らない?」

 僕のその言葉に堂島は少し考えるそぶりを見せた後、にやりとした笑みを浮かべた。


「教えてもいいけど、彼氏くんショック受けちゃうかもな〜? 」

 葵ちゃんに関することでショックを受けることなんて、一つしか思いつかない。

 でもまさかあんな性格の良い優しい女の子が浮気するなんてありえないだろう。

 だから僕は勇気を持って彼に尋ねたのだった。


「教えてよ。なんだろうと、葵ちゃんのことは何でも知りたいんだ」

「じゃあ見せたげるけどさあ、ひでーこと言っちゃダメだかんね? ……ほら、オレ仕込みのキス、やばくね?」

 そうすればにまにまとした笑みを浮かべたまま、堂島はスマホを取り出すと一枚の写真を見せつける。


 そこに写っていたのは……真っ黒焦げになった何かだった。

「なにこれ」

「だからぁ、キスだって。お魚。下準備とかは手伝ったんだけど、いざ揚げたら真っ黒焦げにしちゃったんだよね」

 そうかなるほど。確かにやばいな、キス。


「これを……葵ちゃんが?」

「そうそう。彼氏くんに食べさせたい〜って言ってさぁ、手伝ってるんだけどどーも揚げるの苦手みたいで……サークルで今残飯処理中なんだわ」

 その言葉に、先週の自分の言葉を思い出す。確かに言ったな。キスの天ぷら食べたいって言ったな。

 それ以来キスの天ぷら練習してるってこと?

 愛しすぎる……


「でもまあ揚げ物って難しいし、今家で練習してるみたいだからがっかりしないでやってね〜」

 授業終わりも頑張ってるみたいだしさ、と微笑ましそうに笑いながら言う堂島に、「うん」と答えるや否や僕はガタリと席を立つ。


「お、どこ行くの?」

 首を傾げる堂島に、僕は少しの逡巡のあと小さな声で呟いたのだった。


「食べに行くんだよ。どんな出来でも葵ちゃんの作ったご飯だから」

 僕のその言葉に、堂島はやっぱりにまにまと嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。



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